連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 4話「遺跡のリカルド」(2)
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4話 「遺跡のリカルド」(2)
父の素性に全く興味を持たないゴナンの様子を、少し不思議そうに見ていたディルムッドだったが、ミリアが随分静かなことに気がついた。慌てて部屋の中の気配を探る。ミリアの気配は本棚の間の奥の方にあった。
「…ミリア様?」
「きゃ」
見ると、ミリアは隠れるような体勢で一冊の本に読みふけっていた。しかしディルムッドに見つけられ、少し気まずそうにしている。
「ミリア様? 姿を隠されると心配します。何を…?」
「ど、読書に決まっているじゃないの」
「ええ、ですからなぜ、隠れられる必要が…?」

と、ジョージがやって来てミリアの手にある本に目を留めた。
「お? 『あなたの瞳はユラリアの花の色』シリーズだな。街の女の子達にせがまれて全巻そろえたんだよ。ご令嬢方にも人気なのかい?」
「あなたの…、ユラ…花…?」
やたら長い書名を一度で覚えられないディルムッドに、ジョージが笑いながら教える。
「『あなたの瞳はユラリアの花の色』、略して『あなユラ』だな。昨今、王国で若い女性を中心に人気の恋愛小説だよ。壮大なシリーズになっていて、連載は10年を超え、もう20巻以上出ている」
「恋愛小説…」
少し意外そうな表情を見せるディルムッド。ミリアは頬を赤らめながら訴えた。
「お城…、いえ、わたくしのお屋敷の図書室にもこれがあったの。でも、家庭教師の先生方はこういう本を読むことに、あまりよい顔をされなかったから、サリーと2人で隠れて読んでいたのだけど、ちょっとしか読み進められていなくて…。ずっと続きを読みたかったのよ」
「…はあ、そうですか…」
深緑の大きな瞳で何かを訴えながらじっと見上げてくるミリアに、ディルムッドは少し首を傾げる。
「…ミリア様。私はあなたをお護りする立場ではありますが、別にあなたのお目付役というわけではないのですが…」
「…!」
「何か御身の危険になりそうなことであれば止めますが、私はそのような書物のことはよく分かりませんし、ミリア様が読まれたい本を、読まれればよいかと…」
「……! ええ、ええ。そうよね、ディル。あなたが何かと過保護で事細かいから、わたくし、思い違いをしてしまっていたわ」
「かほ…、事細か…」
「わたくし、こういう本が大好きなの、これを読みたいわ」
瞳を輝かせるミリアに、ジョージがニカッと笑う。
「いいじゃねえか。その本も少女達にとっては立派な『教科書』だよ。私も一通り読んでみたがね、まあ中々面白いもんだよ。マリアーナにあの手この手でアプローチをしていた頃のトキメキを思い出すぜ。氷っ子もこれを読めば、多少は心の氷も溶けるんじゃねえか?」
リカルドはまったく興味を持てそうにない本だが、ひとまず尋ねてみる。
「どんな内容なんですか?」
「とある国の王女様と騎士が惹かれ合い、駆け落ちするところから始まる、壮大なラブストーリーさ」
「えっ?」
「まあ、先生。その先の展開はおっしゃらないでね。楽しみにしているのだから」
すっと背筋を伸ばして、ジョージのネタバレを封じるミリア。
「もちろんわかっているよ。ミリアさん。その本は部屋に持っていってもいいよ。夜更かしして読むといい」
「読書で夜更かし! わたくし憧れていたの。ディル。わたくしは今日、読書で夜更かしをするわ。ありがとう、先生」
ミリアは嬉しそうにジョージに礼を述べて、『あなユラ』シリーズを3冊ほど手に取り、個室の方へと小走りで戻っていった。呆気にとられたように無言になるリカルドとディルムッド。そして目を見合わせる。
「王女と騎士の駆け落ち…」
「…いや、リカルド。私は違うぞ」
「…ふふっ、もちろんそれは分かっているんだけど、状況的にそう疑われてもおかしくないのかなって、面白く、ふふっ、いや、心配に思って…。ふっ、ふふっ…」
「……」
笑いをこらえきれないリカルド。しかし、リアルな王女様が架空の王女様の物語に熱中するなんて、なんとも愉快なことである。
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そうこうしているうちに夕食の時間がやって来た。
食欲が回復したゴナンもダイニングで皆と一緒に、ナイフとエレーネが腕をふるった料理をモグモグと食べている。もちろん、クラウスマン夫妻も同じ卓についている。
「ね、ゴナン。この街は食材が美味しいだろう。野菜も肉もたくさん揃うし、新鮮だからね」
「うん。でも、ナイフちゃんが作る料理は何でも美味しいから」
リカルドの問いかけにそう答えて、またモグモグと食事を進めゴクゴクと牛乳を飲むゴナン。その言葉にナイフは、「まあ」と感激の表情を浮かべる。リカルドも、モリモリとしっかりご飯を食べる様子を嬉しそうに眺めていた。
と、エレーネが少し微笑みながら、からかうように言葉を挟んだ。
「あら、ゴナン。今日は私も作っているのだけど。このスープもそうよ?」
「……あ、はい…。美味しい、です…」
先ほどまでの勢いがシュンと収まり、うつむきがちに答えるゴナン。まだまだ緊張モードは解けない。
一方でミリアは、食事中の無作法も気にせず「わたくし、今日、読書で夜更かしをするの。ずっと憧れていたの」と嬉しそうにおしゃべりをしていた。ナイフは微笑みながら、ミリアに話しかける。
「ミリア。過ぎた夜更かしはお肌の大敵だし、明日は遺跡探索へ行くのよ。ほどほどにね」
「遺跡?」
「ええ。巨大鳥と卵と巨大な樹の絵が描かれている壁画があるんですって。もしかしたら何かのヒントがあるかもしれないから。よく分からないけど。ね、リカルド」
「えっ?」
ナイフに話しかけられて、リカルドはビックリしたように反応した。
「リカルド? 明日、先生が大樹の絵の遺跡まで案内してくれるって話じゃない」
「…遺跡…? そうだったっけ?」
「……?」
リカルドのその反応に、ナイフはエレーネと顔を見合わせた。どうにも、この話題のときだけリカルドの様子がおかしい。
「遺跡? 遺跡って?」
ゴナンも尋ねる。しかし、いつもならゴナンの質問には何でも即座に答えるリカルドがボンヤリとした表情で無言のままだ。代わりにジョージが答えた。
「遺跡というのは、もう何百年も何千年も昔の古い建物や、その跡のことだ。昔の権力者のお墓だったり、宝物が隠されていたり、いろいろだがな。侵入者を防ぐ仕掛けが施されているようなものもあるんだぜ」
「へえ…。宝物…」
「ただ、明日行く遺跡は、そこそこ広い空間ではあるが、巨大な壁画が残されているだけだ。期待外れかもしれないな」
「…でも、遺跡って初めて見る。楽しみ…」
ゴナンは好奇心で目を輝かせた。一方、その隣でリカルドは力のない瞳で、ずっとボンヤリしている。ナイフとエレーネは、不思議そうにその様子を見ていた。
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