ヴァチカン(Vaticano) イタリア旅行記#11
おはようクーポラ
昨日と同じ道を辿って、世界最小の国の入り口へ今朝も歩く。朝7時台だというのに、すでにそこは世界中から集まった観光客で行列だ。当日券を求める列の長さを横目に見ると、やはり事前予約必須ですねと頷ける。朝一番、8時の開場を待っていざヴァチカン美術館へ。

追うものは三兎、狙い撃ち。
フィレンツェのウフィツィ美術館同様、このヴァチカン美術館も広大で大人気の観光スポットである。何も考えずに歩いていると、人混みに飲まれてわけもわからずただ疲弊するだけ、ということにもなりかねない。ここで私的ヴァチカン美術館攻略法。狙いは三つ、「地図の間」「ラファエロの間」「システィーナ礼拝堂」である。ご存知の方からすれば「まぁそうよね、メインどころよね」というこれらであるが、ここに辿り着くまでが遠い!というのが罠である。入口から正直に丁寧に順路に沿って全てを眺めていると、メインどころに辿り着く頃にはHP半減どころか赤ゲージ点滅である。そしてあっという間に人混みだ。人の頭の上から落ち着いて鑑賞なんてできたものではない。私は何よりも「人混み」と「並ぶこと」が嫌いなので(集団行動に最も向かないタイプ)、戦法はアクチュアルスタートと同時に逃げに乗る、の一択である(急に自転車用語で説明するな)。
8時のよーいドンで館内に入るやいなや、最初の展示エリアで溜まっている団体客をぶっちぎって先を急ぐ。他の芸術品には目もくれず、ただひたすらに第一のスプリントポイント「地図の間(Galleria delle Carte Geografiche)」を目指す(走ってはいけない、早歩きだ)。
「着いた!ここだ!」
どーんと真っ直ぐに突き抜ける大きな廊下、その両脇に巨大なフレスコ画が並ぶ。壁一面を埋め尽くしているのは、約450年前に描かれたイタリア各地の地図だ。地域ごとに描かれた地図は、山や川、都市や港までもが細かく表現されていて、ただの地図ではなく、芸術としてのイタリアなのだということが溢れている。さらに壁だけでなく天井の装飾も見事で、黄金の輝きに目を奪われる。全長約120メートルにも及ぶ回廊。人混みのない、静かな朝の回廊の美しさは圧巻だ。ああやはり一番にここまで来てよかった。

順調な滑り出しに小さなガッツポーズをして次のポイントを目指す。2級山岳「ラファエロの間」。
事前にダウンロードしておいた館内図をたよりにひたすら歩くが全然辿りつかない。すでに「地図の間」を出てから15分は歩いている。広すぎるだろ。途中外に出されたり、階段を登ったり降りたりしているうちに、「もしや見過ごしてしまったのでは?」と不安になる。見かけた警備員に息も絶え絶え、「Mi scusi…dov'è Raffaello?(ちょいとすみません、ラファエロ先生はどこですかいな?)」と尋ねると、「Raffaello? È qui!(ラファエロ?ここやで!)」と満面の笑みで返してくれた。「えっ!?」と振り返ると、あるじゃあないか、ラファエロの間。いつの間にか辿り着いていた。よりによって「Stanze di Raffaello」と書いてある看板の目の前の警備員にまぬけな質問をしてしまったが、「ほんとだ!!(日本語)Grazie milleeeeee!!!(ありがとおおお!)」と伝えると、「Prego!(どういたしまして)」とウィンク付きで返してくれる。「楽しんでね!」という思いも一緒に受け取った気がする。イタリア人の、こういう人懐っこい笑顔が私は大好きだ。
4つの部屋からなる「ラファエロの間」、最も有名なのは「署名の間(Stanza della Segnatura)」にある「アテネの学堂」であろう。「教科書で見たやつ」の代表格。古代ギリシャの哲学者たちが対話をするなかに、ルネサンスの芸術家たちの姿も重なる。一人ひとりを探しながらその細部を見つめると、時を超えて賢者たちの語りに紛れ込むような気分を味わえる。

既に大満足ではあるが、ここで足を休めるわけにはいかない。超級山岳「システィーナ礼拝堂」が待っている。階段多すぎ。
システィーナ礼拝堂の内部は一切の撮影が禁止だ。それだけでも、きゅっと心が引き締まる。扉を開けて、いざ。

うん、もう。
言葉を失うとはこのことであるし、適切な言葉なんて私の語彙力では到底見つけることができない。一つ言えるならば絶対に圧倒的に何がなんでも朝イチがオススメ。
観光客よりも警備員のほうが多いような、静かで穏やかな時間。まだ淀みのない空気に満たされていて、背筋が伸びる心地よさだ。
入口から部屋の中心まで歩いて振り返る。祭壇の正面に描かれた「最後の審判」から、視線は自然と天井の「天地創造」へ向かう。ミケランジェロが描いた物語は想像以上のスケールだけれど、それらはどこまでも静かであった。ここが今も実際に使われている「祈りの場所」だからだろうか。
壁際の椅子に腰掛けて、気づけば30分以上の時間が過ぎていた。いつまでも見惚れていられるような、贅沢な空間だ。
3つの目的をクリアして、私の心はもはや勝ったも同然である。何と戦っていたのかはさておき、ここから先はゆったりと足を進める。そんなにせかせかしてんじゃあないよと、作品の向こう側の芸術家たちに言われているようだ。中庭に出て、持参したランチ(野菜ジュースとバナナ)と共にひと息ついたところで本日のハイライト。それにしても良い天気だ。

なので中庭にこうした解説パネルが置かれている。
ありがたい。

こんなんで叩かれたら泣いちゃう。

こんなにあっていいのかアッティカ陶器。

現代でも変わらぬ技法と、その表現の豊かさに頬がゆるむ。

偉大な二人に感謝を告げて美術館を後にする。
大満足のヴァチカン美術館を後にして、そのまま街を散策する。
サン・ピエトロ広場からまっすぐ伸びる通りは観光客で賑わい、そのまま進むとテヴェレ川に架かるサンタンジェロ橋(Ponte Sant'Angelo)に辿り着く。一人で小さなカメラをぶら下げながら歩いていると「写真撮って!」と頼まれることがままある。もちろん喜んでシャッターを押すのだが、すると「あなたも撮ってあげる!」と言われることが多い。そうしてちょっと照れながら、スペイン人のファミリーに撮ってもらった写真は、案外「良い笑顔」をしていたりする。そうか、この土地で私はこんなふうに笑うのか。自分でも知らなかった自分の一部に気づくのも、旅の経験なのかもしれない。



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