連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 3話「彷徨のゴナン」(1)
3話「彷徨のゴナン」(1)
もう、どのくらい飛んだのだろうか。
太陽が朱く焼け、地平線へと近づきつつあった。しかし、その陽の光は巨大鳥とゴナンの背中を、やや右のほうから照らしている。つまり、この鳥は南東の方向に飛んでいるようだ。体感では、相当な距離を移動している。
(…でも、南東に何があるか、俺はわからない…)
ゴナンは目線を自分の手元に落とす。残念ながら地図はリカルドが持っているが、地図を持っていたところで、土地の知識がないゴナンにとっては同じことだった。
目を閉じると、最後に見たリカルドの姿が脳裏に浮かんでくる。黒髪で黒い服装を身に纏った長身のリカルド、その胸に、深々と剣が突き立てられていた。その状態でもまだ剣を振り、鳥の少女を守っているようだったが…。
(…リカルド…。今日が寿命だったら…、俺は、リカルドに何もできないまま…)
リカルドは、定められた寿命の日までは決して死ぬことがない『ユーの民』。しかし、ゴナンはその寿命がいつなのかを、あえて聞いていなかった。
(だって……、あんな傷で死なないなんて…。絶対、あり得ない……)
と、急にぐんと体が下に向いた。巨大鳥がようやく下降を始めたようだ。夜になる前に寝床を探すのかもしれない。
「…お前…、今さら、降りて…。なんでさっき降りてくれなかったんだよ…!」
ゴナンは巨大鳥を責める。もちろん伝わらないだろうが、ゴナンは気持ちをぶつけずにはいられなかった。巨大鳥はそんなゴナンの様子を気に留めることもなく、少しだけ何かを探すような素振りを見せつつ、ゆっくりと下降して行く。やがて、眼下には黒々とした森が現れた。
「…うわ…」
巨大鳥はその木々の間に突っ込む。思わずゴナンはたじろいだが、すうっと上手く木々の間を通ったようだ。そしてようやく地面へと降り立った。数時間ぶりの大地だ。
そこには、木々に囲まれた、直径20mほどの小さな泉があった。森の中にぽっかりと空いた小部屋のような、不思議な空間だ。周辺には人里は全くなく、もちろん人の気配もない。ゴナンは、そっと鞍を下りる。
(……ここは、どこだろう…)
キョロキョロと見回す。なんとなく、居心地は良さそうな空間だ。そして、泉のすぐほとりに、何かの実がなっている樹が何本も生えている。巨大鳥はすぐに泉の水を飲み始めた。
その様子をしばし眺めていたゴナンだったが、荷物をバラバラと降ろし、力なくその場に座りこんだ。
「…リカルド…、リカルド…」
ゴナンの両目から溢れる涙が止まらない。ゴナンはそのまま、膝を抱えて泣き始めた。きっと今日が、リカルドの寿命だったのだ。あんな傷で死なないはずがない。病気で死ぬと言っていたのは、ゴナンを安心させるための嘘だったのだ。
(…意地を張らずに、リカルドの寿命を聞いていればよかった…。そうすれば、もっと何か、できたことがあったかもしれない…)
「…うっ、…うぅっ…」
何でこんなことになったんだろう。昨日まではウキの街で、あんなに楽しい日々を過ごしていたのに。これも全部、この巨大鳥がもたらしたことなのだろうか。自分がこの鳥とまた、遭ってしまったから。
しかし、巨大鳥に怒りをぶつける気力も、ゴナンにはない。死んでしまったかもしれないリカルドを思って、ただただ、しくしくと泣き続けるばかりだ。
やがて日が落ち、夕暮れが深くなってきた。火打ち棒を持つゴナンなら火をおこすことはできるが、ゴナンはうなだれ泣き続け、泉の縁から動かない。
と、巨大鳥がおもむろに動いて、ゴナンの背後にある木をくちばしでつついて揺らした。
「…いてっ」
木からは木の実がいくつかゴトッと落ちてきた。そのうちの一つがゴナンの頭にぶつかる。痛さに顔を上げると、夕暮れ後の僅かな光の中で、巨大鳥が何か言いたげにこちらを見ているのが見えた。

(…? これを、食べろってことか…?)
まるでゴナンに実を食べさせようとしているかのような素振りだ。ゴナンは手元に落ちた実を拾って、シャク、と一口食べる。甘酸っぱい風味。
(…ゴンの実だ…)
その味に気付くと、ストネの街の屋台でリカルドがゴンの実を買ってくれたことを思い出し、また涙が溢れ出てきた。ゴンの実を置いて泣き始め、そのまま夜の帳が落ちた。真っ暗で何も見えない。木々が深く覆っているため、星や月の明かりすら届かない。しかしゴナンは顔を上げることができず、辺りがすっかり暗闇になってしまったことにも気づいていなかった。
それから小一時間ほど経った頃。巨大鳥がまた隣で動いた気配があった。
……ふわっ。
と、急にゴナンは温もりに包まれる。
(……?)
ゴナンは顔を上げ、状況を確認する。手を伸ばしてみると、ゴナンに寄り添うように巨大鳥が座り、そして上から羽が被さっているようだ。ゴナンは巨大鳥にスッポリと包まれていた。
「…やめろよ…、こんなこと…。お前のせいで、ミィも、リカルドも、死んだのに…」
恨んでいる巨大鳥が、自分に対して守るような優しい振る舞いをしてくることに抵抗を感じたゴナン。しかし、鳥の温もりが、彼にそれ以上の何かの行動を起こすことを許さない。ゴナンは急激に、猛烈な眠気に襲われた。ざわつく胸中と裏腹に、この温もりは、とても心地がいいのだ。
(…なんだよ…。やめろよ…)
そう思いながらもゴナンはガクリと横になり、そしてそのまま眠ってしまう。巨大鳥の懐は、不思議と、あまりにも寝心地が良かった。ゴナンは悪夢を見ることもうなされることもなく、ただただ、深い眠りに落ちていった。
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