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53歳で早期退職|独身女|初投稿です

初めまして。ゆんです。
この3月に、24年余り勤めた会社を早期退職しました。現在はフリーでちょこっとお仕事を請け負っています。50代独身、これまで頑張ってきた分、頑張らない毎日の模様を、面白おかしく、そして真面目に綴りたいなと、noteを始めました。今回が初投稿です。


53歳で仕事を辞めるということ

ある日、ちょっとした知人に自分が仕事を辞めたことを話すと、「ああ、流行りのFIREね」と、ちょっと鼻で笑ったように(と自分が感じただけかも)言われました。

FIRE?

あ、いや、意味は知っているんですが、自分は「流行りに乗っかりたい」と思って辞めたわけではなかったので、そう言われることに少しだけ違和感を感じました。実際、独身女が50代そこそこで安定職から離れたら、そう言われても不思議ではありません。今は自由な時間に仕事をしているし、わずかながら資産運用もしているので、世間では「サイドFIRE」という部類に入るのだそうな。53歳で仕事を辞めるということは、そのように見られるのだなとわかりました。

でも。
しかし。
現実は、そんなオシャレな理由ではないかな。

私が「会社員」を辞めようと思ったきっかけ


40代までは、女性も活躍できる仕事にやり甲斐を感じていました。転勤で東京勤務にもなり、このまま定年まで続けるんだろうなーとぼんやり思っていました。しかし、アラフィフにもなると、それなりに役職や責任のある役割なども与えられるわけで。現役プレーヤー業務はそのままに、マネージング業務までこなすのは、なかなかにハードでした。明日をどう乗り切るかという心配が常に付きまとい、慢性的な疲労感でお休みの日も休んだ気にならない。

おまけにアラフィフという年齢は、体が老いに向け変化していく節目。言葉に表せない不調や苛立ちは、仕事に追われどこに吐き出すこともできませんでした。食事くらいは気をつけようと、毎日お弁当を作ってはいたものの、エナジードリンクを常用する始末。首と背中の激しい痛み、原因不明の胃の不調、不眠などを抱えながら、次から次へと続く、終わりの見えない仕事をとにかくこなすだけで精一杯でした。

「このままでは、いつか絶対、取り返しのつかない病気になる」

そう思ったら、この仕事は長くできないと考え始めました。
その矢先に起こったのが、2024年1月1日の「能登半島地震」。実家に帰っていた私は、突然大きな揺れに襲われました。けたたましいサイレンが鳴り響き、河口近くにいた私たちは急いで内陸に避難しようと車の準備をしました。その時、なんと、母親が避難を渋り始めたのです。「私はここで死ぬ」と。意味がわかりませんでした。もちろんそのままにしていけないので、渋る母親を叱りつけながら、なんとか避難しました。

母はその後も避難を嫌がりました。結果的に家も家族も無事ではありましたが、そんな母の姿を思い返し、もうあと何十年もないであろう年老いた母の近くで穏やかに暮らし、多くの時間を母親と過ごしたくなりました。となると、やはり今の会社を続けるのは難しそう。世の中にはフレキシブルな会社もあるのだろうけど、この年齢での転職はいろいろと面倒だし。そもそも雇ってももらえないかも。そしたら、会社員という「時間に縛られて仕事をすること」はもうナシだな、と思いました。

大地震の前には、この世と思えない景色を見ることがあるそうですが、これは能登半島地震が
起こる3日前に新潟県で撮影した風景です。まさに、異世界にいるような幻想的な瞬間でした。

そんなこんなで

24年超勤めた会社をすっぱり辞め、関東の賃貸マンションを後にし、実家近くのアパートで暮らしています。てか、窓から実家が見えます。なんなら、おかずをもらいに行くこともありますw。なんで実家に暮らさないかというのも理由がありますが、それは追々。。。

会社を辞める前後にはいろいろなことがありました。会社との話し合い、保険や年金の切り替え、電気・ガス・水道の移動、退職金のこと、大量の荷物の処分、引っ越し、車のこと、云々かんぬん。。。
そういったことや、今の仕事のこと、自分の趣味、日々思うことなどなど、徒然なるままに書いていこうと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
皆様に幸あれ!

春のおすそ分け


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