だいたいねぇ、ハードロックの元祖がクリームだとかジミヘンだとか、ビートルズのヘルタースケルターだとかうるせえんだよ。〜ハードロックおじさんに対して、プログレおばさんとは、いろいろと考え出すよなぁ(笑)
ハードロックおじさん

に対して、
プログレおばさん

とは、
いろいろと考え出すよなぁ(笑)
だいたいねぇ、ハードロックの元祖がクリームだとかジミヘンだとか、ビートルズのヘルタースケルターだとかうるせえんだよ。
その当時のロッカーは、誰も、今オレたちはハードロックをやってるって思ってなかったの。
たまたま、ゴキゲンなロック・アンド・ロールをやってたら、後付けで、後世の人たちが、あれがハードロックだったとか、あれは、アートロックだったんじゃないかとか言っているだけだと思う。
試しに、映画『イージー・ライダー』のタイトルソング「ワイルドで行こう〜Born to be Wild」を歌ったステッペンウルフ(草原オオカミ)なんて、誰も、ハードロックの元祖って言わないだろう?
本当は、ワイルドだぜぇ!!
なんせ、歌詞の中に、
ヘヴィメタル・サンダー
って歌われているのに、誰も、ハードロックやヘヴィメタルの元祖だって言わないんだ。
それは、彼らがカナダ🇨🇦出身のバンドなんで、米国の連中からすると、そんなのが元祖だと言われてしまったら、ロックの母国の沽券に関わる訳なんだよ。
ステッペンウルフ
(Steppenwolf)
は、1967年にロサンゼルスで結成されたロックバンド。
【デビュー前】
ステッペンウルフの前身は、カナダで1964年に結成されたブルース・バンド「ザ・スパロウズ」だった。
彼らはトロントのヨークヴィル地区にあるコーヒーハウスで演奏していたが、1967年にサンフランシスコに移住し、ブルースロック、サイケデリアおよびフォークミュージックが混合されたエネルギッシュな音楽を演奏した。
ロサンゼルスのダンヒル・レコードのプロデューサーであったガブリエル・メイラーは彼らにより強烈なビートのバンドの編成を提案し、
ヘルマン・ヘッセの1927年の小説
『荒野のおおかみ』
(Der Steppenwolf)
から彼らをステッペンウルフと名付けた。
【デビューから解散まで】
デビュー時のメンバーは
ゴルディ・マックジョン(キーボード)、
ジェリー・エドモントン(ドラムス)、
ラシュトン・モーヴ(ベース)、
マイケル・モナーク(ギター)、
ジョン・ケイ(ヴォーカル、ギター)
の5名で、カナダ人とアメリカ人からなる編成だった。
デビュー・アルバム『ワイルドでいこう! ステッペンウルフ・ファースト・アルバム』(1968年)のレコーディング中に、ベーシストがモーヴからジョン・ラッセル・モーガンへ交代している。
デビュー・アルバムからカットされた3枚目のシングル「ワイルドでいこう!」は、エドモントンの兄で、ザ・スパロウズおよび初期のステッペンウルフのリード・ギタリストだったデニス・エドモントンによって書かれた。
デニスはソロ活動のためにステッペンウルフを脱退し、マーズ・ボンファイヤー(Mars Bonfire)名義で活動しており、「ワイルドでいこう!」の作者もボンファイヤーとなっている。
同曲はBillboard Hot 100で最高2位を記録し、歌詞でバイクを表して用いられた「ヘヴィメタル」という言葉は、ロック音楽のジャンルの一つの名称として広く用いられるようになった。
「ワイルドでいこう!」(原題: Born to Be Wild)は、マーズ・ボンファイヤー(デニス・エドモントンの別名)が書き、
ステッペンウルフが1968年にリリースした歌。
この曲は、映画『イージー・ライダー』の冒頭で主人公らがバイクで疾走するシーンに使われ、
その後も大衆文化およびカウンターカルチャーでバイク乗りの姿や態度に言及する際、しばしば引き合いに出される。

レプリカ。劇中に登場するバイクは、
1965年型ハーレーダビッドソンで
エンジンはパンヘッドと呼ばれる
タイプ、排気量は1200ccである。
フレームは当時としては斬新な
フルメッキを施しており、
リジッドでサスペンションが無い。
ワイアット(ニックネームは
キャプテン・アメリカ)
が乗っているチョッパーは、
前輪ブレーキが装備されていない。
撮影に使用された3台のうち、
クランクアップ後2台が盗難に遇い
現在は行方不明となっているが、
残された最後の1台は日本人オーナー
により所有されている。
またヘヴィメタルの嚆矢と言われることもあり、2番の歌詞にある heavy metal thunder(重金属の雷鳴)はロック音楽におけるこのフレーズの初出にあたる。

つまり、
スパローズ
=スズメちゃんたち
から
ステッペンウルフ
=荒野のオオカミ
に改名したら、
ワイルドになって、
バイクで荒野の一本道を
疾走する映画の主題歌に
選ばれるまでに変身することが
できた訳なのです。
後年、エアロ・スミスが監修して、登場人物としても出てくる、元祖ギター🎸リフ&リズムパターン・シミュレーションゲーム『クエスト・フォー・フェイム〜Quest for Fame』では、
1997年頃に、私はPC版でこのゲームをプレーして、
最近流行っている、プロやセミプロの歌手がカラオケをトレースして、メロディーとリズムの正確さと忠実度を、パターン化された横棒グラフで競う番組が始まる前から、
この手のゲームをやっていて、ヴァーチャル・ピッキングのやり過ぎで、危うく腱鞘炎一歩手前まで来てしまったけれども^^;
最初のレッスン課程として、黒の革ジャン着て頭にツノをはやしたメタルファッションのオッサンから、
「ワイルドで行こう」を演れ!!
と、ゲームの主人公=私の分身が命令されて、それをクリアしないと先の「イート・ザ・リッチ」に進めないんだ。
結局、ヴァーチャル・ピックを、ナイロン弦に見立てた、使わなくなって放置されていたテニスラケットに擦り付けると、ギター🎸ワークの素人でも、複雑なピッキングを弾けることを発見して、
ようやく、最初の課題曲「ワイルドで行こう〜Born to be Wild」をなんとかクリアしたぜ。
そうしたら、ゲーム中のヘヴィメタルおじさんがグスンと涙ぐんで、
ありがとな!!
と、肩を抱いてくれたもんだ。
どうだ、参ったか。
そこんとこ、
ヨロシク
シェケナベイベー♫
【補足】

おじさんも
おばさんも
今や、自分が
どのカテゴリーに
分類されるかについて
自分自身の
アイデンティティ探しで
大忙しですよ。
オレは、そんなの関係ねえからな!!
まったく
ヽ(`Д´)ノプンプン
https://www.facebook.com/share/p/1GwUbRshst/
