静けさの底で都市が呼吸していた──1998年シドニー前夜
シドニーに着いた瞬間、ゴールドコーストとはまったく違う空気が身体に触れた。
機内の乾いた風とは別の、もう少し現実に近い乾きが皮膚の表面をなぞるように通り過ぎていく。湿り気に包まれるのではなく、先に水分だけが引かれていくような感覚だった。
空港の外に出ると、人の気配は確かにあるのに、それがどこか遠い。
音はある。
車も走っている。
だがそれらは互いに交わらず、薄く分離したまま流れている。
白く均された歩道、均質な灰色の建物、
規則正しく並ぶ看板のフォント。
その整いすぎた表面が、逆に現実の手触りを遠ざけていた。
足元のアスファルトは均一で、ひび割れも段差もほとんどない。
その滑らかさが、どこか不自然だった。
バスに乗り込み、窓の外を眺める。
道路にはほとんど人がいないのに、車だけが途切れず流れている。
信号に従い、速度を保ち、無駄なく移動していくその連なりは、意思というよりも機能のように見えた。
都市は確かに動いている。
だが、それを動かしているはずの人間の姿だけが、どこか地表から一段下に潜り込んでいるように感じられる。
1998年の夏前、日本ではまだ街に明るさの残光が漂っていた。
音楽もテレビも途切れることなく流れ続け、
何かが終わりかけているという感覚は表にはほとんど現れていなかったが、その裏側で社会の仕組みが少しずつ組み替えられていく気配だけは確かにあった。
目の前のこの都市の整い方は、
その感覚とよく似ていた。
表面は滑らかに機能し続けているのに、内部の実感だけがどこか遠のいていくような、薄いズレ。交通網がここまで発達すれば、人は地上に出なくても生きていけるのかもしれない。
そんなことを考えながら、バスに揺られてホテルへ向かった。
ホテルで食事を済ませるのも味気ない気がして、近くの総合施設に入る。
イオンのような造りで、中央にフードコートが広がっていた。
それぞれ好きなものを頼むことにし、
さおりはスパゲッティ、自分は惣菜を組み合わせるプレートを選びに行く。
ケースの中には揚げ物や肉料理が並び、色は濃く油も多そうに見えるが、どこか実感が伴わない。見たことのある料理のはずなのに、名前がうまく結びつかない。
注文を受けた店員は鋭い目つきをしていて、
動きに無駄がない。
視線を落とすとスカートのようなものを履いているのが目に入る。
そのときはうまく言葉にできなかったが、
自分の中の分類が追いついていない感覚だけが残った。違和感というよりも、境界線の方が静かにほどけていく。
受け取った皿は見た目ほど重くなく、口に運んでも油のしつこさは残らない。
だが味の輪郭もまたはっきりしない。
何を食べているのか分からないわけではない。
ただ、それがどこに属するものなのかが曖昧なまま、舌の上を通り過ぎていく。
異国にいるという感覚だけが最後に残る。
さおりは前日より明らかに元気を取り戻していて、美味しいと言いながら食べていた。
その様子を見て、ようやくこちらの緊張も少しだけほどけた。
ホテルに戻り、明日は街を歩こうと話すが、
翌日は日曜日でほとんどの店が閉まっていると聞かされる。
それでもという気持ちでイエローキャブに乗り街へ向かう。
降り立った中心部は想像以上に静まり返っていた。
シャッターの下りた店、風に揺れる紙くず、
遠くで鳴る金属音。
人の気配はあるはずなのに、それが見えない。
しばらく歩いていると、どこかの店からパンクファッションの集団がぞろぞろと出てきた。
アルコールの匂いと、濡れた革のような匂いが一瞬だけ空気を変える。
目が合う。
笑い声が少しだけ大きくなる。
通り過ぎていく彼らの背中を見送りながら、
その一瞬だけ自分たちの方が場違いな存在として浮かび上がる。
都市の中で、どちらが外側なのか分からなくなる。
歩き続けるうちに、見慣れた看板が目に入る。
サブウェイだった。
店に入り、パンや具材を選び、いつもと同じ手順で注文する。
出てきたものを一口かじると、味も分量も驚くほど均一だった。
その均一さに触れた瞬間、呼吸が少しだけ整う。異文化の連続の中で置き場を失いかけていた感覚が、一度だけリセットされる。
均一であることが、ここでは安心として機能していた。
食後に街を歩いていると衣類店を見つけ、
仕事でも着られそうなジャケットを探す。
ラックに並ぶ服を順に見ていき、一着を選ぶ。
袖を通し、鏡を見る。
そこに映る自分は、ほんの少しだけこの街に馴染んで見えた。
そのジャケットは今でも家に残っている。
布としてではなく、そのときの時間を折りたたんで保管しているような感触で、クローゼットの奥に静かに掛かっている。
さおりも仕事仲間への土産にTシャツを選んでいて、何枚かを手に取り、迷いながら笑っている姿が断片的に思い出される。
子どもがいない、2人きりの時間。
それがどれほど限られたものだったのかは、
当時ではなく今の時間からしか見えてこない。
あのときはただ目の前の出来事を順番にこなしていただけだったが、振り返ると一つひとつが妙に静かな密度を持っている。
その夜はホテルの人に教えてもらった日本食店へ向かう。
刺身、肉じゃが、焼き魚。口に入れた瞬間、
迷いなく理解できる味が広がる。
一度だけ、深く息が落ちる。
日本酒を口に含み、しばらく何も言わずに食べる。
そのあとで、あれは何だったんだろうな、
と笑い合う。
崩れていた基準が戻る。その安心のあとで、
その基準自体もまた相対的なものだったのだと、ゆっくりと分かり始める。
翌日は帰国前日で、免税店へ向かう。
酒や菓子を選び、住所を書けば送られる仕組みに、時代の変わり目のようなものを感じる。
商品を見ていると店員が英語で話しかけてくる。さおりが小さく笑いながら「外人だと思われてるよ」と言い、「黙ってろ」と返した瞬間、日本語に切り替わる。
昔からの居心地の悪さと、それを軽くいなすさおりの感覚。
そのズレがちょうどよく噛み合っていた。
うるさいと言いながらも、どこかで安心している。
説明のいらない空気がそこにある。
夜はホテルの大会場で食事をとる。
昼間の出来事を繰り返しながら笑い、酒が進むにつれて張り詰めていたものがほどけていく。
帰り際、壁に貼られたフリオ・イグレシアスのポスターが目に入る。
その瞬間、高校時代にハワイで見た同じ名前が蘇る。
点だった記憶が、あとから線としてつながる。
連続していたわけではないはずの時間が、
一瞬だけ流れとして感じられる。
部屋に戻り、酒を飲みながら翌日に備える。
観光の高揚も異文化の驚きも残っていない。
乾きも、均一さも、違和感も、すべてが一度沈んでいる。
ただ、2人で過ごしているという事実だけが静かにそこにある。
言葉にする必要もなく、確かめる必要もないまま、時間だけが少しずつ形を失っていく。
あのとき選んだジャケットの布地の奥に、この夜の静けさもまた、折りたたまれて残っている。
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