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公務員を辞めた理由みたいな話

公務員を辞める直前の一年間、
頭の中に浮かんでは消えていった考えを、
そのまま書き留めたものです。

誰かを説得するためでも、
正解を示すためのメモでもありませんが、

もし今、転職に迷っている人がいたら、
どこかで重ねながら読んでもらえたらうれしいです。


公務員として、20年近く働いた。
地方自治体、事務職。
福祉、広報、教育、調査、広聴
そんな分野の仕事をさせてもらった。

30代半ばくらいまでは、
振られた仕事を、そつなくこなせるようになることが目標だった。

「卒がない仕事をする」

そう言われるようになりたかった。

中堅になり、希望した部署にも行かせてもらえたし、
仕事に自分なりのアレンジを加える余地もあった。
後輩の育て方も、自分なりのスタンスができてきて、
組織に貢献できている感覚も、たぶんあった。

今後も、同じように働けた。

でも、年々「学ぶこと」が減っていった。

市民の方への対応。
組織の中での立ち回り。
基本的なスキル。
知識。

今後も、また違う学びはあったと思う。
けれど、それは
「視野が広がる」感じより、
「役割が増える」感覚のほうが近かった。

環境を変えたほうが、
自分の世界は広がるんじゃないか。

そんなことを、よく考えるようになった。


体力。

40代半ばにさしかかる、
思考力は、まだ落ちていない。
でも体力は、確実に衰えてきている。

40代の10年。
50代の10年。

そうやって人生を区切って考えたとき、
今がいちばん、
「新しいことを始めやすいタイミング」だと思った。

現状維持をした数年後の自分と、今の自分は、
正直、あまり変わらない気がした。

他人の課題を解決すること。
組織の課題を解決すること。
そこから得られる承認。

それらが、
少しずつ、自分にとって重要じゃなくなってきていた。

上下関係のない環境。
自分の課題と向き合える場所。
違うお金の稼ぎ方。

そういうものを、
ちゃんと経験してみたかった。


環境。
賃金。
仕事内容。
時間。

そういうものに囚われずに、

「仕事は、心を込めてやれば、
なんだって面白くなる」

そう思えるようになってきた。

やりがいとか、損得とか、他人の目とか
そういうものを、
以前ほど気にしなくなっていた。

なぜ現状を変えたかったのか。

それは、
「自分の心地よいリズム」を、
ちゃんと知りたかったからだと思う。

新たなステージに進むことは、
「きっと、面白い。」
そう思えた。

何歳になっても、
自分の人生の主人公でいたかった。

失敗したら、
そのとき考えればいい。

生きたいように生きてみたい。

これまでと違う環境で、
誰かの役に立ちたい。
喜ばれたい。
充実感を得たい。
必要とされたい。

自分がつくったものを、
褒めてもらいたい。

そういう気持ちを、
ちゃんと否定しないで、生きてみたい。


生まれてから、だいたい15,000日。
公務員として、約6,000日働いた。

事務仕事は、もうできる。

ここから定年までの8,000日を、
まだ事務職で過ごすか、
まったく違うことをして生きるか。

正直、
前者は、かなり退屈に見えた。

新しいチャレンジをした3年と、
現状維持で過ごした3年。

まったく別の人間になっている気がした。

このままの環境の3年後、
新しいことを始める気力が、
今よりあるとは思えなかった。

比べるのは、他人じゃなくて、
過去の自分だけ。

選択を間違えるということはない。
正しかったかどうかは、
あとから自分の努力の量を振り返って決めればいい。

公務員を辞めても、
経験は残る。
いい人にも、たくさん出会えた。

現状維持とチャレンジで迷ったら、
答えは、もう決まっていた。


人は、不完全だ。
だから、人がつくる仕組みも、不完全だ。

仕組みのアップデート、自分自身のアップデートには、
余白が必要だと思った。

考える余白。
立ち止まる余白。

自分は何がしたいのか。
何ができるのか。

それを、
ちゃんと問い直すために、
辞める決断をする。



公務員を辞めたことに、
明確な正解があったとは、今も思っていません。

ただ、あのまま立ち止まらずに進み続けていたら、
きっと今より、自分のリズムは分からなくなっていた。
そう感じる瞬間は、何度もあります。

辞めて得たものも、失ったものもあるけれど、
今はただ、やりたいと思ったことを、
ひとつずつ確かめながら進んでいくつもりです。

読んでいただき、ありがとうございました。




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