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連載小説「オボステルラ」 【第三章】8話「石を運ぶ」(3)


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第三章の登場人物



8話 石を運ぶ(3)



 翌日から、ゴナンは早速、ドズに習った鍛錬を実践し始めた。

石の持ち方を工夫し、スクワットをしながらザルに石を入れていく作業は、地味にきつい。でも、その疲労感がゴナンの心を救った。なんだか、少し前向きな気持ちになれる気がする。見張りに見とがめられないように気をつけながら、懸命に体を鍛えるゴナン。そんな様子を、何となくドズも密かに見守っている。

 「…やりすぎたかな…。筋肉痛だ…」

 数日経ったある夜、ゴナンは晩御飯を食べながら、脚を投げ出してそう、口にしていた。横でドズが、ゴナンの太ももやふくらはぎの張りを確認する。夜はドズの元で晩御飯を食べることが、すっかり恒例になっていた。他の坑夫達は、その様子を驚き混じりに遠目から見ている。

「まあ、筋肉痛を繰り返しながら筋肉は太くなっていくのだ。辛いだろうが、踏ん張りどころだな。ただ、明日は鍛錬を少し緩めることだ。筋肉は休ませないと育たない」

「……」

ナイフにも言われたことだ。

「……明日は普通に石を拾うよ」

「自分の体力も見極めるんだぞ、お前は多少、無理が過ぎるようだ。ここでは仕事もやらねばならないから、限界までやりきる必要はない、その手前だ」

「……うん…」

やはり同じことを言っていたナイフを、そして皆を思い出し、ゴナンはまた少し暗い表情になる。そのゴナンの様子を気にしながらも、ドズは空になった器を見る。

「…ただ、食事が少ないことがネックだな。こればかりは、ここでは仕方がないが…」

「そう? 1日に2個もパンを食べられるなんて、十分だよ。野菜もついてくるし」

ゴナンはそう言って、野菜と呼ぶのも憚られるほどのくずくずの何かを、美味しそうに口にする。ギョッとするドズ。

「……ゴナン…。お前は、一体どんな環境で育ってきたんだ? この荒れ地で寝起きするのも、異様に慣れているようだが」

「……」

ゴナンは顔を上げて、彼方星を見上げた。

「……生まれ育ったのは、ここよりうんと北にある村だけど……。もう1年以上、雨が降ってなくて、水も食べ物も何もなかったんだ」

「……うんと北? ストネよりも北か? ア王国内か? 何という村だ」

「北の村」

「……?」

「ストネよりもずっと北。徒歩で旅すると、2ヵ月くらいかかる…。でも、一応、国の中だって」

「……」

ドズは少し、考え込む。

「…あの辺りは荒れ地の一帯…。そんな場所に村などあっただろうか…。村と呼ばれるほどの人数が住んでいる場所にひどい災害が起きて、1年も支援も何も届いていないのか…?」

「ドズさん…?」

「……ああ、すまん。だからゴナンは、ここでも逞しいのだな」

「逞しい? 俺が?」

ゴナンは驚いて聞き返す。やっと鍛錬を始めたばかりで、まだまだひ弱な部類に入るはずだが。ドズはふふ、と微笑む。といっても茶の髪に覆われてほとんど表情は見えない。

「お前と同じ日に来た男共を見てみろ。心が打ちひしがれて覇気もない。奴等が唯一決めた覚悟は、ここで漫然と生きていくことのようだ」

「……」

「だがお前は、こんな環境の中でさえ、目の前のことにきちんと一生懸命になれる。そういう人間は逞しいし、折れないものだ」

「……」

ゴナンにはよく分かっていないようだ。ドズは続ける。

「…ゴナン…。体を鍛え、力を付けることも大事だが、もっと大切なのは、力を扱う『心』を強く鍛えることだ。どれだけ腕力がつこうとも、技を鍛えようとも、心の筋力を備えて居なければ、それはただ見てくれだけのもろいなまくらの剣だ」

「心の筋力?」

そう呟いてゴナンは、自分の心臓辺りに手を添える。

「フフっ。心臓の筋肉ではないよ。心の強さは、ここだな」

そう言って、ドズは頭を指さす。

「心の、筋力……」

もう一度、繰り返すゴナン。

「極限の状況になったとき、物を言うのは腕力でも体の大きさでもない、心の筋力だ。漫然と環境に甘んじるのではなく、常に、どうすればより良くなるかを考え続けるんだ。そして、もし強い腕力や武力を身に付けられたら『いかにして使わないか』を考えるんだ」

「力を、使わない?」

ドズは深く頷く。

「逃げるわけではないぞ。考えて考えて、結果的に武力を使うことになったとしても、それは感情のままに振り下ろす力ではなく、心で統制され研ぎ澄まされた鋭い力になる。強い力を振りかざせる者が強いのではない、強い力を備えながらも使わずにいられる者が、人として、まことに強いのだ」

「……」

ゴナンは、そう語るドズの錆色の瞳をじっと見る。

「強い力を、使わない…」
「……すまん、少し抽象的すぎたな」
「ううん…。なんか、何となく、わかる……」

ゴナンはキラキラした目で、ドズを見上げ続ける。

「ドズさんもそうやって、強くなったんだな…」
「……いや…」

ドズの瞳が少し、曇った。

「俺は、その心の方がダメだったんだ。だから、こんな場所まで流れてきている…」

「…?」

「……偉そうに講釈をたれたが、ゴナン、体は俺がはるかに大きくとも、心の筋力に関しては、すでにお前の方が上かもしれないな。お前はとても見込みがある」

「そんなことないよ…」

ゴナンは首を傾げる。ドズはふふ、とまた微笑んで、ゴナンの頭を優しくなでた。

「…まあ、どんなに力を備え、心を磨こうとも、結局は一瞬で理不尽に打ち砕かれてしまうこともあるのだが…」

「?」

「……話が長かったな。さあ、もう寝よう」

「…うん…」

それきり、ドズは無言になってしまった。ゴナンはその様子を気にしつつも、自身の寝床へと戻っていった。



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