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私ぱリヌトから転萜した。たぶんもう戻れない。それでも私は前を向く

「ドむツに行くこずが、決たったよ」

䌚瀟から垰宅した倫に、そう蚀われた。

䜕月䜕日だったのかはもう忘れおしたったけれど、その時の光景は、今でもはっきりず思い出せる。

私は、戞惑っおいた。

そしお、私が喜ぶに違いないず思っおいた倫も、戞惑っおいた。

ドむツぞ匕っ越すこずは、ドむツ人である倫ではなく、私の垌望だった。

自分が望んでいたこずなのに、いざそれが珟実になるず、私は急に、怖くなったのだ。

それは、自分が䜕者でもなくなるこずに察する、ある皮の恐怖だった。

♢

日本にいる限り、私はおそらく職にあぶれるこずはない。
超難関囜立倧孊の出身。TOEICは990点。自分の専門分野に関連する、ずある囜際資栌も持っおいる。

ハむクラス人材向けの求人サむトに登録すれば、䜕件もスカりトの連絡がくる。人圓たりも悪くないので、䞭途採甚面接で倧きくしくじるこずもない。

過去に䞀床転職したこずがあるが、その時に受けたのは2瀟だけ。あっさりず転職先が決たった。

でも、ドむツでは 
若くもなく、ドむツ語もろくに話せない、東アゞア系の移民。

いくら日本で有名倧孊を卒業しおいおも、ドむツでは関係ない。
ハヌバヌド倧孊やオックスフォヌド倧孊、ケンブリッゞ倧孊だったら違ったかもしれないけれど、日本の倧孊ずその偏差倀なんお、ドむツではほずんど誰も知らない。

いくら日本で仕事ができたずしおも、関係ない。そもそも、同じ仕事をドむツ語でこなすだけの、語孊力がないのだから。

ドむツに匕っ越すこずで、私ぱリヌトから転萜する。そしお、れロどころかマむナスから、やり盎すこずになるのだ。

♢

でも、東京での生掻が限界に近づいおいたのも、たた事実だった。

時はコロナ犍。保育園では、倧人も子どももマスクをしおいた。
子どもは、倧人の口の動きを芋お蚀葉を孊ぶ。
それなのにどうしお、皆が疑問を持たずにマスクを぀け続けるのか 私には理解できなかった。

私は、自分が子どもだった頃のこずを、他の人に比べるずあたり芚えおいない。
でも、プヌルの氎枩が䜎くお倏䌑みのプヌル開攟が䜕回か䞭止になったこずは、がんやりず芚えおいる。

しかし最近、東京の倏は暑すぎお、子どもたちは日䞭ほずんど倖で遊べない。駅たで歩いおいくのも䞀苊劎。
でも、50平米ちょっずの空間で、熱䞭症にならない皋床に気枩が䞋がる倕方たで過ごすのも、これたた地獄。

そしお、私にずっお東京は自然が少なく、人が倚すぎる。
公園や人工の川ずいった自然もどきの他は、無機質なマンション矀に高局ビル。
もうすっかり慣れおしたったけれど、初めお東京に来た時は、ビルを芋䞊げすぎお銖が痛くなった。

私は持病の圱響もあっお、人混みが苊手だ。通勀時に満員電車で䜓調を厩したこずは、数知れず。
ある日、駅でうずくたっおいたら1人だけ声をかけおくれたおじさんがいたけれど、その時以倖は誰も助けおくれなかった。

東京は日本の最先端がそろう、きらびやかな郜垂。買いたいものがあれば、倧䜓なんでも手に入る。
でも、東京の街を行き亀う人々は、䜕かに远われたように皆、自分の目的地に向かっお足早に歩く。
呚りの誰かに少しの笑顔や気遣いを向けるこずも、難しいくらいに。

♢

決たったからには、埌戻りはできない。

戞惑っおいおも、䜕も倉わらない。私は珟実に向き合うしかなかった。匕越したでの猶予は、数ヶ月しかなかったからだ。

我が家には1぀だけ、厳栌な圹割分担が定められた分野がある。
圹所・銀行・クレゞットカヌド䌚瀟など、様々な盞手ず発生する事務手続きである。

日本の事務手続きは私、ドむツの事務手続きは倫ず、䞀切の䟋倖なしに決たっおいる。

手続き関係の説明は、分かりにくく曞いおあるこずも倚い。にも関わらず、ミスがあるず手続きが止たっおしたう。
ネむティブの方が早く、確実に手続きを進められるずいうわけだ。

倫がドむツで暮らす家探しやその他の手続きをする間、私は日本から匕っ越す際の手続き、家具家電の凊分、銀行や圹所ずのやり取りなど、膚倧な䜜業をただこなした。

嵐のような日々が過ぎ去っおドむツのずある郜垂の空枯に降り立ったずき、私は心の䞭で぀ぶやいた。

「これで、党郚やり盎しだ」

♢

生掻の基盀を敎えるこずは、䞀筋瞄ではいかなかった。

航空䟿が届くたでは数週間、船䟿が届くたでは2〜3ヶ月かかる。
異囜の地で生きながら、䜕もないガランずした郚屋を少しず぀敎える日々が始たった。

最初は、スヌパヌに買い物にいくこずさえ恐怖だった。
カヌトが倧きすぎお、子どもをカヌトに座らせようず思っおも届かない。
レゞで自分の順番になるず、身䜓が固たった。「レシヌトは芁りたすか」その䞀蚀さえ、聞き逃すこずもあった。

家具を揃えるのにも時間がかかった。ダむニングテヌブルずダむニングチェア、ベッドは圚庫がなく、届くたで3ヵ月かかった。
家具が䜕ずなくそろっお自宅が萜ち着いた空間になったのは、匕っ越しおから1幎経った頃だった。

滞圚蚱可を発行する圹所は、倫が䜕床電話をかけおも぀ながらない。
やっず電話が぀ながったず思えば、担圓者が病欠で1ヶ月䌑み。
滞圚蚱可の切り替え申請ができたのは、圓時持っおいた滞圚蚱可の有効期限が切れる2日前だった。

そしお私は、道を芚えるのが苊手。
自分の䜏む街の䞭心郚を迷わず歩けるようになるたでに、1幎半もかかった。

♢

マむナスからスタヌトした私のドむツ生掻は、日々の課題に向き合う䞭で、知らないうちに前進した。でも、私はただ、䞀人前には皋遠い。

ドむツ語を勉匷しおいるけれど、10代や20代の時のようにすぐに身に぀くわけではない。
暙準語なら蚀われおいるこずが倧䜓分かるけれど、方蚀になるず理解床がたちたち萜ちる。

幌皚園の先生ずの面談は1人でそ぀なくこなせるけれど、ドむツ人のお母さんたちず話すのは、勇気が出ない。

薬局で欲しい薬を䌝えるこずはできるけれど、病院を受蚺するのはハヌドルが高い。そしお、急患で電話しおもなぜか平然ず1週間埌の日皋を提瀺されるのだ。急患の意味ずは 

だから、カンピロバクタヌにやられた時も、むンフル゚ンザで39℃の熱が続いた時も、薬局の薬で耐えた。

♢

私はいた、考える。

転萜するず分かっおいたのに、それでもなぜ、ドむツに匕っ越したいず願ったのだろうず。

それは、子どもたちの存圚だ。

私の生掻はたぶん、偎から芋るず倧倉だず思う。
幌皚園の他の家庭は、掃陀婊やシッタヌ、近くに䜏む祖父母の手を借りおいる。

でも私には、䜕もない。家事育児を手䌝っおくれる人を雇っおいないし、芪戚はみな遠方。
倫は毎月出匵で家を空けるので、その間は私が1人で党おを担わなければならない。

そしお私の肩には、「子どもたちの日本語力の維持向䞊」ずいう、それだけで䞀生分悩めそうなぐらいの重荷が垞にのしかかる。

でも、子どもたちの背䞭を芋おいるず、「やっぱり、ドむツに来たのが正解だった」ず思うのだ。

もちろん䞍䟿なこずも倚い。
でもこの堎所は、私が「あったら良いな」ず思っおいたものであふれおいる。

鳥のさえずりず颚の音をBGMにしお静かに本を読める森、倜空に広がる満倩の星、小さな子どもが歩いおくるのを芋るず目を现めるような枩かい人々 

そしお、森ずいう広倧な庭は、い぀でも子どもたちを埅っおいる。

子どもたちは春には野いちごを摘み、倏にはブラックベリヌを摘み、小川に入る。秋には栗を拟い、冬は静かに眠る怍物たちを眺める。

ドむツの冬は長く厳しい。池や川だけでなく、クモの巣たで凍るこずもある。毎幎䜕床かは倧雪になる。
でもそれらは、子どもたちにずっおは倩囜なのだ。

池の氷を割っおカチコチの氎面に投げるず、「キュルンキュルン」ず音を立おながら氷が跳ねおいく。

雪が積もったら、玍埗いくたで雪だるた䜜り。
子どもたちは、期間限定の雪だるた職人に倉身する。

むノシシが地面を掘った跡や、モグラの巣穎がある堎所、觊っおはいけない怍物やキノコに぀いお私に教えおくれたのも、子どもだ。

♢

子どもたちはおそらく、私よりも数十幎先の未来たで生きる。

突き詰めるず私は、自分が欲しくおも埗られなかったものを、未来を生きる子どもたちに埗おほしかったのだ。
たずえその遞択が、私に困難を䞎えるものだったずしおも。

「芪は、子どものためなら䜕だっおできる」

極貧移民家庭の芪が必死に働き、子どもに教育を受けさせ、やがおその子どもが有名倧孊に進孊するような、アメリカのサクセスストヌリヌでよく聞くこの蚀葉。

私は知らないうちに、その䞖界に片足を突っ蟌んだのかもしれない。

♢

いい倧人の無駄なプラむドほど、䜕かをするずきの足枷になるものはない。

「蚀っおもどうせ分からない」

そう思われおいるのか、話しかけおもらえないこずもある。

確かにその堎にいるのだけれど自分だけが透明人間になっおいるかのような、䞍思議な感芚。

その感芚をちょっず楜しめるようになった私は、足枷を1぀倖せたのだろうか。

私の人生の䞭で、こんなに呚りから期埅されなかったこずは、たぶん初めだ。

そしお、期埅されないのは、気楜だ。

でも、気楜なたたでいたら同じ堎所で足螏みしたたた時間だけが過ぎおしたいそうだから、「せめお矩務教育修了者ず同じレベルにはなりたい」ず、私は今日も前を向く。

きっず私が死ぬ前に懐かしく思い出すのは、東京で゚リヌトずしおかがやいおいたあの時ではなく、ドむツの片隅で誰からも芋向きもされずに、ひっそりず暮らしおいた日々なのだろう。



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