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同期の昇進を、社内メールで知った朝

その名前だけ、二度見した

朝、パソコンを立ち上げて、未読メールを上から処理していく。会議の案内、売上の集計、誰かの休暇連絡。その中に「人事異動のお知らせ」があった。

いつもなら、自分の部署だけざっと見て閉じる。でもその日は途中で指が止まった。

同期の名前があった。

課長昇進。

一度読んで分かってるのに、あんた、少し上へ戻したでしょ。名字だけじゃなく、名前まで見た。所属も見た。役職も見た。別人じゃないことを確認するみたいに。

「へえ、課長か」

口には出さない。なのに、そのあと自分でも嫌になるくらい丁寧に、一覧の続きを見てしまうのよ。

自分の名前なんて載ってないと分かってるのに。

「俺は別に出世したくない」が急に頼りなくなる

午前中、同じメールを見た同僚が言う。

「○○、上がったな」

あんたはたぶん、普通の顔で返す。

「まあ、あいつなら順当じゃない?」

それで話は終わる。

嫌いな相手じゃない。むしろ、よくやってたと思う。面倒な部署を任されても逃げなかったし、上にも下にも気を使ってた。昇進したと聞いて「なんであいつが」なんて思うほど、あんたも子どもじゃない。

だから厄介なのよ。

相手にケチをつけられないと、残るのは自分のほうだから。

四十代になってから、何度か言ってきたと思うのよ。

「管理職なんて責任が増えるだけだろ」
「給料が少し上がっても割に合わない」
「俺は今くらいでいいよ」

全部、嘘じゃなかったはずなの。

実際、会議は増える。部下の面倒も見る。上からも詰められる。家に持ち帰るものだって増える。そんなの見てたら、肩書なんて欲しがるほうが物好きに見える日もある。

なのに同期の名前を見た朝、その言葉が急に頼りなくなる。

欲しかったのは、肩書じゃなかったのかもしれない

ここ、ちょっと嫌なところまで言うわよ。

あんた、課長になりたかったわけじゃないのかもしれない。

でも、「もし話が来たら、その時に考えればいい」とは思ってなかった?

昇進するかどうかは、そのうち自分で選べると思ってたんじゃない?

やるか、やらないか。受けるか、断るか。今のままでいるか、上へ行くか。

最後は自分で決める話だと思ってた。

ところが同期の名前が載った一枚のメールで、ふと別の可能性が見えてしまう。

そもそも、自分には話が来ないのかもしれない。

これ、地味に効くのよ。

思い返せば、昇進したいなんて自分から言ったことはないのよね。

面談で「今後どうしたい?」と聞かれても、「まあ、任されたことをやりますよ」なんて濁した。周りが昇進試験だ、推薦だと動いていても、「俺はそこまでいいかな」で済ませてきた。

それでも心のどこかでは、ちゃんと仕事をしていれば、いずれ会社のほうから何か言ってくると思ってたんじゃない?

自分から欲しいとは言わない。でも向こうから「どうだ」と言われたら、その時に考える。

これ、ずいぶん都合のいい立ち位置なのよ。傷つかないの。声がかからないうちは「別に望んでない」でいられるし、もし声がかかったら「さてどうするかな」と選ぶ側に立てる。

同期の昇進メールは、その逃げ道をちょっとだけ狭くした。

「俺は望んでない」の後ろに隠していた、「でも必要とされれば声くらいはかかるだろ」が見えてしまったから。

欲しくないものを「いらない」と言うのと、最初から選択肢に入っていないのは、全然違う。

昇進した同期がうらやましい、と言ってしまえば簡単なのよ。でも、たぶんそれだけじゃない。

あんたが引っかかったのは、課長になれなかったことじゃなく、「断るかどうかを決めるのは自分だ」と思っていたことまで揺らいだからじゃないかしら。

自分はレースから降りたつもりだった。

いや、違うわね。

降りるかどうかを、まだ自分で決められる場所にいるつもりだったのよ。

おめでとう、と送るまで少し時間がかかる

昼休み、スマホを開いて同期の名前を出す。

「昇進おめでとう」

そこまで打って、一度止まる。

何かもう一言つけようかと思う。「さすがだな」はちょっと違う。「とうとうだな」も偉そうに見える。結局、

「昇進おめでとう。また今度飲もう」

くらいで送る。

数分して、「ありがとう。今度ぜひ」と返ってくる。

それを見て、あんたは少し安心する。

ちゃんと祝えたから、ではないと思うのよ。

同期は同期のままだったから。

役職が一段上がっても、急に別人になったわけじゃない。昔、研修帰りに安い居酒屋で会社の悪口を言ってた男が、そのまま課長になっただけ。

変わったように見えたのは、自分のほうだったのかもしれない。

メールは既読のまま残っている

午後になれば普通に仕事をする。電話にも出るし、資料も作る。朝の人事メールのことなんて、ずっと考えてるわけじゃない。

それでも何かの拍子に、「課長か」という二文字だけが戻ってくる。

出世したいのかと聞かれたら、たぶん今でも即答できない。

責任が増えるのは嫌だし、今の仕事にも慣れている。家庭のことまで考えたら、偉くなることが正解とも思えない。

そこは、朝と何も変わってない。

ただひとつだけ。

「俺は別に出世したくない」

その言葉を、昨日までとまったく同じ気分では言えなくなった。

朝の人事メールは、既読になったまま受信箱に残っている。

削除するほどのものでもないから。

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neneco|誰にも言えない40代男の本音 読んで、少しでも楽になったならそれで十分よ。それでも何か置いてきたいって人だけ、どうぞ。 無理しなくていいのよ。缶コーヒー1本ぶんくらいの気持ちがあれば、それで。