美しいメロディに隠された、亡命中の友へのメッセージ。『Debaixo dos Caracóis dos seus cabelos(あなたの巻き毛の下で)』
初めて聴いた時、この歌のメロディーの美しさに惹かれました。
歌のタイトルや歌詞から「美しい巻き髪の女性」を慕う ロマンチックなラブソングだと思っていました。実際にこの歌の一番の歌詞をAIにイラスト化をさせてみたのが、カバーのイラストです。2番以降の歌詞のイメージ(AI作成)も以下の通りです。

しかし、この歌は実はラブソングに巧みに偽装した友への励ましのメッセージだったのです。その贈り先は、ロンドンに亡命中のカエターノ・ヴェローゾというブラジルのシンガーソングライター。「巻き毛」はガールフレンドのものではなく、若き日のカエターノのトレードマークを暗示したものでした。
カエターノ・ヴェローゾの歌唱による『Debaixo dos Caracóis dos Seus Cabelos』
たぶんこうだったんじゃないか劇場
トロピカリアの熱狂と光

カエターノ・ヴェローゾは、ジルベルト・ジル(イラスト右)らと共に、ブラジルの伝統音楽と海外のロックやポップスを融合させた革新的な文化運動「トロピカリア(Tropicália)」の中心人物でした。
トロピカリアは必ずしも直接的な政治批判をしていたわけではありませんが、その自由奔放なスタイル、既存の道徳への挑発的な態度により軍事政権から「秩序を乱す危険分子」「アナーキスト」として目を付けられました。
軍事政権の影(AI-5の発令と逮捕)

軍事政権により、国民の権利は制限され、検閲が強化され、政治的な反対派や「体制転覆的」とみなされた人物への逮捕、拷問、弾圧が合法化されました。(「制度令第5号(AI-5)」)AI-5発令直後の1968年末、カエターノとジルベルト・ジルは明確な容疑もないまま突然逮捕・投獄されました。
ロンドンへの亡命

数ヶ月の監禁と自宅軟禁の後、1969年に事実上の国外追放処分となり、彼らはイギリスのロンドンへ亡命しました。
ロンドンのアパートでの再会

「ブラジルの恋人」と呼ばれ、国民的大スターだったロベルト・カルロスは、政治的な発言を避けていたこともあり、比較的自由に海外渡航ができました。1970年、ロベルト・カルロスはレコーディングのためにロンドンを訪れ、亡命生活を送っていたカエターノ・ヴェローゾを訪ねました。
巻き毛(Caracóis)

そこでロベルトが見たのは、寒く灰色のロンドンで、ホームシックと孤独に沈んでいる友人の姿でした。カエターノのトレードマークである長くカールした髪(caracóis)を見ながら、カエターノの悲しみに深く心を動かされたロベルトは、カエターノを勇気づけたいと考えました。
名曲の誕生

ロベルト・カルロスは、ブラジルへの帰国後、エラスモ・カルロスと共に、カエターノへの友情と励まし、そして「いつか必ず故郷ブラジルに帰れる」という希望を込め、この歌『Debaixo dos Caracóis dos seus cabelos(あなたの巻き毛の下で)』を作曲しました。(作詞:エラスモ・カルロス)
真実を知って歌詞を読み返すと、全く違う風景が見えてきます。
軍事政権下、カエターノ・ヴェローゾへのメッセージをそのまま歌にすることはできませんでした。ロベルト・カルロスは当局の目と耳を欺き、この名曲をヒットさせました。
白い砂浜への帰還

「Pisando a areia branca / Que é seu paraíso」 (あなたのパラダイスである、白い砂浜を踏みしめて)
そして、ついに夢が叶う日が訪れます。カエターノ・ヴェローゾがロンドンでの亡命生活を終えて、ブラジルに完全に帰国したのは1972年です。
ロンドンのコートを脱ぎ捨て、ブラジルの白い砂浜に立ち、満面の笑みを浮かべるカエターノ。彼が「パラダイス」と呼んだ場所に再び足を踏み入れた瞬間です。
数あるカバーの中でも、私のお気に入りは日系ブラジル人シンガー、フェルナンダ・タカイによるバージョンです。オリジナルよりも少しアップテンポで軽快なアレンジが、この曲の持つ「希望」の側面に光を当てているように感じて、とても心地よいのです。
余談ですが、彼女のライブステージには、丸い装飾の中に一つだけ、漢字で「高井」と記されたものがあります。見つかりますか?そんな彼女のルーツへのちょっとした遊び心も素敵ですよね。ぜひ、歌声も聴いてみてください。
ブラジルのコンサート映像を見ていると、この曲のように世代を超えて愛され、会場全体が大合唱となる名曲がいかに多いかを感じます。若い世代にとっては生まれるずっと前の「懐メロ」であっても、親や祖父母の世代と肩を並べて、同じ想いで歌うことができる。
それは本当に素晴らしい音楽文化だと思います。
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