連載小説「オボステルラ」 【第三章】12話「1年前」(3)
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12話 「1年前」(3)
約1年前。
ア王国の王都・アステール。
緑と花が豊かな、同国最大の都市である王都の最奥に立つのは、美しい白亜の王城・アステール城。その中でとある廊下を、男達が歩いている。
「ディルムッド、少し顔色が悪いようだよ?」
深緑色の艶やかな髪を持つ21歳の王太子・アーロンは、護衛としてそばに控えるディルムッドにそう、声を掛けていた。ディルムッドは耳上で切りそろえている茶色の髪を揺らし、すっと姿勢を正して答える。
「いえ、問題ありません。お気になさらず」
「そう? ミリアの風邪をうつしてしまったのではないだろうか?」
そう言っておもむろに、背伸びしてディルムッドの額に手を伸ばすアーロン。
「ああ。ほら、熱い気がする」
「いえ。私は生まれてこの方、一度も熱など出したことはありません。気のせいです」
「気のせいって…」
はは、と明るく笑うアーロン。深緑の大きな瞳が楽しそうに光る。笑うだけで周辺に陽光が射すかのような、そんなオーラに包まれている王子だ。
「まあ、僕のそばに居るといい。きっと早く治る」
「…ええ、そうですね。殿下の周りではなぜか、そのような事がよくあります」

姿勢を正したまま、ディルムッドは少し微笑みながらそう答える。心優しく、明るく、そして、不思議と周囲に幸福を振りまくようなことがよく起こるこの王子。普段はふんわりしているので、「王となるには軟弱では」などと評する者もいるが、アーロンの王族としての覚悟の強さを、ディルムッドはよく知っている。
長く国境警備の任についていたディルムッドが、王子の護衛にと指名され王都に戻されたのは、アーロンが成人した3年前のこと。その間、ディルムッドは傍に控えながら、彼の心の強さを目の当たりにし続けているのだ。
2人はまた歩みを進める。
「…ディルムッド。僕の護衛に引き戻して以来、君はかなりの成果を挙げてくれている。君を指名してよかったと思っているよ」
「……いえ。私が活躍するというのは、あまり良くない状況です。それだけ、殿下が命の危機にさらされている場面が多いということですから」
帝国との戦乱が収まり、表面上は争いを抱えていないように見えるア王国。しかし、南に豊かな海を持ち、穏やかな気候で作物も豊かに育ち、発光石をはじめとした天然資源にも恵まれたこの国は、常に他国から狙われている。そして敵は外ばかりではない。ディルムッドは小声でアーロンに伝える。
「……ダークウッド侯の付近が、少しきな臭いです。近々、謁見に来られるタイミングがありますが、くれぐれもお気を付けを」
「あの家もしつこいなあ。彼の祖父の代からだよね。王家の転覆に一体、何の夢をみているのだろうか…?」
「大昔にアステール家に王家の地位を奪われた、との伝説を、未だ信じておられるのです」
「僕は別に、王位継承権なんて譲ってしまったって構わないけどね。国王の仕事なんて、9割9分ストレスにさいなまれるばかりじゃないか。父上の顔に貼り付いた眉間の皺を見れば、それも分かるだろうに。王になればこの世の全ての幸福が手に入るとでも思っているのかな?」
「……」
ディルムッドには答えづらい話題だ。ふふっ、といたずらめいた笑顔を見せるアーロン。
「そうだね。晴れてダークウッド家が王家となった暁には、王都の名はダークウッドで城の名もダークウッド城か。なかなか箔があるじゃないか。通貨はダーク?いや、ウッド……? これはどちらもピンと来ないなあ……。もしや、国名もダ王国?」
「……殿下…」
「もしそうなったら、僕は野に降りて気ままに旅をするんだ。まずはツマルタあたりに行ってみたいな。思うままに工房巡りをしよう。自分の手で何かを作ってみるのもいいなあ」
「……」
困った表情で押し黙ってしまうディルムッド。
「……ただの夢物語だよ。そもそも、ダークウッド家が王家簒奪を果たしたら、僕が無事なわけはないからね」
アーロンは、ディルムッドに申し訳なさそうな笑顔を見せた。
「…それにしても、王となりよい統治を行うに真に必要なのは、家名ではなくその器量であるというのにね…」
ディルムッドはそこですっと頭を下げる。
「…ええ、王太子殿下ほどの器量の方が王となられれば、この国は益々発展を…」
「ディルムッド。堅苦しいなあ。僕が言わせたみたいじゃないか。こそばゆいよ」
そう言ってまた、明るく笑うアーロン。
「僕の目から見れば、ミリアもなかなかいい感じだと思うけどね」
「…はい。私も同じ意見です。…ただ、王女殿下はいつも、自身の不運の星を嘆かれており…」
「は、不運の星。そんなもの、ないよ。母上もミリアも、気にしすぎなんだよなあ」
アーロンはそう吐き出すと、ディルムッドにクルッと向き直る。
「ああ、そうそう、明日、ルチカを呼んでいる。時計の時刻を告げる鳥の仕掛けが先々週に動かなくなってしまって。王都にいる機械士では、あれを直せないんだ」
「…はあ、あの者を…」
その名を聞き、ディルムッドは苦々しい顔になる。
「…ディルムッドは、彼のことをあまり好ましく思っていないのだね」
「…当然です。あやつは礼装も身に付けず無作法で高貴な方々への言葉遣いもなっておらず、そしていつも順番も段取りも無視して殿下に会いに来られます。神出鬼没です。護衛としては、非常に迷惑で厄介な存在です。城内の風紀にも差し障りがあります」
「はは。言うねえ。まあ、それがルチカの楽しいところじゃないか。彼のお父さん譲りだろうね」
「さらに言えば、なぜ時計に鳥の人形がついて、それが鳴く必要があるのかが、私には理解できないのですが…」
「………本当に遊び心というものが分かっていない人間だよ、君は」
「は…」
と、2人は扉の前についた。ノックして中に入る。そこでは、ミリアがベッドに寝ていた。14歳の、アーロンと同じ髪と瞳の色を持つ妹姫だ。
「ミリア。お見舞いに来たよ。調子はどうかな」
「お兄様」
ミリアは兄の姿を見て、ベッドの上で体を起こした。アーロンはミリアの額に手を当てる。
「まだ熱があるね。あと数日はこのままかな」
「お兄様。わたくしの病をうつしてしまうと良くないから、早く部屋を出られてください」
「ミリアに追い出されてしまうと、哀しいなあ。僕に会うのが嫌だった?」
「……そんなわけ、ありません……」
その返事に、アーロンは嬉しそうに微笑み、ミリアの頭を撫でる。ディルムッドは微笑ましい2人の様子を優しく見守っている。
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