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会社を22回辞めた私が気づいた、"ギヴ&ギヴ"という伏線。


私は会社を22回辞めた。

そのたびに、

何かを得ようとしていた。

経験を。

スキルを。

人脈を。

役に立つものを、

先に集めようとしていた。



得てから、

与えればいい。

そう思っていた。

順番として、

それが正しいと思っていた。

足りない自分のままで、

誰かに何かを渡すなんて、

おこがましい気がした。

だから、

いつも自分のことで一杯だった。

転職するたびに、

自分のことしか見えなくなった。



でも。

ある日、気づいた。

お金もない。

実績もない。

自信もない。

与えるものが、

何もなくても。

一つだけ、

渡せるものがあった。

それが、

得る前に引き受ける、

ということだった。



引き受ける、

というのは、

何かを背負うことじゃない。

目の前の人の

喜怒哀楽を、

一緒に味わうこと。



嬉しいときに、

一緒に喜ぶ。

悲しいときに、

一緒に悲しむ。

ただ、それだけ。

何も持っていなくても、

これだけは、

できる。



それ自体が、

すでに

与えることだった。



ある時から、

私は、

缶コーヒーを誰かにおごるとき、

こう言うようになった。

「お返しはいいから、
 
 誰かほかの人に

 おごってあげて」

最初は、

ただの思いつきだった。

でも、

それを繰り返していたら、

ある日、

不思議なことが起きた。



社内を、

ぐるっと回って、

20人目くらいの人から、

私に、

缶コーヒーが届いた。

「これ、

 〇〇さんからの

 お返しらしいです」

私は、

何も覚えていなかった。

誰に渡したかも、

いつだったかも、

忘れていた。



ただ、

150円の缶コーヒーが、

巡って、

戻ってきた。

ギヴ&テイク

往復で考えれば、

300円。



でも、

ギヴ&ギヴ

しつづけて、

20人を巡って戻ってきたなら、

その間に、

20本の缶コーヒーが、

動いたことになる。

経済効果は、

3,000円。



300円と、

3,000円。

同じ【缶コーヒー1本】から

始まったのに、

回し方によって、

世の中に生まれる価値が、

10倍違う。



でも、

戻ってくるかどうかは、

実は、本質じゃなかった。

戻ってきたら、

ちょっと嬉しい。

それだけのこと。



私が転職を繰り返していた頃は、

300円のやりとりしか、

考えていなかった。

返ってくることが、

前提だった。

返ってこないと、

損した気がした。



でも、

引き受けることを、

先にやってみると。

不思議なことが起きた。

誰かの話を、

最後まで聞く。

誰かの嬉しさを、

一緒に喜ぶ。

誰かの悔しさを、

一緒に悔しがる。

それだけで、

その人の中に、

何かが残るらしい。



そして、

それだけじゃなく。

お金も。

物も。

知識も。

ケチケチせずに、

ギヴ&ギヴ。

気前よく渡す。

返ってくることを、

期待しない。

手放す。



このシリーズで、

何度も書いてきたことだ。

手放すと、

軽くなる。

軽くなると、

動ける。

動けると、

巡り始める。



ご先祖さまから受け取ったバトンも、

きっと同じだ。

誰かが、

見返りを求めずに、

渡してくれたから、

今、私がここにいる。

その連鎖の中に、

私もいる。

だったら、

私も渡す側になればいい。



今日、

あなたの目の前にいる人は、

誰だろう。

その人の喜怒哀楽を、

一緒に味わってみたら、

何が起きるだろう。

きっと、

その人の中に、

小さな笑顔が生まれる。

その笑顔は、

そこで終わらない。



誰かの笑顔は、

また別の誰かに、

伝わっていく。

缶コーヒー1本が、

10人を巡ったように。

笑顔も、

巡っていく。

どこまで広がるかは、

誰にも、

わからない。

そして、

その分かれ道は、

きっと、

今日のあなたの中にある。



もしこの記事が、

あなたの中の何かとつながったなら。

チップも、

同じことだと思う。

缶コーヒー1本のように、

誰かを巡っていく…



そして、

何倍、何十倍、

何百倍にもなって、

あなたのところに、

戻ってくるかもしれない。

戻ってこなくても、

その分、

世の中に、

経済効果を生んでいる。

どちらに転んでも、

もう、

価値は生まれている。



なないろ和waon音 -nanairowaon-

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