それぞれの心理学〜必要なのは再起動?それとも初期化?〜
生きる限り、どの人の人生にも苦難は降り掛かります。
生まれてから天寿を全うする其の時まで一度たりとも苦しむことも無く、困難や災難にも見舞われない人は、おそらく居ないと思うのです。
降り掛かった苦難は、学校や職場の人間関係か、受験の失敗か、はたまた失恋か、離婚か、失業か、それとも病気か、多種多様、種々様々有ると思います。
様々有りますが、苦難に見舞われた時、人の心は千々に乱れます。
いつも記事の中でお話ししている、生きづらさ、など抱えていない健康的な心理状態の人であっても、
苦難に見舞われた時、心は乱れます。
苦難が余りにも大きければ、心に不調を来します。
そんな時、生きづらさを抱えていない人、であっても心を立て直す必要があります。
休養…、必要です。
気分転換…、大切でしょう。
それでも足りなければ、心のこと、についての本を読んでみるのも良いでしょう。
苦難に見舞われて普段は読まない、心のこと、に関する本を手にしたことが、その人の人生観を変えることさえあり得ます。
躓いた其の人が、再び立ち上がる契機になるのであれば、
心理学の本でも良いし、自己啓発や宗教、思想やスピリチュアルでも構わない、と思うのです。
極端な言い方をすれば、生きづらさを抱えていない人が降り掛かった困難によって心が乱れているのであれば、
乱れた心を整え、立て直すことさえ出来れば方法は何でも良い、と私は思います。
勿論、手にする本が劣悪なもの、触れる情報が悪質なものでは、何のきっかけにもなりませんから、取捨選択は必須ですが、
生きづらさを抱えていない人、であるならば、心に揺るがざる安心感を持っています。
自分という存在に対する安心感、自分には価値が有るという安心感、です。
それは根源的なものであり、その根源的な安心感が有る限り、
余程の劣悪な方法を選択しないなら、立て直しは比較的難しく無く、
時間の経過に任せていても、自然治癒的に心を立て直すことが出来る場合が多くあります。
では、生きづらさを抱えている人、が苦難に見舞われた場合はどうでしょうか?
そもそも生きづらさを抱えている時点で、
それは、生きる、ということに決して、益、にはなり得ない重たい荷物を背負っている、ということです。
生きること自体が既に、苦難、なのだと言えます。
だからいつも苦しいのです。
安心感などある筈も無く、心の奥底では、
自分という存在に対する疑念が渦巻いています。
自分には価値が無い、という信念にも似た固い思い込みが横たわります。
自分という存在が信じられず、そんな自分は無価値である、と結論付けています。
根源的に不安なのです。
乱暴な表現をするならば、生きづらい人は、生きる上で心理的には、マイナス地点に立っています。
そこに実社会での苦難というマイナスが加われば、マイナスはどんどん大きくなる一方です。
先に述べました、時間の経過に任せて自然治癒、とか、どんな方法でも構わない、といった、
生きづらさを抱えていない人、に当てはまることが、
生きづらさを抱える人、には一切当てはまりません。
心が不調に陥っているということについては同じでも、
生きづらさを抱えていない人、つまり、
根源的な安心感を持っている人、と、
生きづらさを抱える人、即ち、
根源的な不安感に苛まれる人、とでは、
原因から取り組み方から、全て違う、ということなのです。
「過去に囚われず、今ここ、を生きなさい」という言葉が真理であり、
その真理の言葉が、根源的な安心感、を持つ人には生きる助けになり、心を立て直すキッカケになったとしても、
根源的な不安感に苛まれ、生きづらさを抱える人、は、
既に過去に囚われているから苦しいのです。
今ここ、を生きようにも、どうにも生きられないから、苦しんでいるのです。
泳ぎ方を知っている人に「あの島まで泳げばいいんだよ」と教えてあげるのは助けになります、が、
泳ぎ方を知らない人が教えられた通りに「そうかあの島まで泳げばいいんだな」と海に飛び込んだなら、溺れてしまいます。
泳ぎ方を知らない人は先ず、泳ぎ方を知る必要があるのです。
スマートフォンの調子がおかしくなった時、ちょっとした不具合なら、最近インストールしたアプリをアンインストールして、再起動すればスマートフォンは復旧します。
けれども重大な不具合があり、オペレーションシステム(OS)がダメージを負っている場合、何回、何百回、再起動を掛けてもスマートフォンは復旧しません。
そればかりか度重なる再起動はスマホのシステムに過剰な負荷を掛けることになってしまいます。
その場合、やるべき事は再起動では無く、一旦スマホを工場出荷時の状態に戻す初期化です。
生きづらさを抱え、根源的な不安に苛まれる人は、過酷な幼少期を過ごし、心が傷だらけになっています。
つまりOSが甚大なダメージを負っています。
心に根源的な安心感を携える人は、不調を来す原因となった出来事をアンインストールし、「今ここ、を生きよ」という真理の言葉で再起動を掛ければ心の、立て直し、は完結しますが、
根源的な不安感に苛まれる生きづらい人は、
工場出荷時に、OSに負った甚大なダメージつまり、
過酷な幼少期に負った心の傷を辿り紐解き初期化した上でもう一度心を、育て直す、ことが必要です。
心が不調を来した時、
根源的な安心感を持つ人は、
再起動して、
心を、立て直し、ますが、
根源的な不安感に苛まれる生きづらい人は、
一旦、初期化して、
心を、育て直し、ます。
過去の原因に囚われるな、
未来を見据え、目的を見定め、
今を精一杯生きよ。
真理なのだと思います。
けれども生きづらい人は、
既に過去に捕まって、
目的が見えなくなって、
今を生きられないから苦しいのです。
根源的な安心感がある人には、
その人の、
根源的な不安感に苛まれる人には、
その人の、
それぞれの心理学がある、と私は思っています。
だからこそ、
自分の心の在り様を、
しっかりと掴むこと、が始まりです。
掴んだなら、
立て直すのか、
育て直すのか、
進むべき方向は、
必ず見えて来るのです。
読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。
伴走者ノゾム
