世界が認めたシュール&日常系漫画の原点|調布市文化会館たづくり「マンガ家・つげ義春のいるところ展」
【#362、約3,900文字、写真約20枚】
調布市文化会館たづくりに初めて行き「マンガ家・つげ義春のいるところ展」を鑑賞しました。その感想・レビューを書きます。
※ 本展覧会の会期はすでに終了しています
▶︎ 結論
行って損はない展覧会でした。私はつげ義春の作品を読んだことがありません。しかし、彼によって、漫画表現に一定の新しさが開拓されたことがわかりました。今後、機会があれば作品を読んでみたいです。なお、つげ義春は、展覧会の会期中の3月3日に永眠されました。心からお悔やみ申し上げます。
おすすめ度:★★★☆☆
会話できる度:★★★☆☆
混み具合:★★★☆☆
展覧会名:マンガ家・つげ義春のいるところ展
場所:調布市文化会館たづくり
会期:2026年1月29日(木) 〜 3月22日(日)
休館日:2月14日(土)から17日(火)
開館時間: 10:00~18:00
住所:東京都調布市小島町2丁目33−1
アクセス:調布駅から徒歩約4分
入場料(一般):無料
事前予約:ー
所要時間:約1時間
撮影:入り口スペースのみ可能
巡回:ー
URL:こちら
▶︎ 訪問のきっかけ

今年、私は『商業美術家の逆襲』(山下裕二、2021年)を読みました。その中で「つげ義春」がベタ褒めされたことが記憶に残っていました。
その後、ネットで「つげ義春展」のことを偶然知りました。これは良い機会!しかも無料?!ということで訪問しました。
▶︎ アクセス

調布市文化会館たづくりへは、調布駅から徒歩約4分。駅からとても近いため、迷うことはないです。
▶︎ 調布市文化会館たづくりとは?

文化会館たづくりは、さまざまな機能を一つに束ねた、文化の香り高い複合施設です。館内には喫茶、中央図書館、コミュニティFM放送局もあります。
「文化の香り高い」=「品格がある」と、施設自ら名乗っています。あまり見慣れなかった表現のため、言葉使いに感心しました。

たづくりは、1995年に開館。東館(12階〜地下2階)、西館(4階〜1階)で構成。劇場や図書館、自習室、会議室、展望室もあるようです。
そもそも「たづくり」とは何ぞや?と思いました。これは過去に「調布」と書いて「たづくり」と読んでいたことが由来だそうです。
奈良時代の税制に「租庸調」がありました。「調」とは、各地の特産品を指します。この地域は、生産のメインだった「布」を「調」として納めていたことから「調布」という名称になったそうです。
また、布を丹精込めて「手作り」(過去は「たづくり」と発音)していたことから「調布」と書いて「たづくり」と読んだそうです(今でいうキラキラネーム…?)。そんな調布の成り立ちに愛を込めて、文化会館の名称も「たづくり」となったとのこと。


調布市内では、漫画家・水木しげる(大阪生まれ、鳥取育ち)が家を購入し、50年以上過ごしました。さらに、漫画家・つげ義春も調布市内で転々としながら、50年以上にわたって居を構えました。そのような縁もあって、たづくりは、彼らの作品と関連資料の収集・提供を行っています。
2023年、たづくりで「マンガ家・つげ義春と調布展」が開催されました。


▶︎ 「マンガ家・つげ義春のいるところ展」感想
展示室内には、予想外にたくさんの人がいてびっくり!もっと閑散としていると思っていました。展示室内に常時、30〜40名いました。

来館者の年齢層は比較的高めでした(中には、若い人や女性も)。会期終了近くだったこともありますが、つげ義春にはファンが多いことを知りました。会期中に、累計15,000人以上が来場したそうです。


グッズ売り場では、Tシャツの再入荷を待って、複数回にわたり来場している人も見かけました。
なお、入り口のフォトスポットを除き、展示室内は撮影禁止。室内では、いたるところに撮影禁止マーク。そして「スマートフォンはカバンにおしまいください」という珍しい注意書きがあるほどの徹底ぶりでした。
また、スタッフの方が、入り口でアンケートを直接手渡ししていました。単純ですが、アンケート用紙を出入り口にただ置くより、手渡しされることで、回答率も高まっている印象でした。

展示の一部監修は、やはり山下裕二が担当。展示のキャプションでは、つげ義春のことを「つげさん」と親しみを含んだ呼び方が新鮮でした。
以下、展覧会の構成に沿って、記載します。
① つげ義春とは

つげ義春は、1937年生まれ。16歳の時に、手塚治虫のトキワ荘も訪れる行動派でした。そして、水木しげるのアシスタントをするため、調布に転居(1966年)。欧州最大規模の漫画の祭典、アングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受賞(2020年)するなど、実力派の漫画家です。
会場に、つげ義春の年表が掲載されていました。180以上の漫画を描きました。特に『ネジ式』(1968年)で、社会に大きな衝撃を与えたそうです。漫画界にシュルレアリスム的な雰囲気を持ち込んだことが評価された…と感じました。近い時期に連載された漫画は『巨人の星』(1966年)があります。
このスペースには『海辺の叙景』(1967年)の原画が展示されていました。オチもヤマもない、不思議な漫画でした。
② つげ義春と調布

展覧会の入り口にあったフォトスポットは『石を売る』(1985年)からきています。
昔、多摩川を渡らせる(橋まで行かずにショートカットできる)ビジネス「菅の渡し」があったそうです。通行料は、1人20円、自転車25円。その付近で、河原に落ちているステキな石(?)を売るオジサンの日常を描いた話が『石を売る』です。
読んでみたものの、本当にオチもヤマもない。今でいう「日常系漫画」の元祖なのでしょうか?この漫画を通して、つげ義春は読者に何を伝えたかったのか?読む人は何を期待したのか?まったく謎でした。「自分の描く漫画は地味」と、つげ義春は『散歩の日々』(1984年)で語っていました。

当時、石を拾って楽しむ人、石を売る店は実在したものの、漫画に描かれているように多摩川では存在しなかったそうです。売れない石=不遇を託つ売れない漫画家や、ラクして儲けたい心象を連想させるなど、自虐ネタが多いと感じました。
③ つげ義春のいるところ

最後のセクションでは、計14名によるつげ義春談が展示されていました(ポーラ美術館の学芸員・東海林洋、漫画家・矢部太郎、俳優・佐野史郎、監修・山下裕二など)。それらを読みましたが、結局「つげ義春の何が良いのか?」確信的な部分を言葉にできていませんでした。
言葉にするのがあなたたちの仕事ちゃうんかい?!ただ思い出を話すだけでなく、つげ義春の何を具体的に評価しているのか、14名の口から紹介してほしかったです。
ヤマザキマリ(漫画家、『テルマエ・ロマエ』など)曰く、当時、つげ義春を読んでいたら「おしゃれで文化的」という扱いだったそうです。私の青年時代、そのような漫画は何だったか…『寄生獣』『かってに改蔵』でしょうか?
また、国立近代美術館の学芸員・成相肇は、つげ義春の良さを「独自のリアリティーといえる何か」と表現していました(「何か」って何やねん!)。

結局、つげ義春は、過去の漫画表現を超えた、シュール系、日常系漫画のハシリとして評価されているのかな?と、私は結論づけました。
なお、私にとって「漫画表現を超えた」として、胸に刻み込まれている 「つげ的な作品」は『新世紀エヴァンゲリオン』です(ベタですが)。確か、中学生時代に偶然、深夜にテレビをつけていたら『劇場版 Air/まごころを、君に』が始まり、釘付けになってしまいました。その後、TSUTAYAでDVDを全部レンタルし、解説本も買いました。
そして2003年、当時のポケットマネーとしては高額でしたが、DVD BOXも迷わず購入しました(当時の価格は39,900円。後にも先にも、私がDVDを買ったのはコレのみ)。
『新世紀エヴァンゲリオン』について、当時の衝撃や興奮はたくさん話すことができます。それと同様に、つげ義春について嬉々として解説する人たちも同じような心持ちだったのかな?と思いました。

山下裕二の新書を読んだのも偶然、この展覧会に来られたのも偶然でした。このような偶然が重なり「ユリイカ」「セレンディピティ」的な発見があった時が、展覧会巡りをしていて面白い瞬間だと感じます。すでに知っている作家を深掘りする展覧会も良い一方で、まったく知らない作家の展覧会も楽しいです!

◾️ 88歳、永眠
つげ義春は、この展覧会の会期中、2026年3月3日(88歳)に永眠されました。その報道があったのは3月27日。展覧会の会期(3月22日)を待って、情報を解禁したのかもしれません。
▶︎ まとめ
いかがだったでしょうか?私はつげ義春のことをほぼ知りませんでしたが、ある程度の理解が深まりました。当時を知る人にとっては、偉大な漫画家だったと伝わったことに加え、彼なくしては今の日本の漫画表現もなかったことがわかりました。今後、機会があれば彼の作品を読んでみたいです!オススメのつげ義春作品があれば、コメント欄で教えてください☺︎
▶︎ 今日の美術館飯


▶︎ 次回予告

次回は、相国寺承天閣美術館(京都)で開催中の「後水尾院と禅」の感想を投稿する予定です。
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