良い人をやめたい日
職場に、遅刻や当日欠勤が多い方がいる。
少なくとも月に2〜3回、多い時は週一で遅刻や当日欠勤をする。
最近なくなってきたな、と思っていると、忘れた頃にまたする。ガッカリする。
彼女が休むと、彼女の仕事が次から次へと私に回ってくる。自分の仕事が全く手につかない。
最初は、仕方ないよね大変だもんね、と我慢していたが、もう3年間ずっとこうだ。
グッと堪え仕事を処理するのも、もう限界だ。
今度こそ良い人をやめよう。
明日出勤してきたら、盛大に嫌味を言ってやろう。彼女が休んだ日は、そういう決意を胸に抱く。
私は本当は良い人ではないけれど、良い人っぽい行動を意図的にすることがある。
良い私は、良い人間であるために、悪い私に操作されている。
悪い私は、こういう行動をしたら良い人に見えるよ、と教えてくれる。
その悪い私のおかげで、これまで人間関係に困ったことはあまりない。かなり優秀な悪い私だ。
私という人間は、三人で構成されている。
悪い私、良い私、そしてその二人を客観的に見ている私だ。この中で最も権力があるのは、悪い私。
基本的には良い私が表に出ていて、後ろで悪い私が操作をしている。
そのまた後ろに、客観視している私がいる。
客観視している私は、今noteを書いている私だ。
「情けは人のためならず」という言葉が好きだ。
結局私は、自分のためにしか生きられないし、
自分のためにしか人に与えることができない。
この言葉は、そういう汚い私を肯定してくれているような気持ちになる。だから好きだ。
悲しい人生だと笑われても、仕方がない。
できないものは、できない。
心を疲れさせてまで、相手のために良い人である必要はあるのだろうか。
彼女が休んだ日は、こういう疑問を抱きながら家に帰る。
これを書いているということは、今日もそうだ。彼女は仕事を休んだ。
そんな気持ちを抱えたまま家に帰ると、何も知らない夫が、プロ野球速報を教えてくれたり、新たに仕入れた健康情報を共有してきたり、新発売のガチャガチャのキーホルダーの話をしてくる。
夫の話を聞いていると、びっくり仰天。
今日の嫌だった気持ちをすぐに忘れられる。
好きな人との30秒のハグは、幸せホルモンにより、約3分の1に軽減される、とどこかで聞いたことがある。
私にとって、夫が家にいる生活は、ハグがなくとも、ストレスを解消してくれているのだと感じる。
そして、夫のくだらない話によって、明日には言おうと思っていた嫌味は、全て忘れる。
遅刻欠勤マンの彼女は、夫に間接的に助けられているのだ。私の夫に感謝してくれたまえ。
悪い私が前に出てくる前に、私が彼女を傷つけてしまう前に、そんな彼女を野放しにしているような会社を、私は早く辞めなくてはならない。
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