新しい灯り。
様々な理由から空き家となり、山鹿市内に点在する建物に新しい価値を与え、日本茶と山鹿の町を深く味わってもらう。
そんな思いから創った宿泊施設
「tomori」
山鹿市泉町にある17坪の小さな戸建てから、今年4月に始まったこの取り組み。
前記事にも書きましたが、たった5ヶ月ほどの運営でいろんな事がありました。
直近では、熊本地震も発生し、幸い直接被害は免れたものの、多くのキャンセルや予約の鈍化も受けています。
しかし、いつまでも下を向いてはいられません。
沈んだあとは、必ず大きく跳ねると信じています。
その時、また山鹿を訪れるたくさんの人に喜んでもらえるように、
このたび、次の一歩を踏み出すこととなりました。
出会いは突然に。
ある日、仲良しの事業者さん達と食事をしていたところ、売物件の貼り紙を目にしました。
翌日には問い合わせて、翌週には買付を入れてしまうくらい一目惚れ。
新たに取得したのは、山鹿市のランドマークである「さくら湯」の向かいに建つ、築50年を超える建物です。

さくら湯は、寛永17年(1640年)の肥後細川藩の「御茶屋」にその歴史の端を発し、幾度も大きな改築や改修を重ね、2012年に日本の伝統工法により、当時の姿で蘇った九州最大級の木造温泉。
そんなさくら湯の向かいに建つのが、かつてこの場所で60年以上にわたり営業を続け、地域の人々に親しまれてきた「柿山カメラ」の建物です。
いくつかの区画が躯体を共有しながら、マンションのように一戸一戸が分かれた、少し特徴的なつくりをしています。

町並みは時代と共に変化
この建物が建てられる、さらに前のこと。
ここには喫茶店をはじめ、いくつもの店が軒を連ね、人々が行き交う賑やかな場所だったそうです。
そして、山鹿の町の歴史を語るうえで、忘れることのできない出来事があります。
1971年8月30日。
台風23号の上陸と同じ頃、山鹿市中心部で発生した
「山鹿大火」
台風の風により火は燃え広がり、
多くの家屋や商店が焼失。
当時を知る方からは「巨大な火の玉が転がっていた」という話も聞きました。
長い時間をかけて育まれてきた町の風景が、一夜にして失われる。
そんな大変な出来事のあとも、町は少しずつ復興し、今日までその歴史をつないできました。
新しい建物が建ち、人々が生活を立て直し、少しずつ町に日常が戻っていく。
そうして積み重ねられてきた半世紀。
その一角に建つこの建物も、たくさんの人の暮らしや商いを見つめながら、今日まで残ってきました。

そして今度は、私達がこの建物を引き継ぎ、宿泊施設として再生させます。
この建物を取得したことをSNSで発信したところ、本当にたくさんの反響をいただきました。
「シャッターがずっと閉まっていたから嬉しい」
「何ができるかワクワクする」
「よく行っていた思い出の場所なので楽しみ」
様々な人の想いが、この場所には詰まっているのだと感じました。
ここに積み重なってきた思い出や文化を大切に残しながら、丁寧に創りあげていきたいと思っています。
次の挑戦でも、
tomoriのコンセプトの核は変わらず、
日本茶と山鹿の町を深く味わい、
旅人と町の人が自然と出会うことで、
この場所で生まれる体験を楽しんでいただくこと
を目指しています。
そして、準備が整い次第、発表させていただきますが、
1階の店舗部分では、ワクワクできるような新しい取り組みも考えています。

半世紀前、強い想いでこの場所を復興させた方がいたように、今度は私たちが応える番です。
かつて宿場町として栄えた豊前街道の中心で、
この場所が現代の「御茶屋」になれるように。
そして次世代にも繋がる物語となるように。
これからの未来が楽しみです。



