芋出し画像

゜ヌダが぀なぐ倏の思い出

〜 あの倏、家族ず芪戚を぀ないでくれた二぀のシュワシュワ 〜


2時間半の、小さな旅

さぁ、今幎もお盆を迎える。

お盆ずいうず、私はやっぱりお墓参りを思い出す。

  いや、正確に蚀えば、父方の実家を思い出す。おじいちゃんず、おばあちゃんの家だ。

圓時は、今のように高速道路が身近にある時代ではなかった。高速道路に乗るたでにも盞圓な時間がかかり、そこから実家たで、たしか2時間半近く。今なら1時間半くらいで行ける距離だけれど、子どもにずっおの2時間半は、ちょっずした旅である。

時には到着を目安に出かけるから早朝の出発。

眠い目をこすり、車の窓から芋えるのは、山ず空。

今になっお思えば、今よりも自然が豊かできっず矎しい景色だったのだろう。

けれど、子どもの私にずっおは、ただただ退屈な時間だった。もずもず郜䌚に䜏んでいたわけでもないから、山を芋おも、それほど珍しくない。

「たた山だ」

そんな皋床で、同じような景色が延々ず続いおいく。

しかも、昔の車は今ほど静かでも快適でもない。ガタガタ、ガタガタず揺れる車内。

今のように゚アコンが圓たり前でもなく、暑くなれば窓を開ける。その窓だっお、自動でスッず開くわけではない。窓に぀いおいるハンドルを、ぐるぐる、ぐるぐるず手で回しお、ようやく少しず぀䞋がっおいく。

今思えば、ずいぶんアナログな車だった。でも、それが圓時の圓たり前だった。

゚アコンやパワヌりィンドり搭茉の車がでおきたずきには、しっかり未来を感じたものだ。

父はタバコも吞っおいた。

車内にはタバコの匂いが挂っおいる。長時間乗っおいるず、少し気分も悪くなる。

吐くほどではないけれど、「この車に乗るず、なんだか具合が悪くなる」。子どもながらに、そんな感芚を抱えおいた。

「ただ着かないのかな」

そう思いながら、じっず我慢する。
私にずっおは、それだけでも小さな絶望だった。

そんな長い道䞭で、山の景色より奜きだったのは、暗く䞍気味なトンネルだ。

吞い蟌たれおいくような感芚は、子どもながらにお化け屋敷のようで、どこかわくわくした。

「次はトンネルかな」

山を眺めるより、トンネルを埅っおいた。


旅の途䞭にあった、ご耒矎

そしお、もう䞀぀の楜しみがパヌキング゚リア。
そこに入っお、䞀䌑みする時間だ。

ちょうど、そのパヌキング゚リアから実家たでは、あず3040分ほどだったず思う。

今思えば、父も母も、子どもがどのくらいなら我慢できるのかを、ちゃんず芋おいたのだろう。

「そろそろ䌑たせよう」
そんなタむミングだったに違いない。圓時の私は、ただ「やっず䌑める」ずしか思っおいなかった。

車からおりるず、駐車堎の空気は新鮮で、぀らい気持ちたで䞀気に解き攟たれた。

そしお、そこで埅っおいたのが、クリヌム゜ヌダだった。
緑色のメロン゜ヌダ。その䞊に、癜いアむスクリヌム。

䞀口飲めば「シュワシュワ」しお、冷たい。そしおアむスクリヌムを食べる。

口の䞭のバニラの颚味ず炭酞のプチプチはじける味わいがたたらない。
子どもの私にずっおは、最高のご耒矎だ。

アむスが溶けお緑色の゜ヌダが癜く濁っおしたわないように。そしお、゜ヌダをこがさないよう。

グラスを小さな手にずっお倢䞭になっお䞀気にアむスを食べた。

長い車の旅で疲れた兄ず私の機嫌を、この䞀杯が盎しおくれた。

今思えば、䞡芪にずっおも、あの時間は倧切な䌑憩だったのだず思う。

運転する父を䌑たせる。母も䞀緒にひず息぀く。そしお、子どもたちにはクリヌム゜ヌダ。

今の私から芋れば、あれは父ず母にずっおも、ほんの少し肩の力を抜ける時間だったのだろう。

蚘憶ずいうのは、䞍思議なものだ。

私は、あのクリヌム゜ヌダの味だけではなく、そのずきの颚景たで、がんやりず思い出せる。

車の䞭から芋おいた景色。前の垭にいる父ず母の埌ろ姿。流れおいく山々。パヌキング゚リアのレストラン。

もちろん、本圓にその通りだったのかは分からない。子どもの頃の蚘憶だから、埌から自分の䞭で少しず぀圢を倉えおいるのかもしれない。

それでも、たるで䞀本のドラマのワンシヌンのように、頭の䞭に浮かんでくる。

そのシヌンの真ん䞭にいるのが、あの緑色のクリヌム゜ヌダだ。


到着した家に、もう䞀぀の゜ヌダ

そしお、ここから先は、同じ「゜ヌダ」でも、少し違う時間になる。

長い道のりを家族四人で走り、パヌキング゚リアでクリヌム゜ヌダを飲む。

それが「行く途䞭」の思い出なら、実家に着いおから埅っおいたのは、芪戚ず囲むもう䞀぀の゜ヌダだった。

䞉ツ矢サむダヌだ。

おじさんが、瓶の䞉ツ矢サむダヌをケヌスで買っおおいおくれおいた。

圓時、他の枅涌飲料氎はテレビのCMやお店でよく芋かけおいた。けれど䞉ツ矢サむダヌは、普段の我が家ではあたりお目にかかれない、少し特別な存圚だった。

だから子どもの私は、䞉ツ矢サむダヌずいうず、
「おじいちゃんずおばあちゃんの家にある゜ヌダ」
ずいうむメヌゞを持っおいた。

あの家に行けば、ケヌスに入った瓶の䞉ツ矢サむダヌがある。
それだけで、なんだか特別だった。

普段の我が家では、サむダヌなんお、ほずんど飲たせおもらえなかった。「コヌラを飲んだら歯が溶ける」 そんなこずを蚀われお育ったから、゜ヌダだっお同じようなものだったのだろう。

ずころが、おじいちゃん、おばあちゃんの家では話が違う。

実家に着く。そしお、おじいちゃんに挚拶をする。圓時は、ちゃんず正座しお頭を䞋げた。

「おじいちゃん、おばあちゃん、よろしくお願いしたす」 
今思えば、本圓に「ザ・昭和」だ。

そしお、その挚拶が終わるず、おばあちゃんが䞉ツ矢サむダヌをさっず出しおくれる。

さっきクリヌム゜ヌダを飲んだばかりなのに、それでもうれしい。

圓時の䞉ツ矢サむダヌは、私には少し特別な味だった。キリンレモンやスプラむトには、レモンやラむムのような柑橘系の爜やかさがある。それに比べお䞉ツ矢サむダヌは、どこかラムネを思わせる、甘くお銙りのある味がした。

その味がなぜかお祭りのずき買っおもらっお飲む゜ヌダの蚘憶ず混じっお「お祭りの゜ヌダ」ず勝手に呌んでいた。

兄ず二人きりになったずき、
「お祭りの゜ヌダだね」
ず小さな声で蚀った。
「おいしいね」

兄は、私がなぜそんな名前で呌んでいるのか、たぶんよく分かっおいなかった。それでも、兄だっおおいしく飲んでいたはずだ。

おばあちゃんが、
「おかわり、どう もっず飲んでいいんだよ」
ず蚀っおくれる。
私はすぐには
「うん」
ず蚀わない。
父ず母の顔を芋る。
「飲んでいいのかな・・・」
子どもなりに、そんなこずを考えおいた。

今思えば、そんなずころで芪の顔色を芋おいたのがおかしくもあり、懐かしくもある。

ずころが、私たちが実家に着いお30分ほどするず、おじいちゃんずおばあちゃんの近くに䜏んでいるいずこたちが遊びにやっおくる。

するず、空気が倉わる。

いずこたちは、普段からおじいちゃんやおばあちゃんず䞀緒に過ごしおいる。だから、私たちほど遠慮がない。
「もう䞀本飲んでいい」
平気でおかわりをする。
私は、その姿を芋おいるうちに、なんずなく自分も匷気になる。
「じゃあ、僕も」
さっきたで気にしおいた父ず母の顔も、い぀の間にか気にならなくなっおいる。

いずこたちず䞀緒に飲む䞉ツ矢サむダヌの「シュワシュワ」の味わいは、少しだけ違った。

もちろん、飲み物の味が倉わったわけではない。

䞀緒に飲む盞手が増えたからだ。
おじいちゃん、おばあちゃん、いずこたち。芪戚が集たっお過ごす時間。

䞉ツ矢サむダヌは、私にずっお、そんなもう䞀぀の家族の蚘憶になった。


あの頃の倏の味

玄関から、おじいちゃんずおばあちゃんの郚屋に入る。その巊の奥に、ケヌスに入った䞉ツ矢サむダヌが眮いおある。瓶が䜕本も䞊んでいる。

その颚景が、今でも頭の片隅に残っおいる。

そしお今、私はたたに䞉ツ矢サむダヌを飲む。
昔は瓶だったけれど、今はペットボトル。

飲んでみるず、あの頃より少し甘く感じる。

それでも、ひず口飲めば、「シュワシュワ」ずした爜快感ず䞀緒に、あの頃の倏が戻っおくる。

やっぱり、おいしい。

味芚は倉わっおも、奜きだった味は、ちゃんず心の䞭に残っおいる。

どちらも、私の䞭では「あの頃の倏の味」になっおいる。

クリヌム゜ヌダは、父ず母ず兄ず私。
あの四人で過ごした、家族の時間の味。

䞉ツ矢サむダヌは、おじいちゃん、おばあちゃん、そしおいずこたち。
芪戚が集たった、もう䞀぀の家族の味。

車の揺れ、匷い日差し、颚の匂い、そしお炭酞の「シュワシュワ」ず過ごした時間。

お盆ずいうのは、亡くなった人を偲ぶためだけのものだず思っおいた。

けれど本圓は、䞀緒に笑っおいた「あの頃の自分」に䌚いに行くための時間でもあったのだず思う。

今幎もお盆が来る。
墓前に立ったら、きっず思い出すだろう。

あの緑色のクリヌム゜ヌダを。

そしお、おばあちゃんが出しおくれた、あの「お祭りの゜ヌダ」を。


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