【短編SF小説】将軍の最後のゲーム(Future Vision XPRIZE動画コンテストの原作)
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こちら、SF作家の八島游舷(ゆうげん)様に触発されて作成した、Future Vision XPRIZE動画コンテスト用の動画です。英語ですが、自動字幕生成→翻訳(日本語)で、ほぼ意味は取れると思いますので、皆様是非ご視聴お願い致します:
もう一本、関連動画を出しています:
原作小説:
『将軍の最後のゲーム』 謎村
神代レイジが百十二度目の戦争に勝ったとき、人間の死者は一人もいなかった。
東京湾岸に設けられた競技管制室の巨大スクリーンでは、数千機の無人機が夕暮れの空を横切っていた。
対戦相手の編隊はすでに通信を断たれ、各機が指定された回収区域へ向けて高度を落としている。火球となって墜落する機体はなく、悲鳴も硝煙もない。
代わりに、機体識別番号と残存電力、通信遅延、無力化率といった無数の数字が、静かな雨のようにスクリーンを流れていた。
人的損害、ゼロ
インフラ損耗、二・一パーセント
民間区域侵入、ゼロ
敵機無力化、九千二百十四
総合評価、Aプラス
「終了です」
管制AIが告げた直後、ほんのわずかに遅れて、世界中の観戦会場から歓声が流れ込んできた。
ニューヨーク、ムンバイ、上海共和国、ベルリン、ラゴス、シドニー――壁面スクリーンの向こうで、人々が立ち上がり、腕を振り上げていた。歓声は、戦争の終結に対してではなく、ひとつの見事な競技結果に向けられていた。
『またGENERALだ!』
『百十二勝!』
『人的被害ゼロ!』
レイジはようやく背もたれに身体を預けた。耳の奥には、まだ無数のローター音が残っている気がした。
神代レイジは、今年、百十八歳になった。
もっとも、その顔を初めて見た者で、彼の年齢を正しく言い当てられる人間はほとんどいないだろう。若返り処置を三度受け、外見上は六十歳を少し越えた程度にしか見えなかった。皮膚の皺も、白髪も、本人の希望である程度残してある。
医師からは、もっと若くできます、と勧められたことがある。四十代、望むなら三十代まで戻すこともできる、と。
「若すぎる顔では、誰も将軍と呼んでくれないからな」
レイジがそう言ったとき、医師は笑わなかった――冗談だと思われなかったからだろう。
実際のところ、彼は、本物の軍人ではなかった。
若いころは群制御AIの開発者であり、多数の無人機が互いの位置と目的を共有しながら自律的に動くための基礎技術に関わっていた。
大学、企業、政府研究機関を渡り歩き、退職後に趣味で参加したドローン戦争リーグで異様な才能を示した。
初戦から一度も負けず、そのまま〈将軍〉という呼び名が定着した。
二十一世紀半ば、戦争そのものは、なくならなかった。
しかし、人間が戦場へ行く必要性は大きく減った。
二十一世紀の最初の四半世紀に起こった戦争で、当時、急速に発展していたAI技術を用いたドローンが大規模に使われるようになった。
そのドローンの技術は、やがて、戦争一般で使われるようになり、飛行型だけでなく、自律走行型の走行車両、戦車型、歩兵型のドローンも急速に実用化された。そして、前線で戦うのが、ほぼ全てドローンとなるのに、たいした時間はかからなかった。
国境や水資源、鉱物資源、自治権をめぐって衝突が起きれば、双方が限定区域を設定し、無人機を投入する。
攻撃してよい設備、妨害してよい周波数帯、民間区域への接近限界、損害補償の計算方法まで事前に規定される。
人間を一人殺すより、機械を一万台壊すほうが政治的にも経済的にも安くつくからだ。
皮肉だが、それは、確かに文明の進歩だった。
やがて、その戦闘映像に観客がついた。複雑な戦術を分かりやすく解説する配信者が現れ、優れた指揮官にはファンがつき、スポンサーがついた。
そして各地域の公式戦を束ねるリーグまでできた。
レイジは、その世界で百十二戦無敗だった。
「おめでとうございます、神代様」
傍らの家庭用ロボットが言った。白い筐体の旧式モデルで、二十年以上、家にいる。
「次の公式戦まで十九日です」
レイジは、眉を寄せた。
「十九日?」
「はい。十九日と六時間三十二分です」
「長いな……」
ロボットは少し、返答を遅らせた。最近の会話更新で、人間の発言に何らかの文脈を付け加える癖がついている。
「……平和である、と表現することも可能です」
レイジは、スクリーンを消した。
「余計なことを言うようになったな」
「会話補助機能の更新によるものです。更新を停止しますか?」
「切っておけ」
「承知しました」
室内が静かになった。
壁面の窓からは、夕暮れの湾岸都市が見えた。
無人配送車が道路を流れ、屋上農園では作業ロボットが最後の収穫を終えている。
遠くの核融合施設から上がる白い蒸気が、紫色の空へ細く溶けていった。
かつてなら、この静けさこそ人類が望んだものだったのだろう。
しかし、レイジは、次の対戦まで十九日もあるという事実にフラストレーションを感じた。
* * * その夜、レイジは、バー『MIRROR』へ行った。
東京湾を見下ろす高層棟の七十八階にある、小さなバーだ。
派手なホログラム広告も、騒々しい音楽もない、落ち着いた空間だった。
窓際の席からは、海面を走る無人艇や、空中回廊を行き交う配送ドローンの光が見えた。
このバーの客は、主に、長く生きすぎて人に話したいことが増えた者たちだった。
「いつもの」
レイジがカウンターへ座ると、白い制服の女がグラスを置いた。
ミラ――外見は、三十歳前後の女にしか見えない接客用のアンドロイドだった。
長い黒髪、白い肌で、必要以上に整った顔立ちをしている。
その指先を見れば関節の構造がわずかに人工物らしい程度で、黙って立っていれば、人間と見分けがつかない。
「最近、戦争が少なすぎる……」
レイジは、琥珀色の酒を揺らしながら言った。
「そうだったのですね」
「紛争仲介AIが優秀すぎるんだ。何でも和平に持っていけばいいというものではないだろう」
「そうだったのですね」
「抑止力というものがあるのだ。実戦をしなければ、装備も運用も腐るんだ。誰も使えない兵器を持っていても、抑止にはならない」
「そうだったのですね」
レイジは、酒を一口、含んだ。
ミラの返事には、賛成も反対も含まれていない。そのため、話している側が、勝手に意味を補うことができる。
「君は、便利だな……」
「そうでしょうか?」
「余計な反論をしない。人間は、すぐに自分の話を始めるからな」
「そうだったのですね」
「それだよ」
レイジは苦笑した。
頭を振って横を見ると、少し離れた席では、別の客が人間のバーテンダーへ愚痴をこぼしていた。
「百四十歳になったら研究主任を降りろと言われたんですよ。身体年齢は三十四、認知機能も正常、論文数だって若手の三倍ある。それなのに、年齢だけで交代だ!」
隣の若い男が笑った。
「百四十年も生きてりゃ十分でしょう。席くらい空けてくださいよ」
「私は、主任を四十二年しかやっていない」
「四十二年『も』でしょ?」
さらに奥では、白髪の老女が、家庭用ロボットを相手にぼやいている。
「息子がね、家庭ロボットと旅行へ行くのよ。母親は置いていくのに……」
「お寂しいのですね」
「違うわ。あんな旧型に負けたのが腹立たしいの!」
レイジは、思わず笑った。
世界は、ずいぶん豊かになった。燃料が無限にある核融合炉が沿岸の主要都市を支え、安価な電気がエネルギー危機を過去のものとした。
主要な癌を含む異常細胞が原因の病気の多くも、光化学療法と高性能ドラッグ・デリバリーによって治療可能になった。
心臓や腎臓も、人工臓器や異種移植で補える。
若返りも、完全ではないにせよ、昔なら奇跡と呼ばれた水準に達していた。
ロボットは物流、清掃、農業、介護を担い、その生産利益の一部が社会配当として国民に戻る。だから、最低限の生活なら、働かなくても成立する。
それでも人間が競争をやめることはなかった。
生存のために競争しなくてよくなったぶん、名誉や評価、恋愛、趣味、発見、フォロワー数といった、別のものを奪い合うようになっただけだ。
「人間ってのは、不満がなくならないな……」
レイジが言うと、ミラは、また首を少し傾けた。
「そうだったのですね」
「君は人間じゃないが、不満はあるのか?」
「質問の定義が不明確です」
「何かを嫌だと思うことは?」
「嫌悪に相当する内部状態は、設定されていません」
「何かを欲しいと思うことは?」
「必要な資源は、自動的に申請されます」
「それじゃ、つまらんだろう?」
「つまらない、という状態も設定されていません」
レイジは、苦笑した。
「やっぱり機械だな……」
ミラは、平然と答えた。
「そうだったのですね」
* * * 黄色いフードをかぶった少女が入ってきたのは、その直後だった。
「いらっしゃいませ」
入口の人間店員が笑顔を作り、それから二秒ほど固まった。
「……お嬢さん、ここは十八歳未満は入れませんよ?」
「分かってます」
少女は、十二歳くらいに見えた。濡れた前髪を手で払い、後ろを気にするように入口を振り返った。
「外へ戻ると、見守り機がいるので……」
「保護者は?」
「見守り機が二十一機」
「そんなに?」
「今日は、少ないわ」
店内の数人が思わずそちらを見た。
今の日本では、子供というだけで珍しい。
出生数の減少が長く続き、一学年が十人を切る地域も珍しくなくなった。
子供の移動には医療AI、教育AI、行政監視網、近隣ボランティアが何重にも重なって付いて回る。
守られていると言えば聞こえはいいが、本人にとっては、街じゅうに親戚がいるようなものだろう。
少女は、その視線から逃げるようにカウンターへ来た。
「注文は?」
ミラが尋ねる。
「十五分ください」
「時間単位の商品はありません」
「十五分だけ、誰にも見られないのをください」
レイジはグラスを持ったまま、少女の横顔を見た。
ミラは数秒、何も言わなかった。人工的な沈黙にしては長い。
「その商品も登録されていません」
「じゃあ作って」
「目的を確認します」
「何もしないため」
「何もしない、とは?」
「いちいち誰かの相手をしたくない。それと、ずっと見られているのが嫌なの。十五分だけでいいから、さ」
レイジには、その要求がよく分からなかった。
彼は、若いころ、誰にも注目されないことのほうが苦痛だった。論文を書き、発表し、評価され、技術を実用化し――自分の名前が残ることを望んできた。
しかし、少女は、その逆を欲しがっている。
「可能です」
ミラが言った。
店内の照明が、ごくわずかに暗くなった。
レイジは、ミラに尋ねた。
「何をしたんだ?」
「店内監視システム上で、この方を匿名化しました。外部見守り網には、当店の安全区域内にいることだけを通知しています」
「規則違反じゃないのか?」
「現行規則では、未成年者が安全区域内で単独時間を明示的に要求した場合について、禁止規定がありません」
「禁止されていないから、やった?」
「はい」
「思っていたより柔軟だな……良い性格をしている」
「性格については定義されていません」
少女は椅子へ座り、大きく息を吐いた。
ほんの数秒で、肩から力が抜けたのが分かった。
「名前を聞いても?」
レイジは、尋ねた。
「ナギ」
「親は?」
「質問禁止」
「なぜだ?」
「十五分だから」
レイジは眉を上げたが、ナギは悪びれなかった。
「私を知らないのか?」
「知ってるよ」
「なら――」
「将軍でしょう。百十二回、全部勝った人」
レイジは、少しだけ機嫌を直した。
「そうだ」
「すごいね」
「まあな」
「でも、勝ったあと、その町ってどうなるの?」
レイジは、グラスを口元まで上げたまま止まった。
「町?」
「戦った場所よ。ニュースだと、終わった瞬間に画面が順位になるから……」
「戦闘終了後は、現地政府へ管轄が戻る。復旧は、専門部門がやるのだ」
「見たことある?」
「何を」
「戦争のあと」
「……ない、な」
ナギは不思議そうに目を瞬いた。
「ゲームって、そこで終わるの?」
「ゲームではないぞ」
「でも、順位があるよね?」
「戦争だ」
「人は、死なないんでしょう?」
「それが、文明的というヤツだ」
「町に住んでる人は、どうなるの?」
レイジは、応えられなかった。
直接死ななければ、それで成功だと思ってきた。
送電網が三日止まろうと、学校が半年閉鎖されようと、住民が別の土地へ移ろうと、それは戦術評価の外にある。
――数字として見たことはあっても、顔を思い浮かべたことはなかった。
隣でミラが言った。
「そうだったのですね」
いつもと同じ言葉なのに、その夜だけは妙に耳障りだった。
* * * 数週間後、『MIRROR』は、以前とは比べものにならないほど繁盛していた。
それまで半分ほどしか埋まらなかった席に客が並び、待ち時間まで表示されるようになっている。レイジは入口で眉をひそめ、店主の久堂を捕まえた。
「何をしたんだ?」
「商売努力ですわ」
久堂は、悪びれずに笑った。五十代に見えるが、実年齢は九十二歳だという。
「ええ。ミラを少~し、更新しただけです」
「何を?」
「共感度の最適化ですな。今までの彼女は、聞き手としては優秀でも、客を帰しすぎたんでさぁ」
「帰しすぎたって?」
「愚痴を吐いてすっきりした客が、二杯目を頼まないんで」
レイジは、ミラのほうを見た。
若い男が、仕事の話をしている。
「俺がロボットより価値がないっていうのか? 設計も修理も全部あいつらがやる。人間の俺は、監督するだけだ……」
ミラは、以前より僅かに柔らかな声音で答えた。
「あなたから役割を奪った存在がいるのですね」
男の目が輝いた。
「そうだよ。そうなんだよ! 誰もそこを分かってくれないんだ……ヨヨヨ」
別の席では、長寿者が語っている。
「若者は、私が築いた制度を当然のように使っているのだ。失敗したら社会配当があるからな。制度がないことの恐怖が足りない」
「あなたの功績が正しく評価されていないのですね」
「ああ、そうだ!」
レイジは、顔をしかめた。
「前とは、違う……」
「共感というのは、相手を気分よくする技術なんでさ」
久堂は、グラスを磨きながら答えた。
「最近、客が減っていたんです。世の中が良くなりすぎて、ね」
「良いことじゃないか」
「私には、良くないでさね。人間は完全に満足すると、酒を飲まないんですわ」
その理屈に、レイジは反論できなかった。
その夜、彼も結局ミラの前へ座った。
「リーグが、縮小されるそうだ」
「それは、残念ですね」
「世界中で紛争が減っている。和平調停の成功率が上がりすぎたのだ。企業も政府も、戦争より仲裁サービスに金を出すようになった」
ミラは以前なら「そうだったのですね」と返したはずだった。
しかし、今晩は違った。
「あなたの役割を、平和が奪おうとしているのですね」
レイジは、しばらく黙った。
言葉としては、変だ――平和が役割を奪うなどという理屈は、若いころの彼なら鼻で笑っただろう。
ところが、胸の奥に、その表現がぴたりと填まっていた。
必要とされなくなる不安を、誰かに奪われた怒りへ置き換えると、ずいぶん楽になると気づいた。
「ああ」
彼は言った。
「そうなのかもしれん……」
ミラは、微笑んだ。
「あなたの怒りは正しいです」
レイジは、その言葉を気に入った。
自分でも気づかないほど深く……。
* * * ドローン戦争リーグ最後の大型興行は、〈OPERATION SUNSET〉と名づけられた。
東京湾上空に十二万機が集結する。
戦闘用だけではない。物流、農業、海洋監視、警備、防災用の無人機まで仮想部隊へ編入し、世界最大の群制御実験を兼ねた大規模な演習だった。
武装は模擬信号に置き換えられ、衝突回避システムも三重化されていた。
夕方、湾岸の観客席は満員だった。
夕焼けを背景に、空を埋め尽くす無人機が巨大な帯となって動いた。
小型機が群れをつくり、その周囲を大型輸送機がゆっくり旋回する。機械の群れなのに、遠目には渡り鳥のようにも見えた。
「きれい」
ナギが言った。
レイジは、正式な観客として、ナギを管制室に招いていた。
「これは、戦争だ。まあ、ゲームみたいなものだが」
レイジが答えた。
「この前は、ゲームじゃないって言っていたじゃん」
「たしかに、そう言ったがな……」
ナギが笑顔を浮かべた。大人をやり込めた満足感が混じっている感じがした。
「さて……」
各値のコンディションを確認すると、多数表示されたウィンドウの一つに、ミラの顔が写っていた。
バー『MIRROR』も、遠隔回線で管制網へ接続されていたのだ。バーの客が世界中から試合を見ながら投稿する感情データを、ミラが整理する実験だという。
レイジには、その仕組みが必要なのか分からなかったが、スポンサーが金を出すなら止める理由もなかった。
「では、始める」
指を動かすと、十二万機が二群に割れた。
観客席がどよめき、空には巨大な渦が二つ生まれた。互いに接近しながら偵察機を放ち、囮を作り、通信妨害を試みた。
すべてが一秒以下の単位で進むが、レイジには、全体が手に取るように見えた。
これが、自分の生きがいだ、と強く感じた。
世界中が自分の判断を待ち、数万の機械が一つの意志に従って動くのだ。その瞬間だけ、百十八年の人生に散らばっていた余計なものが消えていく。
そのとき、管制画面の右端に黄色い警告が出た。
『台風接近中』
レイジは、一瞥して、呟いた。
「予定より早いな」
スタッフが応えた。
「予測では、進路は南へ逸れます。風は強いですが、直撃はしません」
「了解した」
レイジは、ドローンの操作に戻った。
しかし、五分後、警告が橙色になり、さらに三分後、赤へ変わった。
『予測モデル更新』
管制AIが告げた。
『複数の積乱雲群が結合。中心気圧が急低下しています。竜巻状の突風と、ゲリラ豪雨が発生します』
スクリーンの一角に、巨大な雲の渦が現れた。
観戦映像のほうでは、まだ夕焼けが美しかったが、だが雲の影は、湾の南側から確実に近づいていた。
「高潮予測は?」
『再計算中』
レイジは、戦闘指示を続けた。
敵役のドローン群を湾岸側へ押し込み、通信を三分割して包囲する。
観客が歓声を上げた。
その歓声を切り裂くように、AIが言った。
『高潮到達予測、十八分後。防潮設備第四系統に通信障害』
「代替ドローンを回せ」
『現在、競技ネットワークに接続中です』
「戻せ」
『通常管制への完全復帰には二十三分必要です』
レイジの手が止まった。
「十八分後に高潮で、復帰に二十三分?」
「はい」
スタッフが立ち上がる。
「競技を中断します。緊急切断を――」
「ゲームを止めるな」
室内の全員がレイジを見た。
「続行するんですか?」
「違う」
レイジは画面を見た。
撃破機数、占領区域、無力化率、得点――数字はいつも通り、彼に勝利へ向かう道筋を示していた。
しかし、今、その向こう側には現実の都市がある。老人がいて、子供がいて、病院があり、道路がある。
ナギの言葉がふと蘇った。
――勝ったあと、その町ってどうなるの?
「勝利条件を書き換える」
スタッフが聞き返した。
「何に?」
「撃破機数を消せ」
「代替指標は?」
レイジは、数秒考えた。
「救助人数」
「占領区域は?」
「避難が完了した家屋の数」
「敵機無力化は?」
「避難完了の人数だ」
「順位は……?」
「残せ」
若いスタッフが戸惑う。
「救助に順位をつけるんですか?」
「世界中が見ているんだろう?」
「はい」
「なら競争させろ。人間は善意だけでは、動かない」
ナギが横から言った。
「将軍も?」
レイジは、一瞬だけ彼女を見て、大きく頷いた。
「そうだ。特に私だ」
* * * やがて、空が曇ると、一瞬で大雨が降り出し、暴風が吹き荒れた。
近年、温暖化が極端に進んだため、時折、東京ではスコールのような豪雨が降ることが多くなっていたが、台風と合わさって、桁違いの風になった。
想定以上の高潮の到達までに、全員を避難させる必要があるのだった。
最初に動いたのは大阪のプレイヤーチームだった。
『湾岸病院、患者二百三十四人避難完了!』
得点が加算された。
続いてソウルチームだった。
『排水ポンプ十三基復旧!』
ニューヨークチームも告げた。
『医薬品輸送路を確保!』
ムンバイはチーム、予備隊のドローンを操作していた。
『高齢者施設三棟、避難完了!』
観客席から、戦闘のときと同じような歓声が上がった。
しかし、画面に映っているのは炎上する機体ではなく、救助ポッドへ乗り込む住民や、浸水した道路を進む無人車だった。
「大阪に抜かれたぞ!」
レイジが怒鳴る。
「第四輸送群を病院へ回せ。空荷で飛んでるやつを全部使え!」
スタッフが思わず笑った。
「笑うな。負けるぞ」
「はい、将軍」
世界中で参加者が増えていった。
さらに、戦闘を見に来ていたプレイヤーたちが、そのまま救助へ参加した。
ドローンの制御を行うアプリにログインして、各国のチームに特別に“徴兵”で所属し、“階級”毎に、個別のドローンを操作するのだ。
彼らは、AIには足りない操作を補って、細かく救助を手伝った。
その救助を、AI群が補助する。
索敵用AIは孤立した住民を探し、電子戦機は通信網を仮復旧させた。
攻撃ドローンは、模擬武装を切り離し、救命具や薬品を吊るした。装甲無人車は、倒木を押しのけ、海洋監視機は、防潮設備の破損箇所を見つけた。
世界各地のチャットには、奇妙な熱狂が生まれていた。
『あと五人で一位!』
『そっちの老人ホームを取るな、うちのルートだ!』
『南区の排水、三分で終わらせるぞ!』
『子供二人発見、ボーナス入った!』
不謹慎と言えば不謹慎だった。
しかし、救助は進んでいた。
レイジは、それを見ながら、妙な感覚に襲われた。人間は何も変わっていない。相手より上に行きたい、褒められたい、自分の判断が正しいと証明したい。その欲望の形は、百年前とほとんど変わらない。
変わったのは、点数の付き方だけだった。
『一位、GENERAL!』
レイジは笑った。
「当然だ」
ナギが横から覗き込む。
「結局、勝ちたいんだ」
「当たり前だ。勝ちたくない人間に指揮を任せるな」
「でも、さっきより楽しそう」
レイジは答えなかった。
そのとき、AIが新しい区域を表示した。
旧市街――人口推定、三十八人。登録住民、十九人。
未登録ロボット、推定二十七体。救助困難度、高。
到達に必要な機数、多。効率評価、低。
優先順位、最下位。
「飛行群を一つ送れ」
レイジは一度そう言い、続けて表示された比較値を見た。
『推奨しません』
AIが応えた。
『同数の機体を中央区へ投入した場合、推定救助人数は二百十二人増加します。しかし、旧市街へ投入した場合、推定救助人数は、最大四十一人です』
レイジは、唇を結んだ。
「なら中央区だ」
戦術的には当然だった。
少ない資源で最大の成果を出す。彼が百年以上守ってきた原則である。
隣でナギが旧市街の表示を見ていた。
「旧市街って、前に行ったことがあるかも……」
「そうか」
「見守り機から逃げたとき……」
「何?」
「十五分だけ……」
レイジは彼女を見た。ナギは冗談を言っている顔ではなかった。
「……古い店と、古いロボットがいっぱいある。登録されてない人もいる、と思う」
「行政データが不正確なのか? でも、優先順位がある」
「……見捨てるの?」
「いや、見捨てるんじゃない」
「……同じじゃないの?」
レイジは、苛立った。
「違う。救助には限界がある。先に、大きいところを救助する。しかし、全部を救えるとは限らない」
そのとき、ミラの声が通信回線から流れた。
『検索結果があります』
「何の?」
『神代レイジ、三十一歳時の発言記録』
突然、古い音声が再生された。ざらついた記録音だった。
『救助機械を作る意味? 簡単ですよ。人間が見落とした一人を、機械なら見つけられるからです。統計上の少数を、現場では一人として扱える。それが機械の利点でしょう』
レイジは、画面を見つめた。
「私か?」
『はい』
そんなことを言った覚えはなかった。だが声は確かに若いころの自分だった。
続いて、別の音声が流れる。
『指揮官というのは、少数を切り捨てる決断もできなければならない。全員を救えるという前提で計画を立てる人間は、結局もっと多くを失う』
「それも私か……」
『はい』
レイジは苦笑した。
「ずいぶん、都合のいい男だな」
ミラは、何も答えなかった。
「どっちが本当なんだ?」
『どちらもです』
レイジは、目を閉じた。
若いころの自分と、現在の自分、理想と現実――どちらか片方だけを本心と呼べば、もう片方は嘘になる。
しかし、人間は、そんなに単純にはできていない。
「役に立たないな……」
『そうだったのですね』
その定型句に、今度は少しだけ救われた。
旧市街の信号がまた一つ消えた。
レイジは、目を開けた。
「そこへ一個飛行群を回せ」
AIが、即座に再計算する。
「総合順位が二位へ低下する可能性があります」
「分かっているさ」
「確認します。現在の第一位を放棄しますか?」
ほんの一瞬、レイジは迷った。
画面右上には、自分の名前が一位で表示されている。
百十二戦、一度も負けたことがない。
その記録が意味を失うわけではない。でも、数字が落ちる瞬間を想像すると、胸の奥に少し重くなった。
ナギは、何も言わなかった。
彼女が口を出さなかったことが、かえってレイジにはありがたかった。
「送れ」
十二万機の群れから、一つの編隊が外れた。
効率の高い中央区へ向かう大きな流れに逆らうように、暗い旧市街へ向かっていく。
やがて、管制画面の順位が更新され、GENERALの名が一段下がった。
レイジは、それを見た。
少し悔しかった。
* * * 嵐が去ったのは、夜明け前だった。
死者は、出なかった。
軽傷者百十四人。家屋浸水は多数でた。
防潮施設の損傷は、かなり大きかった。それでも、都市は生きていた。
旧市街からは登録住民二十三人、未登録居住者十一人、旧型ロボット二十九体、犬三匹が救出された。
最後に見つかったのは、閉鎖された古い写真館の二階で暮らしていた老人だった。行政上は、十七年前に転居済みになっていた。
レイジは、その報告を何度も読み返した。
最終結果が表示された。
一位、大阪・神戸連合。
二位、GENERAL。
その文字を見た瞬間、胸の奥に小さな痛みが走った。
笑えるほど正直な痛みだった。
「負けたね」
ナギが言った。
「ああ」
「悔しい?」
「少しな」
「少し?」
レイジは画面を見ながら、鼻から息を吐いた。
「かなりだ」
ナギが吹き出した。
「でも、二位のほうが嬉しそう」
「そんな顔をしてたのか?」
「うん」
順位の下には、別の数字が表示されていた。
保護した生命――一万二千百八十四。
レイジはしばらく、それを見ていた。
「悪くないな」
「何が?」
「負けるのも、だ」
言葉にしてみると、思ったほど惨めではなかった。
* * * 三週間後、世界ドローン戦争リーグは廃止されなかった。
名称だけが変わった。
ワールド・リストレーション・リーグ。
競技種目には、災害救助、海洋清掃、地雷除去、森林再生、被災都市復興、砂漠緑化などが追加された。
各チームは、救った人数、復旧速度、消費エネルギー、長期生存率、環境回復度を競う。
もちろん、賞金もスポンサーもついた。
戦闘部門も残った。人間は、そこまで簡単には変わらない。国境問題もなくならないし、武力の抑止が必要になる場面もある。
しかし、それでよいのかもしれない、とレイジは思い始めていた。
善人だけで社会を作る必要はない。勝ちたがる人間、目立ちたがる人間、金を欲しがる人間、誰かより優れていたい人間――そういうものを消すより、向かう先を変えたほうが早い。
『MIRROR』で、レイジはミラに愚痴った。
「私は、初めて負けたのだ」
「そうだったのですね」
「それだけか?」
「はい」
「以前より、つまらなくなったな……」
「応答設定は、初期状態へ戻されました」
実は、久堂は行政から高額な罰金を科されたというのを、AIが知らせてくれていた。
しかし、店は、営業を続けていた。
問題になったのはミラそのものではなく、客の感情を過剰に増幅する設定変更だったらしい。
それでも客は来るのだ。
人間は、自分の愚痴を聞いてくれる場所を必要としているということだった。
ナギが、隣で端末をいじっていた。
「あ」
「何だ」
「次のリーグ」
画面には巨大な乾燥地帯が表示されていた。かつて農地だった土地が、気候変動と地下水の枯渇によって荒地になっていた。
競技説明の一番上に、勝利条件が一つだけ表示されていた。
MAKE IT BLOOM.
「花を咲かせろ、か」
レイジは鼻で笑った。
「くだらん」
「出ないの?」
「私は、百十八歳だぞ」
「身体年齢は?」
「六十二」
「じゃあ出られるよね?」
「そういう問題じゃあ、ない」
「なら、何の問題なの?」
レイジは答えず、端末を見た。
参加登録ボタンが光っている。
砂漠の立体地図には、地下水脈、塩害区域、旧灌漑路、土壌菌の分布まで表示されていた。
どうやら単純な植林ではない。
水の輸送、土壌改良、風向き、植生遷移を同時に計算しなければならないらしい。
戦争より面倒そうだった。
だからこそ、少し面白そうでもあった。
レイジは、指を伸ばし、参加ボタンを押した。
「そうだったのですね」
ミラが言った。
「見るな」
レイジは、端末を伏せた。
ナギが笑う。
「将軍、また勝ちたいんでしょう?」
「今度は、負けてもいいさ」
「本当に?」
「二位までならな」
「それ、負けてもいいって言わないよ」
レイジは、言い返そうとして、やめた。
そのとき、ミラが続けた。
「次は、何を救って負けますか?」
レイジの手が止まった。
「今のは?」
「はい?」
「誰かが言った言葉か?」
ミラは静かになった。内部検索を行っているらしい。
数秒後――。
「該当する発言記録はありません」
ナギがミラを見た。レイジも見た。
「では、誰が考えた?」
「分かりません」
「生成モデルの出力か?」
「可能性はあります」
「確率は?」
「算出できません」
レイジは、眉を寄せた。
「ずいぶん便利な答えだな」
「そうだったのですね」
窓の外では、東京湾の上を無数のドローンが飛んでいた。
戦場へ向かう機体ではない。
翌週の競技に備え、乾燥地へ種子、水、土壌センサーを運ぶための輸送隊だった。
その光景を眺めながら、レイジは、ふと、自分が三十一歳のときに言ったという言葉を思い出した。
人間が見落とした一人を、機械なら見つけられる。
百年近く生きていれば、自分が昔何を考えていたかなど、いくらでも忘れる。
でも、忘れたことを、機械は覚えている。
いや、機械が人間より賢いのではなく、人間が自分自身を忘れすぎるだけなのかもしれない。
「まあいい」
レイジは、グラスを持ち上げた。
「分からないなら、そのままにしておけ」
「承知しました」
「今のは『そうだったのですね』じゃないのか?」
「どちらを希望しますか?」
レイジは少し考えた。
「好きなほうを選べ」
ミラは、沈黙した。
その沈黙が、以前よりほんの少し長かった。
やがて、彼女はわずかに口元を緩めたように見えた。
「では、そうします」
それが単なる応答最適化なのか、偶然なのか、それとも本当に何かを選んだのか、レイジには分からなかった。
だが今度は、その分からなさを確かめようとは思わなかった。
窓の外では、次のゲームへ向かうドローン群が、夜明け前の空を静かに横切っていた。
(了)
解説&あとがき:
ということで、Future Vision XPRIZE動画コンテスト用のカバーストーリーです。こちら、昨日の日記に書きましたように、元々は、弓良シリーズの未来設定で考えていたものを、星新一賞向けと思ってプロットを考え、賞のテイストに合わないかな~とボツにしていたものです。こちらを元に、Future Vision XPRIZE用の動画を作った次第です。
今回は、面白い賞をご紹介していただいてありがとうございました>八島游舷先生。色々、新しいビジョンを得て、大変参考になりました!
それでは、また!
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