連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 14話「湖畔の街にて」(2)
11話「湖畔の街にて」(2)
「えっ? ローゼンフォードで、ミリアが、王妃様のお見舞いに…?」
夕食の時間。焚き火を大きめに立てて暖を取りつつ、今日もゴナンによって豪華に仕上げられた野営食を楽しんでいた一行。ちなみに夜は随分冷えてきているので、ミリアとエレーネは幌馬車の中で寝ることにし、その入口付近をディルムッドが護るように陣取ることになっている。
ディルムッドが伝えた、ローゼンフォードへの旅の目的の重大さに、ゴナンとリカルド、ナイフは固まる。
「王妃様って……。ミリアのお母さんってこと?」
ゴナンがリカルドに尋ねる。
「うん、そうだよ。オルフィナ・ド=ニ・アステール王妃殿下というお名前でね。数年前からご病気で療養中という話は聞いていたけど…」
「……でも、ディル。そんな秘密のことを私達に話していいの? そういうことだったら、あなた達だけ別行動でもよかったじゃない。私達が、内緒にしている王妃様の居場所を言いふらしちゃうかもしれないわよ」
ナイフが慌ててディルムッドに尋ねる。
「いや、あなた達を信頼してのことだ、ナイフ。それに、もうすでに、もっと大きな秘密も抱えさせているし、協力してほしいこともある。そもそも、今はやたらに別行動ととるべきではない気もしている」
「……」
エルダーリンドで、ルチカの件をはじめ、いくつかの不穏な何かを感じ取った件だろう。ナイフも少しピリ、と警戒を張る。
「従兄弟のエイリスや護衛の兵達には、とある高貴な家のご令嬢がお忍びでお見舞いに来られる、とだけ伝えている。そこで、エレーネには前もって相談していたが、街に着いたらミリア様の身の回りのお支度をお願いしたいのだが……」
「ええ、大丈夫よ」
「そして、できればお付きの女官の振りをして、療養されている館まで同行してもらえると助かる。恐らく、王妃様の寝室までは入ることはないだろうが。そして、ナイフにも……」
「え? 私?」
ナイフが驚いて尋ねる。ディルムッドは少し困ったような表情で続けた。
「……私は王妃殿下には、騎士団を抜けていることを隠したいため制服を借りる予定だ。そうなると、王妃様にお目見えできるほどの令嬢のお付きが女官1人というのは、不自然に思われる可能性がある。それで、その…。いや、不快なら、断ってもらってもよいのだが……」
「……」
言いにくそうにしているディルムッドの様子にピンと来たナイフは、フフッと微笑んだ。
「……ああ、私に護衛っぽく『男装』してほしい、って話ね。確かにリカルドでは護衛には見えないわね。うさん臭すぎて」
「……すまない…。念のため、ではあるのだが。あなたに失礼なことになるかもしれないが…」
「やあね。別に大丈夫よ。この美しく鍛えている身体は、男性の服だって当然、美しく着こなすんだから。たまには気分が変わっていいかもね」
そう言って明るくポーズを取るナイフ。そしてリカルドがなぜかソワソワしながら、ナイフに申し出た。
「ローゼンフォードの街は、なかなか質のいいブティックが多いんだよね。シャールメールほどではないけど貴族向けのお店も多くあるしね。僕がナイフちゃんの『男装』を選んであげるよ。ナイフちゃんが選ぶと、きっと護衛らしからぬド派手なものばかりになっちゃうだろうから」
言われてナイフはジロリと睨むが、しかしリカルドの言うとおりなので、甘んじてその提案を受ける。
「ゴナンの服も買い足そうか。あの街は質もデザインも良い服がそろっているよ。冬服を増やした方がいいかもね」
「俺は大丈夫だよ。おじいさんの毛皮もあるし、服は足りてるから。荷物が増えちゃうよ」
「でも、毎日、日中その毛皮を着るのはちょっと大変だよ」
またいつものように、遠慮するゴナン。と、ナイフは気付く。
「そういえばゴナン。エドくんからもらったベストは? 着ているところを見ないけど…」
「あ、うん…。着るのがもったいなくて……。今着てるベストが着られなくなったら、次に着る」
「物持ちがいいゴナンのことだから、それを待ってたら何十年後になっちゃうよ」
リカルドがくすりと笑い、ゴナンはうーんと考える。実は、北の村で着ていたベストとズボンも、鉱山でのあれこれで相当に痛んだのだが、それでもまだきちんと洗い、繕って持っている。本当はそれも着つぶすまで着たいのだが、リカルドの嘆願でなんとか新しいベストを着ている状態なのだ。
「ま、何か特別なときに着るのでもいいかもしれないわね。勝負服、みたいな?」
「勝負服…。でも、戦うときに着ると、斬られたり破れたりしちゃうかもしれないよ」
「ふふっ。勝負って、そういうことじゃないのよ。なんていうのかしら、とっておきの服っていうか…」
楽しそうに笑うナイフ。その説明を聞いて、ゴナンは「そうか」と答える。
「じゃあ、ミリアの刺繍の服も勝負服だ。とっておきの時には、あの刺繍の服とエドのベストを着る」
「えっ!」
瞳を輝かせるゴナンに、戸惑いの声を上げるリカルドとナイフ。結局、ミリアが張り切って新たにできた裂け目を繕った上に右腕にも刺繍を施したものだから、両腕に大きな蚯蚓と奇怪な模様がうごめいているかのような上衣になってしまっているのだ。
「……そうだね。とっておきだから、ミリアの刺繍の服も、ベストと一緒に大事にしまい込んでおく?」
リカルドがそう、さり気なく提案する。しかしゴナンは首を横に振った。
「……ううん。これは、ちゃんと着るよ」
「あ、そう…。まあ、いいか……」
リカルドは諦め、ミリアは嬉しそうに瞳を光らせている。寒い夜が更けていく。

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