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ルマンド事件

私の部署では
朝会が行われる。

進捗状況を確認するためだ。

その日、
私は、いつもの朝会とは違う空気を感じていた。

営業担当のK吉さん。
明らかに元気がない。

K吉さんは中途入社の
30代後半の男性。

若いころは役者を目指していたらしい。

「K吉、どうした?」

部長も、K吉さんの異変に気が付いた。

K吉さんは、寝癖のついた頭を持ち上げて
静かに言葉を発した。

「推しの、グループが、解散しまして」

部署のメンバーは騒めいた。

K吉さんが、地下アイドルグループを
推していたことは承知の事実だ。

平日、有休を使って
そのグループのライブへ行くほどだ。

推しと撮ったチェキを
嬉しそうに見せてくれたこともある。

部署全体に、お葬式のような空気が流れた。

誰も口を開かない。
ありきたりな慰めの言葉では
意味がないことを知っている。

全員が責任を押し付けるように部長を見た。

部長の口がゆっくりと動く。

「まあ、悲しみを覚えてからが本当の推しだから」

名言のようで
中身が空っぽな言葉を言って
部長は朝会を締めくくった。

私は業務中も
K吉さんのことが気になった。

明らかに元気がない。
PC画面を見ているが指が動いていない。

でも、私にはどうすることもできない。

そう思っていると
今度はK吉さんの方が私をチラチラ見てくる。

視線を感じるので
K吉さんを見るが、目を逸らす。

気のせいではない。

一体、なんだろう。

お昼休憩前に、理由が分かった。

女性の先輩が教えてくれた。

K吉さんが推していた子は
グループの中で紫色を担当していたらしい。

だから、街中で紫を見ると
その子を思い出して落ち込んでしまうとのこと。

私のデスクには
休憩時間に食べようと思っていた
ルマンドが置かれていた。

私(と、ルマンド)は
K吉さんの心を
削り続けていたのだ。

鮮やかな、紫色。

……。


知らんがなー!!!

私は大声で叫びたかった。

確かに推しを失ったダメージは
大きいでしょう。

業務に身が入らないのも
仕方ないかもしれません。

だけども!

K吉さんの推しが紫担当なんて
知らなかったから!

休憩時間に
みんなで食べようとしてただけだから!

私とルマンドは、無実です!

もう一度、言います!

私とルマンドは、無実なのです!!

なるべく睨んだ目にならないように
K吉さんの方を見る。

雨に打たれた野良犬のような顔をしていた。

くぅぅ~ん。という
鳴き声まで聞こえてきそうだ。

……大人になれ、伊藤。
人の痛みに寄り添える人間になるんでしょ?

心の中でそう呟き、
ルマンドをバッグにしまった。

爆弾でも隠すように
ゆっくりと。

あれ以来、
会社にルマンドは持って行っていない。

それでも、自宅で何度か食べた。

気のせいだと思うが、

ルマンドが前より美味しくない。


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