【日記】江戸川乱歩の夢が見たい
⚠️この記事は江戸川乱歩作品の内容や解釈について触れています。
先週から、江戸川乱歩にハマっている。そもそものきっかけは、パートナーから勧められたこと。眠れぬ夜に文学作品の朗読を聴いているそうで、その中で知った、江戸川乱歩の『孤島の鬼』を勧めてくれた。そうしていくつか作品に触れ、完全に魅了されてしまった。
これまでに、『人間椅子』『押絵と旅する男』『孤島の鬼』『人でなしの恋』『二銭銅貨』『パノラマ島奇譚』の6作品を読んだ。私は昔の文学作品に触れたことがほとんどなく、文体に苦手意識があった。それでも、乱歩は読みやすかった。難しい漢字はあるけれど、ひとつの句を塊として認識して読んでいくと、すらすらと読める。文体が淡々とはっきりしているような気がする。例えば、私が大好きな別の作家・恩田陸と比べても大きく異なる。このような文体が、次の段落で書く「美」を際立たせている。そして「語りの導入」というか、語り手が読み手に「今はこういう状況ですよ」「ここはこういった都合でこう書きますよ」と示してくれる部分が多く見られる。そのようなわけで、私は乱歩ワールドにぐいぐい吸い込まれていった。
もちろん、話の内容や出てくるモチーフも私の好みど真ん中に突き刺さった。手に取る前、乱歩は「エログロ」のイメージだった。「ヴィレッジヴァンガードにおいてそう」だとか。実際に読んでみると、そんな風には思わなかった(ヴィレヴァンに置いてそうなのは正しいかもしれない)。それよりも、乱歩の作品は「究極の美」と表す方が私にはしっくりくる。描写によってはエロチックと言える部分もあるけれど生殖に直結していないような気がして、そこが性的な生々しさを超えた美に繋がっているんじゃないかと考えた。グロテスクな部分は、純度の高い興味や欲望から生まれたものであるように感じる。全体を通して「性」そのものより、美・欲望・フェティシズム・執着みたいなものが描かれているところが好き。それらは安納芋のようにねっとりしていて、とても食べ応えがある。毛で例えるなら指毛(乱歩)と陰毛(ド直球の性)くらいの違いがある気がする。変態的だなとも思うけれど、10代から20代前半にかけてサブカル文化に浸かりきっていた私にとっては、心が満たされ高揚すらも覚えるものだった。

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『パノラマ島奇譚』に出てくる島の描写を読んで、この絵画を思い出した。世界史の資料集で知って、記憶に残っているもの。私はこれを美しいと思う。この美を好むような人には、乱歩は合うかもしれない。現在進行形で他の作品を読み進めている。私は『孤島の鬼』がいちばん好きだ。青空文庫アプリで勢いよく読み進めたので、また紙の本で丁寧に読み直したい。あとは2015年の舞台DVDと、漫画版を購入したい。全ての作品を読み尽くしたい。味わい尽くしたい。ああ、毎晩目を閉じるたびに乱歩ワールドのような夢が見られたらいいのに、そんなことすら考える。でも現実はそう上手くはいかない。きっと自分の頭にないものは再現されないのだ。乱歩の頭の中をのぞいてみたい。そんなことを思いながら、今夜もまた文字をなぞる。

(※個人制作・非売品)
参考にした書籍:角川ホラー文庫『孤島の鬼』
