連載小説「オボステルラ」 番外編6「受難の宿屋」(8)
番外編6「受難の宿屋」(8)
「……ご主人…、おはよう……」
翌朝、といっても昼に近い頃合い。部屋からぐったりとしたゲオルクが降りてきた。ひどい二日酔いのようだ。主人は苦笑いでゲオルクを迎える。
「おはようございます。ゲオルクさん、もう少し休んだ方が良いのでは?」
「ああ……、ただ、今日は収穫祭の日だろう……。私は今日、この日のためにこの街に半月近く滞在していたんだよ」
「それなら、この薬を。二日酔いに効く薬草です。これを飲んでもう少し寝れば、スッキリすると思いますよ。祭のメインは夕方からですので、それまでには回復できるはずです」
そう言って主人は、以前マリアーナに処方してもらった薬草を渡す。彼女の薬はよく効くのだ。
「ありがとう、遠慮なくいただくよ……。それで、忘れないうちに、昨晩のお勘定をしておきたいのだが……」
「それなら、アーさんが全部支払われていますよ」
「何?」
アーは今朝もいつものように、箱を背負ってどこかに外出した。祭に参加しにいく雰囲気ではなかった。今日、街で何があるのかにも、全く興味を持っていない様子だった。
「そうか……。なんとも、恥ずべき失態だな……」
「そうですか? まあ、楽しい酒ならよかったじゃねえですか?」
そう慰める主人に、しかしゲオルクは沈んだ表情を見せる。
「……いや、こちらから誘ったのに先に酔い潰れてしまい、そればかりか女性に勘定まで持ってもらうとは、とんでもない醜態だ…」
「そうですか?」
「ご主人…。外向きには、私は1人酒が過ぎた、ということに、しておいてくれ……」
「……外向きって、別にそこまで気になさらなくても…」
ゲオルクの反応が少し不思議な主人。
「いや、帝国人にとっては、これは本当に恥ずべき事態なんだよ。故郷で知られると、世間体も良くない」
ゲオルクはうなだれたままそう、口にする。このあたりの価値観は王国人と大きく違うようだ。そもそも、客人の醜態を吹聴するつもりもないが、主人は承諾する。
「……しかし、あわよくば彼女と何か…、などと邪な思いを持って誘ったせいだな、罰が下った」
「……」
(なんだ、やはりアーさんとどうこうなりたい、みたいな下心があったのか)
品行方正そうな雰囲気を持っているゲオルクだが、意外に女性に弱いというか、だらしない人物なのかもしれない。
「……ゲオルクさんは、独身で?」
主人は気になって訊いてみる。
「いや、故郷には妻と息子と娘がいるよ。結婚がわりと早くてね、息子は成人している。娘はアンナちゃんよりすこし年上だな」
「……」
その言を聞き、少ししらっとした目でゲオルクを見る主人。ゲオルクはその目線に気付く。
「……まあ、貴族の婚姻関係なんて形式的なものさ。私が旅先で何をしようが、あちらも気にしないよ。それに男たる者、火遊び夜遊びも甲斐性の内だ」
「はあ、そうですか…。私にゃよく分からん世界ですが……」
呆れたような主人にゲオルクは微笑みを見せると、薬を受け取ってまた、部屋へと戻っていった。
* * *
収穫祭目当ての宿泊客が何組か宿を訪れ、主人はバタバタとしていた。アンナは昼間から祭の会場へ出かけたし、夕方になるとゲオルクも復活して、なんとか外に出ることができた様子だ。日が暮れ始めたころ、チェックインの業務がようやく落ち着き、主人は祭の様子を見に出かけた。今夜は食堂は休みなので、妻に少しだけ宿を任せる。
ちょうど、櫓の火の周りでダンスタイムが始まったころようだった。見れば、なんとエドワードが目が覚めるほどの美女と踊っている。よく見ると、それはあの旅の一行の一員の金髪美女だ。
(旅装束でも気品に溢れていたが、あの装い、貴族のご令嬢か貴婦人だったのか? しかしエドくん、うらやましいな…)
ゴナンとは仲直りできたのだろうか? そう思って彼の姿を探すと、ちょうど普通のミリアちゃんをエスコートして踊り始めたようだった。ショーン騎士の巨人はパタ粉農家のおばばの手を優しく取って踊っており、微笑ましい。その後、ナイフちゃんさんが輪の中心で、やたら激しいダンスを踊り始める。この場には不似合いなテンションではあるが、しかし大盛り上がりだ。
(……なんだか今年は、いつもと何かが、少し違うな。でも、これはこれで、良いものだな…)
しみじみとする主人。しかしすぐに、アンナが街の男の子と踊っているのを見かけてモヤッとしてしまう。どこの子かをきちんとチェックしておかねば…。

「おや、ご主人」
と、宿の主人に声をかけて来た人物がいた。クラウスマン夫妻だ。腕を組んで祭会場を散策しているようで、いつも仲の良い夫婦である。自分が最後に妻と腕を組んでデートしたのはいつだったかも思い出せない、などと考えながら、挨拶を返した。
「こんばんは、先生も祭をお楽しみで」
「今日は、この街で年に一度の『非日常』だからね。しっかり楽しまないとな」
そう、ニカッと笑うジョージに、はは、と主人も頭をかく。
「しかしあの客人方が現れてからは、最近は毎日が非日常のようじゃねえですか? うちのアンナもはしゃいでますよ」
「確かにな。なんかよくわかんねえが、刺激的な日々だよ」
「もう、本当にね、ふふっ」
マリアーナも含み笑いだ。屋敷ではさらに何か大変なことが起こっているのだろうか。
「まあ、たまにはこんな年も悪くはないですかね」
「ああ、まあ、たまには、だな」
そう呟いて、ジョージは櫓の周りのダンス会場の方を見遣る。目線の先には、激しく踊るナイフに付き合わされてつまらなそうに体を揺らすリカルドの姿がある。
「……あのリカルドさんは、何度かウキを訪れていたように記憶していますが…」
「そうだね。ただ、今回はいつもとはかなり状況が違ったようだよ。いろいろ心境の変化もあるようだ。悪くはない変化だ」
「はあ…」
そう聞くが、よく状況が飲み込めない主人。ひとりごちた自身の物言いに気づき、「ああ、何でもないよ」とジョージは微笑む。
「…おや、アンナが今度はルイージと踊っているよ。なかなかモテる子だねえ」
「えっ? あの野郎……」
主人が慌てた表情で踊る2人を見る。できれば間に割り入って引き離したいところだが、さすがにそこまでやるのは過保護か。そんな主人の表情を面白そうに見るジョージ。
「子どもってのはあっという間に大きくなるもんだな。アンナもルイージもヨチヨチのちびっ子だったのに、もういっぱしの紳士淑女じゃないか」
「はは…、まあ、あっという間のような、なんとかここまで大きくなったというか……」
「子どもは無事に健やかに育つのが一番だ。そういう意味でも、ここは本当にいい街だな」
ジョージは会場を広く見渡しながら遠い目でそう呟き、「じゃ、主人もゆっくり楽しみな」とマリアーナと共にその場を離れた。
ダンスタイムが終わり、最後の火飛ばしの準備に入るようだ。エドワードがどこからか走ってきて、ゴナンと何かを話している。無事、仲直りはできているようだ。金髪美女も普通のミリアちゃんも合流して、楽しそうだ。主人はその様子を少し遠くで見守った後、祭の後に宿に戻ってくる宿泊客を迎えるために、人々より早くその場を離れて宿へと戻っていった。
↓次の話↓
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