プラハ 20年前 vs 今
20年ぶりに、プラハを訪れた。
前回の印象は、「暗い街」。
社会主義時代の重さが、街に残っている感じ。
特に美しい街だった記憶もない。ライトアップされたプラハ城はきれいだった。🏰
もう一度訪れたいと思う街でもなかった。
20年が経ち、今回、街を走った。
旅先でランニングをすると、少し違う景色が見える。
(そもそも、私が走り始めた理由のひとつは、ランニング観光がしたかったからだ。☺️ もうひとつは鬱病。その話は、またいずれ。😚)
朝の静かな旧市街を抜け、川を渡り、坂を上る。
立ち止まって写真を撮り、また走る。
(ちなみに、プラハを走ったおかげで、8月のランニングはちゃっかり100kmを達成した。歴史に思いを馳せながらも、走行距離はきっちり稼いだ。えっへん!)
道中、丘の上に巨大なメトロノーム出現。
なんだ、これ?
なぜ、こんな場所に?
落書きだらけで、特にフォトジェニックでもない。
街を見下ろす、いわゆる特等席に広場があり、スケートボードをしている若者がたくさんいる。
うーん、よく分からないね。笑
そう言って、また走った。
翌日、共産主義博物館を訪れた。
そこで、前日に通り過ぎたあの場所に、かつて巨大なスターリンの銅像が立っていたことを知る。
1955年、当時のチェコスロバキアに建てられたスターリン記念碑。
スターリンを先頭に、ソビエトとチェコスロバキアの人々が並ぶ、とてつもなく大きな像。
(写真で見るだけでも不気味。)
しかし、スターリン批判が進み、完成からわずか7年後の1962年に爆破され、撤去。
そして30年近い時を経て、1991年、跡地にメトロノームが設置されたのだ。
独裁者の巨大な像があった場所で、今はメトロノームが同じ動きを繰り返し、時を刻む。
プラハで、点だった風景と歴史がつながった。
20年ぶりのプラハは、明るく、華やかで、世界中から観光客が集まる美しい街。
プラハ城も、大聖堂も、素敵だった。
最近、ときどき思う。
年齢を重ねて、感動が薄くなった?
これまでに、いろいろな国へ行った。
本日時点、52か国。
大聖堂も、お城も、宮殿も、美術館も、博物館も、たくさん見てきた。
美しい建物を見れば、「わあ、きれい」と思う。
ただ、感動することが少なくなった?
目が肥えた?
単に見すぎた?
そんなことを考えていた矢先、私の心をいちばん揺さぶったのは、共産主義博物館だった。
チェコスロバキアでは、1948年から1989年まで、共産党による一党支配が続いた。
言論や表現の自由は制限され、人々は秘密警察に監視された。
体制に反対した人は、仕事や学ぶ機会を奪われ、投獄されることもあった。
1989年11月17日。
プラハで行われた学生たちのデモを警察が暴力的に鎮圧したことをきっかけに、抗議運動は市民全体へと広がる。
学生たちに続き、俳優や劇場関係者、知識人、労働者、そして普通の市民が街へ出た。
武器ではなく、言葉と数と意志によって、一党支配を終わらせた。
大きな流血を伴わずに体制が変わったことから、「ベルベット革命」と呼ばれている。
1989年。
当時、私は14歳。
日本は、バブル景気の真っただ中。
豊かで平和な日本で、楽しく、少し贅沢な毎日を過ごしていた。
ベルリンの壁が崩れる映像や、東ヨーロッパの国々で起きていた変化を見ていた。
その記憶は、鮮明に残っている。
でも、遠いどこかのお話だった。
今回、当時の映像を見て、私と同じ時代を生きていた若者たちが、自由を取り戻すために街へ出ていたという事実に打ちのめされた。
警察がいる。
殴られるかもしれない。
拘束されるかもしれない。
将来を失うかもしれない。
それでも、声を上げた。
映像の中の彼らは、歴史上の特別な人物ではなかった。
普通の学生だった。
その姿を記録したカメラマンも、危険を承知でカメラを回していた。
遠い国の、知らない若者たち。
それでも、同じ時代を生きていた。
そう思ったら、胸がいっぱいになった。
若者からでも、世界は変えられる。
いや、大きな変化は、「これはおかしい」と声を上げた若い人たちから始まるのかもしれない。
自分一人が何かを言っても、何も変わらない。
そう思う気持ちも分かる。
日本にいると、平和で、明日突然、政府に自由を奪われるとは想像しにくいかもしれない。
でも、民主主義は、一度手に入れたら永久に保証されるものではない。
むしろ、私たちが無関心でいる間に、自由は少しずつ失われているかもしれない。
博物館に残された侵攻や弾圧の歴史を見ながら、もうひとつ、強く思った。
武力で人を従わせること。
人の命を奪って何かを解決すること。
そんなことは、絶対にあってはならない。
戦争は、だめだ。
何があっても、だめだ。
自分とは違う考えを持っていることは、その人を殺していい理由にはならない。
普通に暮らしている人が、国や権力者の決めた争いのために命を奪われてはいけない。
おかしい。
やっぱり、おかしい。
20年ぶりのプラハで、私は大聖堂や宮殿を見ても、昔ほど感動しなくなった自分を、少しつまらないと思っていた。
でも、違ったのかも。
年齢を重ねて、感動が薄くなったのではなく、感動する場所が変わったのだと思う。
美しいものを見るだけではなく、その街で人々がどう生き、何を恐れ、何を守ろうとしたか。
建物の美しさより、その場所に残された人の意志に、心を動かされるのだ。
意味も分からず通り過ぎたメトロノーム。
今度プラハを訪れたときには、きっと、まったく違って見える。
20年前の私には、暗く見えたプラハ。
そこは、自由を諦めなかった人たちの強さと、今も静かに時を刻み続ける街だった。
