「見返りを求めない」本当の意味

親切にしたのに、期待した見返りがないことにモヤモヤしたことはありますか?

または、他の人から頼まれていないにの、色々親切にされて「こんなにしたのに、何も返さないなんて薄情な人ね」とか嫌味、文句を言われたことはありますか?

成功するためには、テイカーでもなく、マッチャーでもなく、ギバーにならなければならない。

アダム・グラントさんの本が有名ですが、それに限らずよく成功哲学で話されることです。

経済的な成功に限った話ではありません。

見返りを求めずに、人に対して親切にしたり、愛を与えて自分も満たされたら、どれだけ素敵なことでしょうか。

しかし、そんなことを思いながらも

「都合良く搾取されたくない」
「損したくない」
「裏切られたくない」

そう思うと、見返りを求めず
与え続けられないというのが
現実ではないでしょうか?

もし、悩んでいるなら、
今日の話は生きやすさのヒントになるはずです。

シンプルにいきましょう。

自分が思ったようにやってください。

見返りを求めたいなら求めてください。

別に見返りを求めていないなら、
自分が自分を好きでいるために
やったことでしょうから、それでいいのです。

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純粋に自分がやりたいことを
やればいいのです。

やりたくないことは
やらなければいいのです。

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価値提供しなければ「ならない」というのは
思い込みです。

私も長年囚われていました。

・価値提供しなければ、自分は愛されない
・価値提供しなければ、認められない
・他人に親切にしなければ、嫌われる
・嫌われないためには、見返りを求めてはいけない

かなり根深いものがあったと思います。
(だいたいは幼少期から成長過程のおいての原体験)

しかしながら、それは
自分の人生ではなく他人に心の主導権を奪われて
生きていたのと同義だったのかもしれません。

親切にしたければ、親切にすればいいし、
対価が欲しければ、遠慮なく対価を求めましょう。

もちろん、それで断られても
自分には価値がないとか思う必要はありません。

相手には相手の自由があるだけですから。

・相手が裏切るかもしれない。
・自分を利用するかもしれない。
・世の中は不条理に満ちている。

「それでもなお、私は●●な人間として生きる。
なぜなら、それが私自身の美学であり、
私が私自身を誇るための規律だからだ」

そう思える生き方をすれば、
驚くほど今日を生きやすくなります。

子供心を思い出し、
やりたいことを明確にして達成できるよう
今日1日を全力で生きるのです。

その積み重ねが大事だと私は思います。

※今後も過去の自分が知りたかった役立つ記事を書いていきます。 (いいね。フォローをいただけると励みになります)

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