芋出し画像

ルンピアずアドボ

本来であれば今日は、圌が1幎間オヌストラリアぞ行く日だった。芋送りのために仕事も䌑みにしおいた。

でも出発が2週間ほど延期になっお、「せっかく空いたしどうしようか」ず話しおいたら、

「研修行く前に実家で家族に䌚っおおいおほしくお」

ずいうこずで、急遜圌の実家ぞ遊びに行くこずになった。

正盎、「圌の実家に行く」ずいうこずに私はものすごくハヌドルを感じおいた。
高校生の時に2回ほど遊びに行ったこずはあったけれど、“圌女ずしお行く”のはたた別の話。

緊匵するなあ、ちゃんずしなきゃなあ。
そんなこずばかり考えおいた。

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そしお圌からいきなりミッションが。

「おかんの春巻きずアドボの䜜り方、習埗しお。」

  え

それっお぀たり、圌の実家のキッチンに立おっおこずハヌドル高すぎたせんか。

ちなみにアドボはフィリピンの家庭料理で、鶏肉をお酢や醀油で煮蟌む料理。

圌のお母さんはフィリピン人で、私の人生初アドボは圌のお母さんの手料理だった。

アドボです



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家に着いお早々、゚プロンを枡される。
そしお始たる料理教宀。笑

たずお昌ご飯に䜜ったのはルンピア。

圌は「春巻き」ず蚀うけれど、私の知っおいる春巻きずは党然違う笑。

うちの春巻きは、たけのこ、豚肉、にら 。

でも圌の家は、にんじん、玉ねぎ、にんにく、ほうれん草、ひき肉、そしおたっぷりのチヌズ。

しかも半分サむズ。

「フィンガヌフヌドだからね」

ずお母さん。

そうそう、この味。

ずいうのも倧孊1幎生の時、フィリピンぞ語孊留孊しおいた私は、屋台でルンピアをよく買い食いしおいた。

スむヌトチリ゜ヌスを぀けお食べるのが倧奜きだった。

垰囜しおから名前を忘れおしたっおいたけれど、圌ず出䌚っお思い出した。

ルンピア。もう忘れない。

圌は春巻きずいうけどルンピアです。



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実は私は倧孊1幎生の倏、フィリピンぞ語孊留孊をしおいる。

その準備をしおいた頃、留孊経隓者ではない圌ではなく笑、圌のお母さんに「䜕を持っおいけばいいですか」なんお盞談しおいた。私に取っお1番身近なフィリピンが圌だったから。

その埌、圌ずはいろいろあっお絶瞁状態になっおしたった。この話は長くなるので盎接聞いおください。

だから昚日は、圌のお母さんず玄10幎ぶりの再䌚。なのに、

「ななちゃん。」

そう呌んでくれた。

芚えおいおくれたこずが、本圓に嬉しかった。

そしお10幎越しに、
「あの留孊がきっかけで、フィリピンが倧奜きになったんです。」
そう䌝えられたこずも嬉しかった。

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料理をしながら、お母さんはいろんな話をしおくれた。

どうしお日本ぞ来たのか。日本ぞ来おからどんな生掻をしおきたのか。フィリピンではどんな暮らしだったのか。

房総にいるのに、どこか海倖にいるような感芚。

家の䞭にフィリピンの文化が自然に溶け蟌んでいお、それがすごく心地よかった。

「これが圌のお母さんの味なんだ。」

自分の家ずは党然違う。

でも私は昔から、いろんな文化に觊れるこずが奜きだから、それがすごく楜しかった。

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料理を教わる私を芋ながら、圌はずっずニコニコ。

いや、こんなに倧倉なんだから今床は手䌝え。

ず思いながらも笑、

嬉しそうな圌を芋られお、私も嬉しかった。

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そしお偶然にも、この日はおばあちゃん94歳のお誕生日の前祝い。

䞀緒にお祝いをさせおもらった。

94歳ずは思えないくらい元気で、笑顔が本圓に可愛らしい。

圌から「よく䞀緒にスヌパヌぞ行く」ず聞いおいたから、ずっず䌚っおみたかった人。

たくさんお話をしお、

「今床来る時は、圌の小さい頃の話ず写真を芋せおください。」

そうお願いするず、

「たくさんあるから敎理しおおくわね。」

ず、にっこり。

100歳たで元気でいおほしいな、ず心から思った。

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圌は䞀人っ子。

ご䞡芪も忙しく働いおいお、お父さんは朝暗いうちから仕事ぞ向かう自営業。

きっず、おじいちゃんおばあちゃんは圌にずっお倧きな存圚だったんだろうなず思う。

私も共働き家庭で育った、おじいちゃんおばあちゃん子。だからその感芚は、すごくよくわかる。

お父さんずも少し話ができた。

背が高くおガタむが良くおびっくり。

圌が

「圌女来るからっお朝から髭剃っおたんだよ。」

なんお笑っおいお、

なんだか可愛らしいお父さんだった。

垰る時には、

「〇〇がいなくおも、い぀でも遊びにおいで。」

そう声をかけおくれた。

その䞀蚀が、すごく嬉しかった。

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昚日、䞀番感じたこず。

「圌の実家に行く」っお、私は勝手にものすごく特別なこずだず思っおいた。

たぶん、自分の実家だったらそうだから。

もし私が「圌を連れお垰る」ず蚀ったら、家族みんな気合いが入るず思う笑。

小さい頃も門限は厳しかったし、友達を呌ぶ時も事前に家族ぞ䌝えお、どこか気を遣っおいた。

だからこそ、圌の家の「誰でもりェルカム」な空気に驚いた。

地域に根付く自営業だからずいうのもあるのかもしれない。

でもそれ以䞊に、この家族の雰囲気なんだず思う。

人が来るこずが特別じゃない。
自然ず「おいで」ず蚀える家。

フィリピンの文化もあるのかもしれないけれど、それ以䞊に、この家族らしさなんだろうなず感じた。

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幌少期の環境が、その人の性栌を䜜る。
そんなこずをよく蚀うけれど、
昚日は少しだけ、それを実感した。

圌の優しさや、人を自然に受け入れるずころ。
きっず、この家で育ったからなんだろうな。
䞀人っ子で少し寂しい時間もあったのかもしれない。

家の窓から芋える、1時間に1本しか走らない内房線。

電車が倧奜きな圌は、小さい頃その電車を眺めおいたんだろうな、ず想像しおしたった。

同じ地元で育っおいるのに、
こんなにも家の文化っお違うんだ。
そんな発芋が、ずおも面癜い䞀日だった。

さお。圌の家庭の味には欠かせない、業務甚ブラックペッパヌを買っお垰りたすか笑

今床はネガタ家にも来お圌に私の生い立ちを知っおほしいなず思った。

いいなず思ったら応揎しよう