『はだしのゲン』を読んで、ノイローゼになった小学生の私の物語📖から、戦争と平和について考察してみた。
私が小学2年生の時のことである。
図書館で色々な本を読んで楽しんでいた私は、
ある日、一冊のマンガが目についた。
その本の題名は
「はだしのゲン」

この本のことを今の若い人達は知っているだろうか・・・。
広島の原爆投下時の内容なのだが、漫画なので絵で表現されたいて、ものすごくリアルで衝撃的な内容になっている。
そんな本を、小学2年生の私は夢中で読み始めて、怖い、怖い、と思いながら…2日間くらいで一気に読んでしまい、
戦争って・・・原爆って・・・
こんなにひどいことが起きたんだ・・・
と強いショックを受けてしまった。
その数日後から、
私の悲劇が始まるーーーーー。
本を読み終わった翌日の夜中、私は「ハッ」と目覚め、原爆を受けて火傷で身体中ドロドロになった多くの人々が
「喉が渇いた、水、水、水〜水が飲みたい」
と、町中をのたうちまわりがら川の中に身を投げていく本の場面を思い出して、トイレに駆け込みゲーゲー吐いてしまい、それから毎晩のように嘔吐を繰り返すようになってしまった。
あの頃、両親も私の様子にかなり驚いていて、
毎晩のように吐いてしまう私の背中を
母がさすってくれたことを憶えている。
また、友達と外で遊んでいても、
う〜う〜📣と空襲警報が鳴り響いているような気がして、特に夕方になると不安になり、外で遊ぶこともできなくなった。
今、この歳になっても、あの時の不安な気持ちで見上げた夕焼けの空を、たまに思い出す。
そして、「吐く」ことが怖くて、自宅で夜を過ごすとまた吐くんじゃないかと思い、泣きながら祖母の家に行って泊めてもらい、寝る時は祖父に抱っこしてもらいながら眠るほど重症だった。
ちょっとしたノイローゼだったのだろう。

両親も「どうすればいいか」考えてくれたが、
これといった解決策は見つからず、ただ日にちだけが過ぎていく。
現代なら、きっと心療内科やカウンセリングに行くのだろうが、私の子供の頃は、そういうものがまだメジャーではなかったのだ。
その後、私の症状は、祖母や祖父、家族の愛情によって半年くらいかけ徐々に癒されていった。
これほどまでに私を怖がらせた
「はだしのゲン」という作品。
平和が大切。
平和な世の中に。
平和を掲げて活動する人はたくさんいるし、
平和な世の中になることを、私も切に願っている。
でも、私は、
自分の幼い頃の辛い経験を通して…
リアルな戦争の悲惨さを知らずに
平和、平和と叫ぶより
戦争の本当の悲惨さというものを、
しっかり知って胸に刻んでいる者達が
平和を願うことの方が、
より深い平和の祈りになるように感じるのだ。
深く闇を知る者が
その闇に光を望むことで、
その願いが強く大きなものに
なればいいなと思う。
戦争を知らない人間が増えていく世の中。
私も、
リアルな戦争を知らない人間のひとりだ。
だが、祖父がビルマで戦士しており、私の父は、顔もろくに憶えていない自分の父のことを生涯慕い続けた。
戦死した祖父の骨を、ビルマまで何度も探しに行ったり、祖父が亡くなったビルマという国を大切に想う気持が強くて、ビルマから日本に来ていた学生さんを援助したりもした。
また、反戦のチャリティーコンサートも積極的に主催していた。
そして、父は
「戦争の被害は100年に及ぶんだよ」
と何度も言っていた。
現に、昨晩この記事を書いている時、
『広島の原爆で亡くなった身元不明の遺骨がまだたくさん残っているのだが、その中の一人の身元が判明し、80年振りに親族の元に帰った。」というニュースを聞いた。
13歳の時に原爆で亡くなって80年振りに…
親族の人は涙しながら遺骨を抱いていた。
これだ、きっと父が私に伝えたかったことは。
そして、父も自分のお父さんの遺骨を胸に抱きたかったのだ、と改めて感じ切なくなった。
これが、リアルな戦争の悲惨さというものだろう。
そして、父は他にも戦争が残した多くの傷跡を
私に語り継いでくれたのだ。
どんなに時代が変化しても、
いまだに戦争が
繰り広げられている世の中。
人間の欲望から生まれた戦争。
世界中であれほどの犠牲を出してきたのに
人類は何も学んでいないのかと悲しくなる。
悟りでもしない限り、きっと人間の欲望は満たされることはないから、完全に戦争がなくなることは難しいのかもしれない。
だからこそ…
実際に戦争を体験してなくても、戦争の真の悲惨さを見聞きした大人達が、若い世代に、そのことをしつこいくらい語り継いでいかなければと、強く思う。
小学生の頃、その悲惨さを知りノイローゼにまでなった私も、そうしたい。

そして、
もうこれ以上、今、起きている戦争が大きくなりませんように…。
世界が少しでも平和になりますように…。
と、今日も祈りを込めて瞑想しよう。
