便器の底に広がっていたもの――トレインスポッティングと1996年
『トレインスポッティング』という映画のフィルムを脳内で回すとき、いつも指先にざらついた砂利のような、あるいは粘りつく汗のような、ひどく不快でいて抗いがたい感触が残る。
1996年、スコットランドのエディンバラ。
その華やかな観光地の裏側に広がる、湿り気を帯びた石畳の路地。
そこに沈殿するように生きる若者たちの姿は、90年代中盤のヨーロッパ全土、ひいては閉塞した島国日本にも漂っていた「出口のない焦燥」を、あまりにも鮮烈に、そして残酷なまでに射貫いていた。
彼らの日常は、ヘロインという名の安価な逃避行に塗りつぶされている。
未来の影すら差し込まないどん詰まりの生活。
しかし、ダニー・ボイル監督が切り取ったその地獄図は、決して湿っぽい悲劇には着地しない。
そこには、反吐が出るような不潔さと紙一重の、奇妙な陽気さとブラックユーモアが脈動していた。
これは単なる「ドラッグの恐ろしさを説く啓蒙映画」などではない。
英国映画界が、ナショナル・トラストの精神のごとく長年守り続けてきた「ヘリテージ文化」――つまり、寄宿学校やカントリーハウス、上流階級の洗練された伝統美を重んじる保守的な映像様式――その心臓部をナイフでえぐるような、「反ヘリテージ」としての圧倒的な強度と、階級社会への冷笑を内包していた。
だが、歴史の皮肉というべきか、この徹底した「反権威」のアイコンは、瞬く間に資本主義の荒波に飲み込まれ、もうひとつの「ヘリテージ」としてパッケージ化されていく。
イングランドという中心に対する、スコットランドという周辺。
そのローカルな貧困、ジャンキーたちの無様な抵抗さえもが、ブリットポップの隆興と共鳴し、クールな「英国の新しい魅力」として世界中へ輸出され、消費の対象へと変換された。
反抗そのものがブランド化するという、90年代特有のポップな共犯関係。
あの蛍光オレンジのアートワーク、デザイン集団「TOMATO」によるタイポグラフィの氾濫、そしてアンダーワールドの「Born Slippy」が刻む無機質なビート。
それらすべてが、エディンバラのドブネズミたちの絶望を、一気に「世界の最先端」へと昇華させてしまったのだ。
物語の狂言回しであるマーク・レントンは、泥沼の依存症に浸かりながらも、どこか神の視点のような醒めた眼差しで世界を、そして自分自身を見つめている。
彼の周りには、ショーン・コネリーを崇拝する映画オタクのシック・ボーイ、お人好しで破滅的なスパッド、そして酒と暴力の化身であるベグビー、さらには唯一「健全」に見えたがゆえに最も悲惨な最期を遂げるトミーがいる。
彼らは何度も「更生」を誓い、注射器を捨てるが、現実という名の巨大な壁に跳ね返されるたびに、より深く、より汚れた針へと手を伸ばす。
友情は季節が巡るよりも早く腐敗し、愛する者は愛を奪われ、赤ん坊は無関心の果てに冷たくなり、人生という名の積み木は音も立てずに崩落していく。
レントンが挑む、凄惨な禁断症状との闘い。
壁を這い回る赤ん坊の幻覚、下痢にまみれたシーツ、両親によって施錠された子供部屋。
そこは、かつて彼を育んだ家庭という名の檻だ。
死の淵から這い上がり、ようやく都会の喧騒へと一歩を踏み出した彼を待っていたのは、何ひとつ変わらない「日常」という名の地獄だった。
トミーはエイズで孤独に死に、ベグビーは相変わらず誰かの顎を砕き、シック・ボーイは息を吐くように嘘をつく。
レントンは逃げるようにロンドンへ向かい、不動産業という「まともな社会」の末端に潜り込むが、過去の亡霊たちは容赦なく彼の新生活を侵食する。
ベグビーが、シック・ボーイが、泥靴のまま彼の部屋に上がり込み、平穏を蹂躙していく。
そして訪れる、一世一代の麻薬取引。
4人で手にした大金。
ロンドンの安ホテルのベッド、夜明け前の静寂の中でレントンは目を覚ます。
裏切りか、あるいは自己救済か。
金を手にした彼は、仲間を捨て、過去を捨て、橋を渡る。
自らの中にも答えがないまま、ただ「人生を選べ(Choose Life)」という、かつて軽蔑し、嘲笑したはずの合言葉を免罪符のように胸に抱き、彼は雑踏へと消えていく。
そして、どうしても忘れられないのが、レントンが便器の中へ潜り込んでいく、あの悪夢のようなシーンだ。
白い陶器の穴の奥に広がるのは地獄ではなく、彼自身の人生そのものだった。
あれは単なるショック演出ではない。
腐敗し、汚れ、逃げ場のない現実の象徴であり、それでもなお彼が“何かを掴もうとする”意志のメタファーだった。
人間がどれほど堕ちても、なお欲望に手を伸ばし、なお生きようとする、その醜さと強さがあの便器の底には詰まっていた。
1996年。この映画が世界を、そして僕の心を震わせた理由は、まさにその切実な問いかけにあった。
そして『トレインスポッティング』を語る上で、僕はどうしても主演のユアン・マクレガーという一人の俳優に、自分自身の人生の輪郭を重ねてしまう。
彼は1971年生まれ。
僕と同じ年にこの世に生を受け、同じ時代の重力、同じ時代の湿り気を吸いながら大人になった男だ。
スコットランドの地方都市パースに生まれ、厳格な教師の家庭で育った彼は、16歳で安定した将来を約束された高校を退学した。
父親が勤める学校を自ら去るという、文字通りの「ドロップアウト」を選び、俳優という不確かな夢に全霊を賭けた。
1994年の『シャロウ・グレイブ』を経て、1996年、彼はこの映画で時代の寵児となり、文字通り世界の中心へと躍り出た。
僕が東京という巨大な空虚の中で孤独と格闘し、夢に破れ、命からがら広島へ戻る決断を下していたあの瞬間、海の向こうのユアンは、カメラの前で、そしてスクリーンの中で、全身を泥にまみれさせながら未来へと疾走していた。
同じ1971年に生まれた人間が、一方は栄光のレッドカーペットを歩み、一方は敗走の新幹線に揺られている。
まったく違う場所で、まったく違う速度で生きている。
しかし、僕とユアンは間違いなく同じ時代の風を頬に受け、同じ「1996年」という特異な時代の断層を跨いでいた。
その不思議な共時性が、今でも僕の胸の奥をチリチリと焼く。
『トレインスポッティング』は、僕にとって単なるサブカルチャーのアイコンではない。
それは時代の生々しい傷口であり、文化がデジタルへと変質していく直前の最後の叫びであり、僕自身の1996年の記憶と不可分に結びついた、呪いのような、あるいは祈りのような一本だ。
あの年、世界の片隅でユアンが走り出し、僕は一度立ち止まり、そして重い足取りで再び歩き始めた。
映画はただの娯楽ではない。
それは時代の鏡であり、自分という人間がどこにいたかを証明する影絵なのだ。
この作品を見るたびに、僕はあの時の広島駅の空気を、新幹線の窓に映った自分の情けない顔を、そしてそれらをすべて包み込んでくれた、あの時代の狂おしいほどの熱量を思い出す。
1996年という季節は、僕にとっても、ユアンにとっても、そして世界にとっても、二度と戻らない分岐点だったのだ。
#トレインスポッティング
#ダニーボイル
#ユアンマクレガー
#1996年
#90年代文化
#ブリットポップ
#反ヘリテージ
#映画論
#サブカルチャー
#階級社会
#エッセイ
#個人史
#1990年代
#英国映画
#ChooseLife
いいなと思ったら応援しよう!
チップをありがとうございます。
そのまま宝にしておきます。^_^