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1997年の均質な音の中で、ひとつだけ異なる輪郭を持った出会い

1997年の街は、どこへ行っても同じ音が流れていた。
安室奈美恵やglobe、SPEEDの声が、まるでその時代の空気そのもののように均質に漂い、誰がどこで聴いても同じ感情に接続されるように設計されていた。
車の中でも、店の中でも、街角でも、その音は途切れることなく続き、音楽というよりも“環境音”として機能していた。
バブルの残り香はすでに薄れ、山一證券の破綻や消費税5%への引き上げが、人々の生活にじわじわと影を落とし始めていたが、その変化は一気に表面化するのではなく、じんわりと水に色が滲むように広がっていた。
給料の伸びは止まり、将来の話題はどこか歯切れが悪くなり、それでも街のネオンと音楽だけは、何事もなかったかのように明るさを維持し続けていた。

若者たちは夜になると自然と集まり、同じような車に乗り、同じような服を着て、同じような恋愛の型をなぞっていた。
MDに録音されたベスト盤やヒットチャートの寄せ集めが車内で回り、誰かが作った“正解のプレイリスト”を共有しているような状態だった。
その均質さの中にいれば安心できたし、外れる理由も特になかった。
自分もまた、その流れの中にいたが、どこかで一歩引いた位置から眺めている感覚もあった。
音楽は共有できても、感情までは共有できない。その微妙なズレを、当時すでに感じ始めていた。

そんな時代の中で、以前彼女から「また会いたい」と言われ、とりあえず約束をした自分は、
まだ深く踏み込む気持ちにはなれず、ただ流れに押されるように彼女のアパートへ向かった。
夜の道路には同じような車が流れ、同じような音楽が窓越しに漏れ、街全体が一つの大きな“再生装置”のように感じられた。
信号待ちで隣に並んだ車からも同じ曲が聞こえてきて、自分のいる場所がどこなのか、一瞬わからなくなるような感覚さえあった。

彼女は自分より五歳下で、スーパーの事務として働いていたが、一度辞め、別の仕事に移ったものの合わず、結局自宅近くの、自分が勤めていたスーパーでレジのバイトを始めたところを本社に見つかり、再び入社することになったという。
事務は動きがなく、お茶汲みばかりで時間が止まったように感じるのが嫌で、「レジならやります」と言ったという話し方には、彼女なりの生き方の選び方が滲んでいた。
流されているようでいて、実は自分の居場所を必死に調整している、その不器用さが妙に印象に残った。

そんな彼女が住んでいたアパートは、古くて壁も薄く、外廊下に置かれた自転車やゴミ袋が生活の雑然とした匂いをそのまま露出させているような場所だった。
そこを選んだ理由を聞いたとき、彼女は少し間を置いて、昔付き合っていた男から逃げるためだったと話した。
その男は相当ひどいDV男で、暴力だけでなく、交友関係まで含めて彼女を縛り付けるような存在だったらしい。
逃げるように別れ、住む場所も変えたが、その影は完全には切れていなかった。

元彼の友人たちも素行が悪く、彼女の周囲は決して安全とは言えない環境だった。
その話を聞いたとき、自分の中で何かがはっきりと切り替わった。
恋愛感情とは別のレイヤーで、
「このままではまずい」という判断が先に立った。
転居を勧めたが、彼女はお金がないから無理だと淡々と答えた。
その現実的な制約の前では、正論はあまり意味を持たなかった。
だからせめて、休みの日は付き合ってあげるから、変な友人とは距離を取れと伝えた。
その言い方は少し強かったかもしれないが、
それ以外にできることが思いつかなかった。

それからは自然と会う回数が増え、海水浴や水族館、動物園、植物園、映画館、美術館と、当時の若者が行く場所を一通りなぞるように巡った。
だが彼女は、映画や漫画やゲームといった文化にはほとんど興味を示さず、ただドライブだけを純粋に楽しんでいた。
景色が流れていくことそのもの、移動しているという感覚が好きなのだと言った。
そして、自分と話していると落ち着くのだとも。会話の内容よりも、会話が続いているという状態そのものに安心しているようにも見えた。

ある日、彼女を送り届けようとしたとき、
「家に泊めてほしい」と言われた。
軽く断っても、彼女は車から降りようとせず、
黙ったまま助手席に座り続けた。
時間だけが過ぎ、次の日の仕事のことを考え、
結局根負けする形で家に入れた。
それから彼女は、特に宣言するわけでもなく、
自然に自分の家に寝泊まりするようになった。
だが自分の側にはまだ明確なブレーキがあった。過去の別れの痛みが尾を引いていて、これ以上感情を深く入れ込むことを無意識に避けていた。

だから一度、「付き合うつもりはないから自宅へ戻れ」とはっきり伝えた。
彼女は少しだけ表情を曇らせたが、強く反発することもなく、静かに了承した。
そのままアパートまで送り届けたが、ドアの前に立ったとき、違和感に気づいた。
戸に大量のタバコが刺してあった。
それはただのゴミではなく、誰かが来た痕跡であり、しかも意図的に残された“印”のようなものだった。
彼女に聞くと、元彼の友人が来た証拠だと言った。

その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
話として聞いていた危険が、具体的な形を持って目の前に現れた。
これは偶然ではなく、まだ繋がりが切れていない証拠であり、時間の問題で再びトラブルに巻き込まれる可能性が高いと直感的に理解した。
迷う余地はなかった。
再び彼女を車に乗せ、自分の家に戻した。

家に着くと、彼女はさっきまでの緊張が嘘のように、満面の笑顔を見せた。
その変化の速さに少し戸惑いながらも、自分はその笑顔を見て、不思議な感覚に包まれた。
守らなければならない存在としてではなく、もっと単純に、「この人は自分のことが本当に好きなのだ」という事実が、ようやく実感として腑に落ちた瞬間だった。

1997年という年は、街全体が同じ音を共有し、同じような恋愛の形をなぞっていたが、その均質な流れの中で、自分の前に現れたこの関係だけは、どこか異なる質感を持っていた。
音楽のように簡単に消費されるものではなく、
もっと不格好で、もっと現実的で、しかしその分だけ確かな重さを持っていた。

その子の名前は、「さおり」。

後に三十年という時間を共に歩くことになる女性だった。


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nao46222 チップをありがとうございます。 そのまま宝にしておきます。^_^