この曲は、名もなき人たちの手から受け取った、小さなバトンの歌です。
わたし、ごめんなさい。
ほんとうにごめんなさい。
涙が止まりませんでした。
先日、歴史資料館に行きました。
この詩は、その歴史資料館で見た一本の鍬から生まれました。
有名な人物の持ち物ではない。
教科書に名前が載るような人のものでもない。
それなのに、どうしてこの鍬が展示されているのだろう?
そう尋ねた私に、資料館の方は優しく教えてくれました。
「人の営みは、名もない人たちの歴史なんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、涙が出ました。
なんて失礼なことを質問してしまったのだろう。
私は、何も分かっていなかった。
名前が残らなくても、
誰かが耕し、暮らし、守り、つないできたものがある。
そんなことは、今だって変わらないのに。
歴史資料館が大切にしているもの。
そこにある考え方や、名もない人たちの営みへの敬意。
私は、
自分の見方の狭さが恥ずかしくて、
それでも、教えていただいたことが本当に大切で、
涙があふれてきました。
職員さんは、泣いてしまった私にも、最後まであたたかく接してくださいました。
驚かれただろうし、ご迷惑だったと思います。
うまくお礼も言えなかったと思います。
それでも、いただいた言葉は、今も私の中に残っています。
知らなかったこと。
気づけなかったこと。
それを恥じるだけで終わらせず、
受け取ったものを、歌として残したいと思いました。
家に帰ってから、一生懸命、書きました。
『名もなき者のバトン』
名前の残らなかった人たちと、
今を生きる私たちの歌と思って書きました。
SUNOさんで曲ができたときも
MV作ってるときも
感情があふれてきちゃって、泣きっぱなしでした。
でも、こんな歌があってもいいよね!
良かったら聞いてください。
