連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 10話「みたび、遺跡のリカルド」(5)
10話「みたび、遺跡のリカルド」(5)
石室の中に戻ったナイフは、皆に報告する。
「……ごめんなさい。また、何か殺気を感じたのだけど、やっぱり何もいなかったわ」
「そう…? もしかして、この遺跡も巨大鳥の陣営の監視下にあったりするのかしら? それにしては、壁画以外は何もないし、巨大鳥に関する何かが分かる場所ではなさそうだけど…」
と、ふとエレーネはゴナンに声を掛けた。
「ねえ、ゴナン」
「…! は、はい…!」
ゴナンはびっと、なぜか気をつけをする。いつもの緊張モードだ。エレーネは気にせず尋ねる。
「ルチカが遺跡の書類を返してきたのよね? 彼が、遺跡を見てどうだったかとか、感想を聞いてない?」
ルチカであれば、何か自分達とは違う切り口で遺跡を見ているかもしれないと期待しての質問だが、ゴナンは首を横に振る。
「…あ、あの…、ルチカは、入り口までは行ったけど、中は見てないって、言って、ました…」
「あら、そうなの?」
「はい…。資料で中のことはわかったし、暗くて狭そうだからって…」
「ふうん…? 確かに暗くはあるけど、狭くはないのにね」
彼にしては珍しい振る舞いのような気はするが、そんなに重要視をしなかったということだろう。「ありがとう」とエレーネは微笑み、「…は、はいっ」とゴナンはまた気をつけをする。そして「あっ…」と何かを言おうとして、しかしエレーネの美しい碧眼が目に入ってしまうと、緊張して次の句が出ないゴナン。
「どうしたの? ゴナン」
エレーネは優しく尋ねる。このゴナンの緊張モードはいったいいつまで続くのだろうか。
「…はい。あの、その資料に…。このエルダーリンドの遺跡近くに、もう1箇所、入り方がわからない遺跡の入り口らしいものが、あるって、書いてあって…」
「へえ。そうなのね? 場所は書いてある?」
「いえ…。近く、としか…。特に、重要視はされていない、という、ことです、した……」
しどろもどろのゴナンの説明に、エレーネはそう…、と少し考える。横でナイフがうーんと背伸びをした。
「結局わかったのは、ここでもリカルドは壁画をまともに見れない、ということだけね…」
と、外に危険が無さそうな様子を見て、ディルムッドも中へと戻ってくる。
「ここは放置されている場所のようだし、広さもちょうど良い。できれば、この中を野営の拠点にしたいところだが、リカルドは中に滞在すると負担がかかってしまうだろうか…」
ディルムッドがリカルドの様子を見ながらもそう、提案した。本当にこの石室の中は居心地が良いのだ。
「…僕は大丈夫だよ。この中だと寒さもしのげるし、野生の動物なんかも気にしないでよさそうだから、安全に過ごせるね」
リカルドはそう言うが、やはり石室の隅っこで壁画からは背を向けたままだ。
「……そうだわ…!」
と、エレーネがふと思い立って、いったん遺跡を出て幌馬車から大きな布を持ってきた。リカルドがいつもピクニックに使う物だ。そして壁画の上の方をじっと見る。
「ねえ、ディル。ゴナンを肩車してくれない? ゴナン、この布を、この壁画の上のあの部分に挟んで、固定してくれる?」
「は…、はい……!」
ゴナンがキビキビとディルムッドの元に来る。そして肩車に乗って、壁画の右上の石のとっかかりに、上手い具合に布をかけた。エレーネの指示に従って、もう一箇所引っかける。壁画の右半分を隠した形だ。
「……ふふっ。俺、背、高い……」
と、珍しくゴナンが微笑みを浮かべている。肩車が楽しそうだ。
ディルムッドはついでに、肩車のまま石室の中をグルグルと歩いて回った。はしゃぐゴナンをニコニコと見守るリカルド。なぜかミリアが少し羨ましそうに見ている。

「子どもの頃に戻ったようかな?」
「……子どもの頃…」
そう聞いて、ゴナンはふと、思い出す。
「子どもの頃、してもらった気がする。肩車……。父さんに…」
「えっ、お父さん?」
リカルドがその言葉に、ゴナンの方へ駆け寄ってきた。
「覚えてるの? お父さんとの思い出?」
「何となくだけど…。俺、金髪の髪の毛にしがみついて、痛いって言われて…。兄ちゃん達じゃなかった、気がする…」
「そうか…。よかったね。きっと、お父さんとの楽しかった思い出だよ」
ゴナンの5歳の頃に、父・クリストフは山での滑落で亡くなっており、ゴナンは父親の記憶がほとんどないと言っていた。リカルドは少し嬉しそうにゴナンを見上げる。ゴナンはゴナンで、いつもと違ってリカルドを見下ろしているのが少し面白いようだ。そして気付いた。
「…あれ? リカルド。壁画の前に来ても平気だね」
「…えっ?」
言われてリカルドもハッとする。今、3人が立っているのは壁画の真ん前なのだ。
「……そうだね…。なんだか、大丈夫だ…」
「え? どういうこと?」
ナイフは眉を潜めて壁画を見る。先ほど、エレーネの指示によって、壁画の巨大樹の部分だけが布で覆われ隠されているのだ。エレーネは自分の仮説が正しかったことが分かって頷く。
「やっぱりね…」
「……巨大樹の絵が見えなきゃ平気って、ちょっと単純すぎない? どういう仕組みになっているのよ、リカルド」
「わ、わからないよ。僕が一番、知りたいんだからさ」
ともかく、リカルドは石室の中を自由に歩き回ることができるようになった。
↓次の話↓
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