さよなら電話ボックス
「僕の昭和スケッチ」329枚目

電話ボックス、見かけなくなりましたね〜
昔はどこにでもありました。
街なかだといくつも並んでいるものもありました。
上の絵のように公園の脇にもあったりしました。
ちょっと長電話になって、ふと外を見ると順番を待って並んでいる人を見つけて、「すいません」なんて会釈することもあったりね(笑)
中にはちょっと汚い電話ボックスもあり、受話器に触れるのをためらうようなこともありました。受話器がベトベトしているような感じで、、、僕が、神経質なのかな(笑)
調べてみると、公衆電話の始まりは、1900年(明治33年)ごろとされています。夏目漱石が「坊ちゃん」を発表したのは明治39年ですから意外に古くから公衆電話はあったわけです。
そのころの公衆電話は自働電話と呼ばれ、駅の構内などにおかれていたとのことです。やがて屋外にボックス型(木製)の公衆電話が設置されていくのですが、都市部だけのことだったようです。
現在かろうじてかろうじて見ることができるガラス窓のついた鋼鉄製の電話ボックスが始まったのは、1950年代のことと記録があります。戦後ですね。これが、公衆電話の全自動化の時代の始まりです。つまり、交換手を介さずに初めて自分でダイヤルして通話できるようになったということです。
このころは家庭にまだ電話がない家も多く、公衆電話ボックスは「みんなの電話」として重要な役割を果たしていたのです。
<余談ですが、僕の10歳ほど年上の従兄弟は若い頃、公衆電話ボックスから電話局に電話をして交換手の女性をナンパしていたという強者です(笑)>
<©2026もりおゆう この絵と文は著作権によって守られています>
(©2026Yu Morio This picture and text are protected by copyright.)
