連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 11話「もう一つの遺跡」(6)
11話「もう一つの遺跡」(6)
「…まあ、それはともかく、王城を訪れる女性はドレスなどの盛装をしているのが普通なのだ。お前は作業着で出入りしていたし、そもそも機械の技術者が女性という概念が我々にはない。お前の父のゴードン殿も、特に肯定も否定もしていなかったし、仕方ないだろう」
「…機械士にとっては作業着はリッパな正装なんですけど。でもまあ、パパも機械と料理のこと以外は適当だからなあ…。私も、別にどっちでもよかったから、あえて修正はしなかったけどサ」
「……ルチカ、お前は今、何歳だ?」
「え? 今年、20歳だけど?」
「……」
未婚の王太子の個室へ、妙齢の女性が個人的に頻繁に足を運ぶのを許していた、という事実に頭を抱えるディルムッド。その一方で、リカルドは黒い瞳を輝かせ、興味津々にルチカに質問をしている。
「仕事のためとか、危険を避けるために、あえて男装していたわけではないの? そのポンチョやダボダボのズボンで体型を隠したり…」
「いや、作業のしやすさとか、飛行翼の乗りやすさとか、戦闘になったときの動きやすさとか、いろいろ考えてベストな服装をしているだけだよ。体格とか、首の細さとか、声とか、私、明らかに女性だと思うんだけど…。ナイフちゃんみたいに、心の性別が違うってわけでもないし…」
「……その話し方と、荒っぽい立ち振る舞いのせいではない?」
エレーネが腕を組んで、冷めた目でルチカを見ている。女性としての振る舞いが完璧に洗練されている彼女に言われると、ぐうの音も出ない。
「いやしかし」とディルムッドが妙に早口で話し始めた。
「確かに女性の筋肉だが、よく鍛錬されているのが分かる。それに女性であの蹴りや格闘や棒術は見事だ。私を吹き飛ばすほどであったしな。柔軟性もあって、非力ながら力の伝え方が上手く、臨機応変に身体を思うように動かすことができ、アイデアも豊富だ。格闘のセンスがある。もし独学でここまで鍛えているのなら、非常に感心だ。どのような鍛え方をしているのか教えてもらえれば参考に……」
「ちょ、ちょっと待て」
どこをどう触ったんだ、という言葉はぐっと飲み込んで、ルチカはすぐ横にいるミリアの腕をぐいっと掴んだ。
「ちょいと、そこの筋肉脳。その素晴らしい格闘センスを持っている敵対している人間を、大事なお姫様、の、ミリアさんの普通の?影武者?の普通?、あれ、なんだったっけ?」
「ルチカ、わたくしは実は王女の影武者の普通のミリアよ」
「……とにかく、そんなミリアさんのすぐ横にいさせるって、どうかしてるでしょ!」
しかも、ルチカの荷物もすぐ横に置いてある。ディルムッドが蹴り飛ばした棒も回収してルチカの元に戻しているし、例の空気銃もある。

「……いや、今は大丈夫だろう」
言われても、ディルムッドは特に警戒せず動かない。
「危なそうだったらディルかナイフちゃんが反応すると思っていたから、まあ、大丈夫かなと…」
リカルドも泰然と構えている。ルチカはふう、と気が抜けて、ミリアから手を離した。
「ヘンな一行だよね、あんた達。卵を追っかけてくる連中は、問答無用で殺しにかかってくるような、ろくでもないのが多いんだけど。平和すぎて拍子抜け」
「そんなに、卵は狙われているのか?」
「あれを追っかけるだけで、こちらは訳も分からず生傷耐えない生活ですよ。もう何年もね」
リカルドはゴナンと目を合わせる。彼らが追っているように、卵で願いを叶えたい、という連中が多いということなのだろうか? その話を聞き、ますます信憑性が高くなってきているように感じる。そして、それ程までに探し続けていても、誰も手に入れられてはいないということだ。
「あなた達が何のために、そんなに必死に鳥を追っているのか知らないし、まあ、大方想像はつくけど、あえて聞かないけどサ。……あんまり深入りはおすすめしないよ。何度も言うケド」
「……その理由を知りたいな。君は、僕たちよりも随分、鳥と卵のことについて詳しそうだ」
リカルドがルチカの目をじっと見て言った。灰にわずかにブルーがかった色素の薄い瞳は、焚き火の火を受けて光を宿しているように見える。
「ほら、今日の貸しを返してくれるなら、それで」
「…それはダメだ。話せない」
そう、キッとした目でリカルドを睨むルチカ。と、エレーネが切り出す。
「ねえ、ルチカ。だったらあなた、巨大樹の周りを飛んで、上の方の洞を見てくれない?」
巨大樹、のワードが出た途端、リカルドはルチカのそばを離れ、ゴナンと「いやあ、ルチカが女性だって、驚きだねえ」とおしゃべりし始める。その挙動を不思議そうに一瞥したが、すぐにルチカはエレーネに尋ねた。
「え? 巨大樹? 向こうに見えてる観光地のあれだよね。なんで?」
「眉唾だけど、あの樹の上の方にも樹洞がたくさんあって、そこか巨大鳥の巣ではないかっていう説があるって聞いたんだけど……」
「ああ……」
ルチカは頭の後ろで手を組んだ。
「そんなの、とっくに飛んで見て回ってるよ。その説も知ってる。古い論文か何かで読んだかな? でも残念ながら、巨大鳥が入れるほどの大きさの洞はなかったよ。普通の鳥たちが平和に暮らしてただけ」
「そうか……」
あの観光ガイドの女性以外、知っている者がほとんどいないらしいこの説を、すでにチェックしていたというのもすごいが、やはり眉唾は眉唾であったようだ。
「ま、鳥と卵に関わること以外で何か考えておいてよ。あんまり貸し借りある状態は好きじゃないんだよね」
そう言って、ルチカは立ち上がり、バサバサと身支度を始めた。ディルムッドが驚いて声をかける。
「おい、もう出発するのか? 今は夜だぞ。真っ暗で、1人では危ないし、昼に私が胴を蹴っているダメージもあるだろう。出発は明日の朝にしては…」
「……女だって分かった途端、対応が甘いんじゃないの? 私が誰かの寝首をかいても、知らないよ」
そうクスッと笑って、ゴーグルを首にかけ、荷物を手に取った。
「私は夜は好きなの。星や月の明かりがあるし、夜目も効く方で暗躍…、活動しやすいしね。ただ、『真っ暗で狭い密室』はダメっていう、厄介な性分なだけ。……それに、いつも1人だから大丈夫。ご心配なく」
そう言って、一堂に頭を下げた。
「今日、救ってくれて感謝する。いつか借りも返す。けど、明日からはまた容赦しないから。まあ、そちら側も同じだろうけど」
そう言って、徒歩で去って行った。それぞれ、目でその後ろ姿を追う一行。
「…追わなくていいの? 『話せない』って事は、話せない何かを知っているということよ。あの子を拘束してあの石室にとじ込めて情報を吐かせるっていう最善最短の方法が、今日、見つかったわけだけど。相手が女性1人と分かれば、このメンツなら、全く不可能ではないわよ」
ナイフが、冷たい口調でそう言い放った。皆がはっと息を呑む。
「……ダ、ダメだよ、そういうのは」
しかし、ゴナンが、即座に反論する。
「なんというか、そういうのを、あいつにするのは、違う気がする…。そんなことしても、意味がない、っていうか…」
その後で卵を手に入れて願いを叶えられたとして、それに価値はあるのだろうか。
「……そうね。ごめんね、言ってみただけよ」
ナイフはすぐに、優しい微笑みを浮かべた。その横で、ディルムッドとリカルドは、エレーネが今にもレイピアに手をかけ動こうとしていたことに、気がついていた。
「……ゴナンはそういう意見だけど、エレーネ。それでも君が行くなら、止めはしないよ」
そう、微笑みを浮かべて声をかけるリカルドに、エレーネはお手上げのポーズをして剣から手を離し、一つ息を吐いた。
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