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正解のない問いに向き合うアートと対話の力 -「電力と私たちのダイアローグ」から始まるエネルギー問題へのアクション

気候変動やエネルギー問題をはじめとする複雑な社会課題。多様な立場や価値観が交差し、ときに対立を生むこうしたテーマに向き合うには、一つの正しい答えを求めるだけではなく、違いを抱えながらも前に進む方法を模索する「対話の場」が必要とされています。いま、その入口としてアートの可能性に注目する動きがあります。作品を間に挟むことで、立場の違う人同士が同じ問いを前にし、感想や違和感を手がかりに話し始めることができる。そうした場づくりは、複雑な社会課題を自分ごととして捉え直すきっかけになり得ます。
日本が直面するエネルギー問題をテーマにしたドキュメンタリー映画『Dance with the Issue:電力とわたしたちのダイアローグ』を起点とする共創型ワークショップは、アートと対話を通じて社会課題に向き合う取り組みとして、ソートリーダーシップ活動を考える上でも多くの示唆を与えてくれます。
本記事では、このワークショップを主催するお二人へのインタビューをもとに、アートと対話が社会課題へのアクションをどう後押しするのか、そしてIISEが取り組む「AIやテクノロジーが環境問題や社会課題の解決にどう貢献しうるのか」という問いとのつながりについて考えます。


映画『Dance with the Issue』が問いかけるもの

本ワークショップの題材となっている映画『Dance with the Issue:電力とわたしたちのダイアローグ』は、一般的なドキュメンタリー映画とは少し異なっています。最大の特徴は、日本のエネルギー問題という複雑なテーマを、「コンテンポラリーダンス」という抽象度の高いアート表現と重ね合わせて描いている点にあります。

映画『Dance with the Issue』より

映画の中には、電力会社、政府、自然エネルギー事業者、シンクタンクなど様々な立場の人が登場し、電力やエネルギー問題への思いを語ります。この作品はそれらの正しさを判断することはせず、それぞれの言葉をそのまま届けています。そうしたインタビューの合間にダンスの映像が入ることで、言葉だけでは表現しきれない葛藤や様々な矛盾など、見る側の想像力を広げる「余白」がある映画になっています。

アート×対話で無関心を乗り越える

私たちが直面するエネルギー問題や気候変動といった社会課題は、きわめて複雑です。多様な利害関係が存在し、議論にはしばしば明確な対立軸が生まれます。
一方で、こうした問題は複雑であるがゆえに、自分との距離を感じやすくもあります。企業や組織の現場でも、「重要だとは分かるが、自分の仕事としてどう向き合えばよいか分からない」といった状況は少なくありません。情報はあっても、当事者意識や行動につながらない。そこに、社会課題に取り組む難しさがあります。
こうした壁を越えるために、本ワークショップではアートと対話を掛け合わせるアプローチが取られています。論理やデータだけでは語りつくせない複雑な課題にアートの力を活用して対話の糸口を見出し、正解を出すのではなく、より良い向き合い方を探ろうとする試みです。

映画を観た後にグループに分かれて対話する

本ワークショップの目的は、映画を鑑賞して終わることではなく、その体験を参加者自身の行動変容へとつなげ、さらに社会変容のきっかけへと広げていくことにあります。
想定される参加者の一例は、新規事業開発や組織変革に関心を持つビジネスパーソン。実際に組織や事業の現場で変化を起こそうとする人に対して、課題の自分ごと化や共通言語づくりを促します。社会課題を「知っている」状態から、「どう関わるかを考える」状態への変容を後押しします。

映画を入口にした対話からアイデアを広げる

ワークショップでは映画『Dance with the Issue』の上映の後に、参加者同士による対話セッションが行われます。同じ作品を見ていても、印象に残る場面や受け止め方は人によって異なります。ある人にとってはコンテンポラリーダンスの表現が言葉にならない葛藤を映し出すものとして響き、別の人にとっては、インタビューに答える人のコメントそのものが強く残る。そうした違いを共有し合うことが、相互理解の入口になります。「エネルギー問題」と聞くとどうしても構えてしまいますが、映画という共通体験があることで、対話を始めやすくなります。そこから、それぞれの思いと共感をもとに、一歩踏み出すためのアクションへとつなげていきます。

それぞれのやり方でエネルギー問題に関わるためのアクションプランを共有

「電力と私たちのダイアローグ」主催者に聞く

映画『Dance with the Issue』の監督である田村祥宏(たむら・やすひろ)さんと、ワークショップを企画・ファシリテーションする有福英幸(ありふく・ひでゆき)さんに、この取り組みの意図や思いについてお話を伺いました。

写真左から有福英幸さん、田村祥宏さん

田村祥宏さん(特定非営利活動法人ブラックスターレーベル代表理事 / 株式会社イグジットフィルム代表取締役)

――映画のテーマとして「エネルギー問題」を選んだ理由は何だったのでしょうか?
実は、企画の出発点はエネルギー問題そのものへの強い関心というよりも、「クリエイティブを用いて社会課題を解決する」という発想からでした。コンテンポラリーダンスという複雑なアート表現を活用して、社会課題の解決に利用できないかと考えたのです。これに相対するのに最もふさわしいテーマとして、解決が困難で多様な対立軸を持つエネルギー問題を選びました。複雑なアートで、複雑な課題を紐解くことができるのではないかという仮説があったのです。

――映画では多様な意見が描かれていました。どのようなスタンスを意識されましたか?
どちらか一方に寄るというより、関係者全員にとっての最善の「落としどころ」を探求する姿勢を大切にしています。特定の立場に偏るのではなく、対立を乗り越えて、みんなで最適な解決策を作り上げたい。エネルギー問題は生活の根本に関わるため意見がぶつかりがちですが、アートやエンターテインメントが介在することで、人々が緩やかに対話し、共通の解を探す手助けになると確信しています。

――今後の展望をお聞かせください。
映画を見るだけでは行動変容までは行きづらいですが、こうした対話の場を組み合わせることで、アプローチが機能することを確信できました。今後は、このムーブメントを絶やさないことが重要です。エネルギー問題に限らず、気候変動やイノベーション、システムチェンジなど、より広範なテーマでこの手法が活用できると考えています。現在は新たなテーマとして、認知症とともに幸せに生きるヒントを届けるための実写映画を制作中です。
※映画「認知症世界の歩き方」映画 | 認知症世界の歩き方

有福 英幸さん(株式会社フューチャーセッションズ 代表取締役社長)

――なぜ映画上映だけでなく、ワークショップ形式にしたのでしょうか?
田村さんたちと「この映画の中には、もともと『対話』の要素はあるけれど、それだけだと具体的なアクションにつながりにくいよね」と話していたのがきっかけです。市民向けの対話の場はこれまでもありましたが、ビジネスパーソンを含めて実際に変化を起こしたい人たちに向けて、課題を深く掘り下げる場が必要だと感じていました。ただ話すだけでなく、具体的なテーマをセットし、より手触り感のあるアクションへつなげるために、映画鑑賞後に深く対話する時間を設けました。

――実際に実施してみて、参加者の反応はどうでしたか?
映画鑑賞後にさらに長時間の対話を行うというハードな構成でしたが、意外なほど盛り上がり、深く話せたと感じています。いきなり対話だけを行うと、お互いの前提知識やスタンスの違いが壁になることがありますが、映画という共通体験があることで、一つのシーンに対しても「自分はこう感じた」「私は違った」という感情の共有ができ、それが互いの違いを受け入れるキッカケになりました。映画がある種のクッションとして機能した手応えがあります。

――今後はどのような展開を考えていますか?
アートから入ることで、普段は社会課題や環境問題と距離を感じている人も招き入れる可能性があります。逆に、社会課題に関心がある層とアートに関心がある層といった、多様な人たちを混ぜて共創できる場にしていきたいですね。企業の中での研修はもちろん、美術館や博物館のような場所で実施するなど、様々なフィールドで展開できるポテンシャルを感じています。

ワークショップは映画の感想を共有することからはじまる

テクノロジーで「対話」を加速するために

今回のワークショップで語られた「対話」のプロセスは、IISEが推進するソートリーダーシップ活動や「環境情報化」の社会実装に向けても重要な示唆がありました。
本ワークショップでは、アートが対話の共通言語として機能しています。同じように、テクノロジーもまた、対話の質を高めるための共通基盤になり得ます。たとえば気候変動適応の領域では、AIによるシミュレーションにより将来の気候リスクを可視化し、課題を自分ごととして捉えるきっかけをつくることができます。ネイチャーポジティブの領域では、自然資本の価値をデータとして共有することで、ビジネスパーソン同士の共通言語を整えることができます。
テクノロジーを活用してリスクや価値を可視化し、それをもとに対話を深め、社会課題に対する本質的な行動変容につなげる。その橋渡しが、ソートリーダーシップ活動に必要なことなのかもしれません。

取材を終えて

今回のワークショップは、エネルギー問題のような複雑な社会課題に対して、異なる立場の人たちが対話を通じて「正解のない問い」に向き合うための実践例でした。社会課題をめぐる議論が立場の対立に留まらないようにするために、今の時代だからこそ、アートを入口にした対話の場づくりには大きな可能性があります。
IISEでは今後、マルチステークホルダーによる対話をはじめとするプラットフォーム型シンクタンクに向けた活動を加速していきます。その中では、企業の経営トップをはじめ、様々なバックグラウンドを持つステークホルダーが集う場づくりを行っていく予定です。AIやテクノロジー、そしてアートの力を活用しながら、対話と共創のプロセスを進化させ、より良い社会への変革へとつなげていきたいと思います。

取材・文:IISE ソートリーダーシップ推進部 崎村奏子
新聞社を経て、IT企業サステナビリティ/ソーシャルインパクト部門にて多様なステークホルダーとの共創による社会価値創造を推進。2023年よりIISEに参画し、環境、国際開発等の分野でソートリーダーシップ活動に取り組む。政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策プログラム修了。修士(公共政策)。

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