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女系天皇とは誰のことか——「本人の性別」と「継承経路」を混同してはならない


旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案と、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する案。この二つが「立法府の総意」として取りまとめられて以来、国会の内外でさまざまな議論が交わされている。その中で繰り返し聞こえてくるのが、「女性天皇と女系天皇は何が違うのか」という疑問だ。

この違いを理解しないまま議論を進めると、話はどこまでも噛み合わなくなる。だからここで一度、丁寧に整理しておきたい。

本人の性別の話と、継承経路の話

多くの人がこの二つを混同してしまう理由は、おそらく一つの思い込みにある。「同じ女性が天皇になるのだから、女性天皇と女系天皇は同じことを別の言葉で呼んでいるだけだろう」という思い込みだ。

しかし、これは違う。まず単純に整理すると、女性天皇とは、天皇になる本人が女性であるという話だ。これは、その方ご本人一代の性別を指している。女性の皇族が即位すれば、その方は女性天皇である。

一方、女系天皇とは、女性皇族から生まれた子供が天皇になる場合に問題となる話だ。ただし問題になるのは、その子の父親が皇統に属する男系男子ではない場合である。つまり、女性天皇ご本人の話ではない。次の世代の話である。

女性天皇は「本人が女性かどうか」の話であり、女系天皇は「その女性皇族から生まれた子供が皇位を継ぐかどうか」の話だ。この二つは、一代ずれている。

そのうえで、なぜ「女系」と呼ばれるのかを考える必要がある。女性皇族が、皇族ではない男性との間に子をもうけた場合、その子は父親側から皇統につながるのではなく、母親である女性皇族を通じて皇統につながる。その子が即位したとき、初めて女系天皇となる。

ここで歴史を確認しておきたい。歴史上、推古天皇や持統天皇、明正天皇、後桜町天皇など、八方十代の女性天皇が存在した。重要なのは、この八方全員が、父方をたどれば必ず歴代天皇に行き着く血筋——つまり男系——の女性天皇だったということだ。性別は女性でも、血筋は男系。女性天皇という言葉は、あくまで本人の性別を指しているのであって、血筋のあり方を指している言葉ではない。

つまり、女性天皇と女系天皇は、同じ種類の分類ではない。女性天皇は即位する本人の性別の話であり、女系天皇はその人物がどの継承経路で皇統につながるかという話だ。女性天皇ご本人が男系で皇統につながっているなら、それは女性天皇であって女系天皇ではない。女系天皇になるかどうかは、父方ではなく母方を通じて皇統につながる人物が即位したときに初めて問題になる。

この一代のずれを理解しないまま「女性天皇に賛成か反対か」「女系天皇に賛成か反対か」を同じアンケートのように扱ってしまうと、議論は永遠に噛み合わない。

この区別は、なぜ重要なのか

なぜこの区別がそれほど重要なのか。それは、女性天皇を認めることと、女系天皇を認めることが、まったく別の重みを持つ決定だからだ。

女性天皇を認めることは、歴史上すでに八方十代の先例がある以上、皇統の男系継承という大原則の中に十分に収まる。父方の血筋は変わらず歴代天皇に行き着くままだからだ。

しかし女系天皇を認めることは、これまで一度も例のない決定になる。父方をたどっても皇統に行き着かない人物が即位するということは、二千六百年余りにわたって守られてきた男系継承の原則そのものを書き換えることを意味する。これは「女性が天皇になれるかどうか」という話ではない。「天皇という地位が、特定の父系の血筋によって定義され続けるかどうか」という、まったく別の次元の話だ。

男系継承の本質は、女性差別ではない

ここでもう一つ、よく語られる誤解に触れておきたい。「男系継承は女性差別だ」という主張だ。

しかし実際の制度を仔細に見れば、この主張は逆を向いていることが分かる。男系継承という仕組みは、単純な女性排除としては説明できない。むしろ、血筋の外にいる男性を皇室の内側に入れない仕組みとして機能してきた。

皇族以外の女性は、皇族男子との婚姻によって皇族となり得る。皇后になり得るし、天皇の母にもなり得る。制度上、女性は婚姻によって皇室に入る道がある。

ところが男性は違う。日本人の男性であっても、皇族女性と結婚しただけでは皇族になれない。皇族女性の夫として皇室に入り、皇位継承の系統を作る道は、現行制度上は開かれていない。血筋の外にいる男性は、どれだけ皇族と縁を結んでも、皇統の内側には入れない。

これは、政治権力が皇室の権威を利用する道を閉ざすための仕組みでもある。もし女性皇族の夫が皇族になれるとすれば、政治的野心を持つ男性が婚姻を通じて皇室の権威に接近する道が開かれてしまう。その男性の子が将来皇位に就くなら、父として皇室の内側から影響力を持つ余地も生まれる。だからこそ、血筋の外にいる男性を皇族にしないという一線には、権威と権力を切り離す意味があった。

権威の象徴である皇統と、現実の政治権力とを切り離しておくために、血筋の外にいる男性を皇族にしないという一線が、長く守られてきた。これは女性を貶める仕組みではない。むしろ、女性は血筋の外からでも迎え入れられるという、性別による制約の少なさを示してもいる。男女平等という物差しでこの制度を測ろうとすること自体が、この制度の成り立ちを見誤らせる。

それでも変えるべきだという声の根拠

それでもなお、この仕組みを変えるべきだという声は根強い。その根拠として、しばしば世論調査の数字が持ち出される。「国民の多くは女系天皇や女性宮家に理解を示している」という形で、世論が制度変更の後ろ盾として語られる。

しかし、ここには注意が必要だ。

旧宮家の男系男子を養子に迎える案について、産経新聞とFNNの合同調査では賛成が57.7パーセントだった。ところが毎日新聞の調査では、同じ養子案への賛成はわずか36パーセントにとどまっている。

同じ制度案について、調査によって二十ポイント以上の開きが出る。これは、どちらかの調査が間違っているという話ではない。設問の作り方、選択肢の示し方、前置きの説明の仕方によって、世論調査の結果はこれほど大きく動くということだ。

この事実は、皇位継承という制度の根幹を、世論調査の数字を根拠に決めることの危うさを示している。皇位継承は、世論調査の数字だけで左右されてよい制度ではない。皇位は世襲であり、国会の議決した皇室典範に基づいて継承される。したがって、問われるべきは一時の調査結果ではなく、皇室の歴史と制度に整合する形で、国会がどのような法制度を整えるかである。

女性天皇本人と、その子供世代を混同しないこと

女性天皇と女系天皇は、別の世代の、別の話だ。この一線を曖昧にしたまま「女性も天皇になれるべきだ」という主張と「女系天皇を認めるべきだ」という主張を一緒くたに扱えば、議論はどこまでも噛み合わない。

そして男系継承の仕組みは、女性を排除する仕組みではない。皇統の外にいる男性を、皇室の権威に近づけないための仕組みだ。この二つの理解がないまま進む議論は、どれだけ言葉を重ねても、土台のないまま積み上げられていく。本人の性別と継承経路を混同したまま、皇位継承の根幹を動かしてはならない。

#皇室 #皇位継承 #女性天皇 #女系天皇

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