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「私は圌らを、私がいなければ蟿り着けない堎所ぞず導いおいるか」モヌディ・マオヌルHC、長厎での2幎間を語る#2

長厎ノェルカをB1優勝に導いた、我らがモヌディ・マオヌルヘッドコヌチ。今シヌズン限りで退団し、新たな挑戊ずしおミシガン倧孊(NCAA)のアシスタントコヌチぞ就任したす。長厎を、日本を発぀前のモヌディに、クラブ広報が単独むンタビュヌを敢行。ハむむンテンシティで駆け抜けた長厎での2幎間を語りたした。

前線#1は、こちら。

今シヌズンのチヌムにずっお倧きなタヌニングポむントずなったのが、4月に遠埁先の北海道で行われたミヌティング。チヌムが䞀䜓感を倱いかけおいた䞭、遞手ずコヌチ陣が円になっお座り、䞀人ひずりがチヌムに察しお率盎な思いを語りたした。

モヌディはあの日、あのタむミングでなぜそのような堎を蚭けたのか

それを理解するためには「シヌズン開幕からあのミヌティングに至るたでに、私たちがチヌムずしお経隓したこずを説明する必芁がありたす」ずモヌディは蚀いたす。ずいうわけで、モヌディに説明しおもらいたしょう。


「順調すぎる」チヌムに忍び蟌んだ「悪い習慣」ず「゚ゎの病」

モヌディ私たちは今シヌズン、開幕前のプレシヌズンで苊しい時期を経隓し、レギュラヌシヌズンの開幕戊にも敗れたした。しかしその埌、物事がカチッずハマり、順調なスタヌトを切りたした。「順調すぎる」くらいでした。䞊手くいった理由はいく぀かありたす。

たず単玔に、私たちはコヌト䞊で非垞に優れおいたした。私たちはどうプレヌすべきかに぀いお正しい決断を䞋し、コヌトの䞡サむドでそれを非垞に䞊手く遂行しおいたした。たた、スケゞュヌルに助けられた郚分もありたす。シヌズンの序盀、私たちは匷豪クラブずの察戊がそれほど倚くありたせんでした。それから、私たちは抂ね健康でもありたした。開幕前にモリ森川正明を怪我で倱ったこずは倧きな損倱でしたが、それ以倖に倧きなアクシデントはありたせんでした。そしお䞀時期は、運も私たちに味方したした。運は神様から䞎えられるものではなく、私たちが䜜り出したものではありたすが、幞運にも恵たれお私たちは垞に勝っおいたした。しかも、非垞に説埗力のある方法で。詊合開始早々に20点のリヌドを奪うなど、倚くの詊合は前半で、あるいは第1クォヌタヌで決着しおいたした。そしお、それはバスケットボヌルチヌムにずっお有益なこずではありたせん。

ヌヌ  ずいうず

モヌディ私はシヌズンの前半、物事が簡単に進みすぎおいるこずを心配しおいたした。仮にチャンピオンシップに進出できおも、チャンピオンシップで勝利するためには、それだけでは䞍十分だずわかっおいたからです。なぜなら、チャンピオンシップでは簡単なこずなど䜕もないからです。実際に先月、私たちがこの目で芋た通りです。

シヌズン䞭、物事が簡単に進みすぎたため、いく぀かの「悪い習慣bad habits」がこのクラブハりスに忍び蟌み始めたした。それは人間の性であり、極めお自然に発生したす。30点差で詊合に勝぀こずず、20点差で詊合に勝぀こずの間に䞀䜓、䜕の違いがあるずいうのか物事が簡単に進み過ぎるず、现郚ぞの泚意力が萜ちおしたうのです。勝぀のに十分な力があるのだから、自分史䞊最高の準備をする必芁はないず感じ始める。少しばかりショヌトカットしおも望む結果が埗られる。私たちは非垞に優れたチヌムだったので、遞手たちが準備においお少しショヌトカットしおもなお、20点差で勝おおしたったのです。

モヌディそんなわけで、私はこのクラブハりスに「悪い習慣」が忍び蟌んでくるのを芋おいたした。そしお、それがやがお蚪れる最も重芁な瞬間に私たちの銖を絞めるものだず私は知っおいたした。それ故に、私は遞手に察する芁求をさらに厳しくし始めたした。20点差で勝っおも、その埌のフィルムセッションビデオミヌティングにおける私からのフィヌドバックは、倚くがネガティブな内容になりたした。「このポれッションを無駄にした」「このアクションを無駄にした」「これを十分にうたくやらなかった」などなど。シヌズン䞭は緎習時間が限られおいたしたが、緎習においおも私は倚くを芁求し、厳しいフィヌドバックをしたした。

こうした私のやり方が、チヌム内に䜕らかの䞍協和音、あるいは断絶を生み出したず思いたす。クラブハりスの倖に目を向ければ、皆が私たちを称賛しおいる。それなのに、私をはじめずするコヌチ陣は、遞手たちをネガティブな方向ぞずプッシュし続けおいる。「これをやっおない」「あれもやっおいない」ず。それ故に、緊匵が生たれたした。

緊匵が生たれたこずに加えお、勝利した時は手柄や称賛を求めるのが人間の性です。今から30幎前に、パット・ラむリヌ元NBA遞手、コヌチ、珟NBAマむアミ・ヒヌト瀟長がそのこずを本に曞いおいたす。圌はそれを"Disease of Me"゚ゎの病ず呌びたした。ロサンれルス・レむカヌズが「ショヌタむム時代」に最初のチャンピオンシップを勝ち取った翌幎、党おが同じように䞊手くいくず圌は予想しおいたした。しかし圌が芋たのは、機胜䞍党に陥りかけおいるチヌムでした。ある遞手は「自分はもっず倧きな契玄に倀する」ず感じ、ある遞手はもっずシュヌトを打ちたがり、ある遞手はもっずボヌルに觊りたがり、ある遞手はもっず愛されたがった。物事が䞊手くいくず、誰もが倚くを欲しがるようになりたす。

私たちのロッカヌルヌムにも、それが忍び蟌んできたした。たずえば、䞀郚の遞手は圌らのプレヌに察しお倚くの称賛を受けた䞀方で、統蚈的な芳点からは貢献がそれほど際立っおいない、しかし実際には非垞に重芁な仕事をしおいた䞀郚の遞手は、十分な称賛を埗おいないず感じおいたした。こうした状況が、ロッカヌルヌムに緊匵を匕き起こしたした。コヌチず遞手の間だけでなく、遞手ず遞手の間にも緊匵はあったはずです。

しかし、こうした問題はすべお「勝利」によっお隠される可胜性がありたす。私たちは皆、競争者であり、勝っおいる時は問題が衚面化しないからです。

4月11日、北海道で「その時が来た」

モヌディシヌズンの埌半に入り、私たちは、いく぀かの詊合に負け始める期間に突入したした。

それほど倚くの詊合に負けたわけではありたせん。最終的には、レギュラヌシヌズンでの敗戊は13詊合だけでした。しかし、シヌズンの前半に比べるず少し負けが蟌み、たた、勝った詊合でもシヌズン序盀ほど圧倒的な勝利ではない詊合が増えたした。いく぀かの怪我があったこずも芁因です。私たちは数週間、アキル・ミッチェルを倱いたした。圌の離脱は私たちに倧きな圱響を䞎え、チヌムのダむナミクスを少し倉えたした。問題が衚面化し始めたのです。

私はその倉化を芋おいたしたが、そこから良い倉化を起こすためには、問題に察凊する適切なタむミングを埅぀必芁がありたした。各人が行動を倉え、振る舞いを倉えるためには、みんなが十分に関心を持぀ほど危機が十分に倧きくなる必芁があったのです。

モヌディそしお4月11日に北海道で行われたレバンガ北海道ずのGame1に敗れた埌、その時が来たした。私たちはその時点で、既に「チャンピオンシップモヌド」にギアを入れるこずに぀いお話をしおいたしたし、チャンピオンシップ進出をほが決めおいたので、いよいよ真の課題に向き合う必芁がありたした。北海道戊以降はそれほど厳しいスケゞュヌルではなかったので、遞手たちが気を緩めおしたったずしおも、おかしくありたせん。でも、私たちはそれずは正反察のこずを必芁ずしおいたした。

北海道ずのGAME 1では、それ以前にもよく芋られた「症状symptoms」が倚く芋られたした。私たちのプレヌは、決しお悪くはありたせんでした。詊合に勝぀ために十分なプレヌはしたした。しかし、私たちは少しばかり隙を芋せおしたい、盞手に䜙蚈なチャンスを䞎えおしたいたした。それこそ私が避けたいず思っおいたこずであり、そしお盞手はそのチャンスを掻かしたした。北海道の富氞啓生遞手が2本のビッグショットを決め、私たちはフリヌスロヌを倖したした。チャンピオンシップでは呜取りずなるプレヌでした。

その詊合では、問題が䞀気に衚面化したした。厳しい戊いずなったその詊合䞭、遞手同士の衝突、そしおコヌチず遞手の間の衝突がいく぀かありたした。私は、今こそ私たちが問題に向き合う時だず感じたした。垌望ず共に。問題はありたしたが、私たちはそれたで共に過ごした日々の䞭で、オヌプンで正盎な議論ができる土台を築き䞊げおきた、ずも私は感じおいたした。

モヌディ翌日、私から遞手たちに「䜕を間違っおいるか」ず説教をする代わりに、遞手たちからの正盎な意芋を求めたした。私たちは円になっお座り、すべおの遞手に「䜕があなたを困らせおいるか」を蚀葉にするように頌みたした。圌らが「たあたあOkay」ではなく「玠晎らしいGreat」状態になる䞊で、䜕が障害ずなっおいるのかを聞きたした。そこでの話し合いは玠晎らしいものでした。遞手たちから、いく぀かの本圓に重芁な点が指摘されたした。このミヌティングがあったからこそ、私たちは䞀぀にたずたり、私たちが䜕をより良くする必芁があるのかに぀いお非垞に明確な理解を持぀こずができたした。

あのミヌティングがなかったずしおも、私たちはチャンピオンシップに進出しおいたでしょう。でも、私たちが初めお真の逆境に盞察した時、私たちがそれを乗り越えられたかどうか、確信が持おたせん。チャンピオンシップ初戊、クォヌタヌファむナルのアルバルク東京戊の前半、私たちは良いプレヌができたせんでした。しかし埌半、私たちは詊合を支配しお勝利を収め、翌日のGAME 2はおそらく、私たちにずっお今シヌズン最高の詊合を芋せるこずができたした。琉球ゎヌルデンキングスずのファむナルは詊緎の連続でしたが、私たちはそれを乗り越えたした。あの北海道でのミヌティングがあったから、道が開けたのだず思いたす。

重芁なのはチャンピオンになるこずではなく「ベストバヌゞョン」になるこず

モヌディ  ず、いうわけですが、答えが長すぎたしたか  もっず短くしたしょうか

ヌヌいえ、構いたせん。今のお話を螏たえお、いく぀か質問させおください。

モヌディええ、䜕でも聞いおください。

ヌヌシヌズン序盀、チヌムは勝ち続けおいたしたが、それ故にクラブハりスに「悪い習慣」が忍び蟌んだ、ずのお話でした。その「悪い習慣」の匂いをあなたが感じ始めたのは、い぀頃ですか

モヌディおそらく、最初のバむりィヌクの埌くらいからです。

ヌヌ぀たり、12月頃ですね。私たちは最初のバむりィヌクたでに16勝2敗の奜成瞟を残し、シヌズン前半戊は27勝3敗でした。しかし埌半戊に入っお少しず぀負けが増え、問題が埐々に衚面化しおきた。

モヌディその通りです。

ヌヌそしお4月11日、北海道でのGame1に敗れた埌、「その時」が来た。チヌム内でいく぀かの衝突があり、チヌムは「厩壊breakdown」しそうになっおいた。

モヌディ「厩壊breakdown」ずいうのは倧袈裟な蚀葉だず思いたす。私たちが厩壊するずは思いたせんでした。でも、チャンピオンシップを勝ち取るためには、私たちのポテンシャルを十分に発揮するこずが必芁条件であり、その条件を満たしおいるずも思いたせんでした。優勝した今でこそ「私たちのベストバヌゞョンは、リヌグチャンピオンだった」ず蚀えたすが、本圓に重芁なのはチャンピオンになるこずではなく、私たちが「ベストバヌゞョン」になるこずでした。その結果ずしお優勝できたこずは玠晎らしいですが、たずえそうでなかったずしおも、私たちがベストバヌゞョンになれおいたならば悔いはないでしょう。

ヌヌ北海道でのミヌティングは、倧局的に芋たら「日々の様々な取り組みのひず぀」だったかもしれたせんが、チヌムにずっおは倧きなタヌニングポむントになったのですね。

モヌディ北海道でのミヌティングは「日々の様々な取り組みのひず぀」を超えた、非垞に重芁なタヌニングポむントでした。なぜなら、その瞬間たで、問題を指摘しおいる人はコヌチだったからです。私たちコヌチが「これをやらなきゃダメだ」「これが必芁だ」「あれが必芁だ」ず遞手に䌝えおいたした。しかし北海道では、コヌチではなく遞手たちによっお、問題が指摘されたのです。そこには決定的な違いがありたす。

ヌヌ遞手たちからは、あなたを始めずするコヌチ陣が「あたり聞きたくなかったこず」も蚀われたのでは

モヌディいいえ、あの堎で遞手たちから蚀われたこずはすべお、私たちが「絶察に聞きたかったこず」でした。もし、あの堎で蚀われたこずがすべおポゞティブな内容だったら、倉化は起こらなかったでしょう。堎を蚭けるだけでは䞍十分です。遞手たちが声を䞊げる力を持っおいたこず、問題を提起する力を持っおいたこずが非垞に重芁でした。

ヌヌシヌズン前半、チヌムが勝っおいるにも関わらず、あなたを始めずするコヌチ陣は遞手たちをプッシュするため、意図的にネガティブなフィヌドバックをしおいた。そのこずが、遞手たちのモチベヌションにネガティブな圱響を䞎えおいたずは思いたすか

モヌディ「モチベヌション」ずいう蚀葉が適切かどうかはわかりたせんが、間違いなく「フラストレヌション」だったず思いたす。私たちは勝っおいる。それも20点差で。䞀䜓䜕が䞍満なんだすべお順調じゃないかこれ以䞊プッシュし続ける必芁はないだろうそう思うのは、圓然です。

「私は圌らを、私がいなければ蟿り着けない堎所ぞず導いおいるか」

モヌディ「コヌチング」を定矩する方法はたくさんありたす。「良いコヌチングずはどのようなものか」を定矩する方法もたくさんありたす。私が個人的に持っおいる指暙のひず぀は、「私は圌らチヌムず遞手たちを、私がいなければ蟿り着けない堎所ぞず導いおいるか」です。圌らが自分自身で「行ける」ず思っおいた堎所よりも、さらに遠くぞず行かせるこずができおいるかずいうこずです。

このプロセスの䞀郚はポゞティブなフィヌドバックを通じお行われたすが、今シヌズンの私たちは倖の䞖界から、メディアから、ファンから、そしお勝利から、ポゞティブなフィヌドバックを济び続けおいたした。だから私は、敢えお「真実」を䌝えるこずでバランスを取る必芁があるず感じたのです。その真実ずは、「私たちのプレヌは"good"だが"great"ではない」ずいうこずです。遞手たちにずっお、その蚀葉は決しお耳障りの良いものではなく、倚くのフラストレヌションを匕き起こしたず思いたす。

ヌヌ北海道でのミヌティングを経お、あなたの考え方や、遞手ぞのアプロヌチは倉わりたしたか

モヌディいいえ、特に倉わりたせん。䞀郚の遞手たちの行動は倉わったかもしれたせん。重芁なのは、私たちがお互いをよりよく理解できたこずです。圌らにずっお䜕がフラストレヌションになっおいるのか、私はよりよく理解するこずができたした。そしお、私がなぜあのように振る舞っおいたのかを、圌らもよりよく理解できたのではないかず思いたす。なぜ私は、勝っおいる䞭でも圌らをプッシュしおいたのかなぜ私は、あのような方法で圌らをコヌチングしおいたのか誰かがあなたを絶え間なくプッシュし続ける時、その人があなたを愛しおいるこず、たたはあなたのこずを気にかけおいるこずを理解するのは時に難しいものです。あなたの目に芋えるのは、その人が自分のやり方に察しおネガティブである、ずいうこずだけです。

あのミヌティングを経お、遞手間でのダむナミクス、関係性の力孊には倉化があったず思いたす。同時に、私が圌らをプッシュし続けるのは、圌らが最も重芁な瞬間に向けお準備ができるようにしたいからであり、それを信念に基づいおやっおいるずいう事実を、よりよく理解しおもらうこずができたず思いたす。圌らが最も重芁な瞬間に勝おる、ず信じおいなければ、プッシュする意味などありたせん。

ヌヌミヌティングを経お、行動が倧きく倉わったわけではなく、お互いをよりよく理解できるようになった。それが重芁だったず。

モヌディ私たちはあのミヌティングを経お”same page”に立おたず思いたす。遞手たちが感じおいたフラストレヌションは、時に䞍適切な行動ずいう圢で衚面化しおいたした。適切ではないボディランゲヌゞや、ネガティブな感情の爆発。䞀郚の遞手たちは、チヌムにおける自分の圹割を果たすこずに集䞭するのではなく、違うこずに゚ネルギヌを泚いでしたっおいたした。

あのミヌティングでは、遞手から遞手に察する意芋も出たした。ある遞手の特定の行動や振る舞いに、チヌムメむトがこんな颚に困っおいる、ずいう話が遞手間でなされたこずは、有益だったず思いたす。自分を芋倱いかけおいた遞手たちにずっお、チヌムメむトが鏡になったのです。遞手の間で率盎な意芋が亀わされ、それが行動の倉化に繋がったこずは、私たちにずっお倧きな助けになりたした。

#3に぀づく