鏡までの数歩で接客は変わる|コーディネートを連想させる売場づくり
アパレル販売員として接客をしていた頃、私は「鏡の前に着いてから提案を始める」のでは少し遅いと思っていました。
お客様が商品を手に取り、鏡の前へ移動する。
ほんの数歩かもしれません。
でも、その短い時間にもできることがあります。
それまでの会話から、お客様の好みや着用する場面を考える。
手持ちの服を想像する。
そして、好きそうな商品があれば、鏡へ向かう途中でさりげなく手に取っておく。
私にとって鏡までの動線は、ただお客様と一緒に歩く時間ではありませんでした。
お客様が考えている着方を形にし、次の提案を準備するための接客時間でした。
鏡の前で商品を見せるだけでは、着た姿まで想像しにくい
お客様がトップスを鏡の前で合わせたとき、その商品だけを見て、
「きれいですね」
「お似合いです」
とお伝えすることはできます。
でも、お客様が本当に知りたいのは、その商品単体の印象だけではありません。
家にある服と合わせられるのか。
仕事で着られるのか。
休日にも使えるのか。
自分の生活の中で、どれくらい活躍するのか。
そこまで具体的に想像できて、初めて購入後の姿が見えてきます。
だから私は、鏡へ向かう前の会話を大切にしていました。
«「こちらは、お仕事で着られる予定ですか?」»
«「普段は、パンツとスカートのどちらが多いですか?」»
«「お家では、どのような色のお洋服をお持ちですか?」»
このような会話から、お客様の好みや着用する場面を少しずつ把握します。
鏡へ向かう途中で、次の商品を準備する
会話の中で、お客様が好きそうな色や形が分かったら、鏡へ向かう途中で合いそうな商品をさりげなく手に取ることがありました。
例えば、お客様が、
「仕事で黒いパンツと合わせたい」
と話してくださった場合。
私は、
«「普段合わせられているのは、このような形のパンツですか?」»
と聞きながら、店内にある近いシルエットの商品を鏡の前へ持っていきます。
お客様の手持ちの服とまったく同じものではありません。
それでも、色や形が近い商品を一緒に合わせれば、
「家にあるパンツとも合いそう」
「この丈なら、いつもの服にも使えそう」
と連想しやすくなります。
ここで大切なのは、最初から販売員が売りたい商品を一方的に追加しないことです。
まずは、お客様が考えている着方を鏡の前で形にします。
最初に、お客様の納得感をつくる
お客様が最初に考えていたコーディネートを再現できると、商品の使い方に納得感が生まれます。
«「お持ちの黒いパンツでしたら、このような雰囲気になりそうですね」»
«「この丈なら、先ほどお話しされていたパンツともバランスが取りやすいと思います」»
お客様自身が、
「これなら家にある服と合わせられそう」
と思えることが大切です。
販売員が何度「使いやすいです」と説明するより、鏡の前で実際に近い組み合わせを見るほうが、着用後の姿を具体的に想像できます。
私は、販売員のおすすめを伝える前に、まずお客様が考えている着方を確認していました。
お客様の希望を置き去りにしたまま、次々に別の商品を持ってきても、提案ではなく押しつけに感じられてしまうことがあります。
だから、最初に必要なのは納得感です。
次に、販売員だからできる「新鮮さ」を加える
お客様が考えていた着方を確認した後は、販売員として別のコーディネートも提案します。
例えば、黒いパンツとの組み合わせを見ていただいた後に、
«「こちらのスカートに変えると、少しきれいめにも着ていただけますよ」»
と、違うアイテムを合わせます。
ほかにも、
«「お仕事では今のパンツが使いやすそうですが、デニムに変えると休日にも着ていただけます」»
«「こちらの形でしたら、先ほどよりも腰まわりがすっきり見えます」»
«「羽織りを加えると、季節が変わっても使いやすそうです」»
と、別の着用場面を見せます。
お客様がすでに知っている着方を再現するだけでは、販売員がいる意味はあまりありません。
販売員だからこそ、思いつかなかった色合わせや着回し方、体のラインがきれいに見える組み合わせを提案できる。
私は、その新鮮さも接客の価値だと思っていました。
ただし、新しい提案をするのは、お客様の希望を理解した後です。
お客様の納得感をつくり、そのあとに販売員だからできる新鮮さを加える。
この順番を大切にしていました。
鏡の近くに、提案しやすい商品を置いておく
良い提案を思いついても、その商品が鏡から遠い場所にあると、取りに行く時間がかかります。
販売員が商品を探している間、お客様を鏡の前で待たせることになる。
会話が途切れる。
せっかく高まった気持ちも、少しずつ落ち着いてしまうかもしれません。
そこで私は、売場をつくるとき、鏡までの動線と鏡の近くに置く商品も意識していました。
特によく置いていたのは、次のようなアイテムです。
ブランドの定番商品
さまざまなトップスに合わせやすく、接客で何度も使えるパンツやスカートです。
定番商品は形や特徴を理解しているため、販売員も迷わず提案できます。
その時期にブランドがすすめている商品
ブランドが打ち出したい商品も、鏡の近くで合わせやすい位置に置きます。
ただ目立つ場所へ並べるだけでなく、接客の中で自然にコーディネートできる状態をつくっていました。
ボディラインがきれいに見える商品
鏡の前で合わせたときに、腰まわりや脚のラインがきれいに見えるアイテムです。
トップスだけでは分かりにくかった全体のバランスも、ボトムを合わせることで確認しやすくなります。
幅広い着方ができる商品
きれいめにもカジュアルにも使える商品が近くにあると、複数の着用シーンをすぐに見せられます。
仕事用のコーディネートを確認したあと、休日の着方もその場で提案できます。
鏡の近くに何を置くかは、小さな工夫に見えるかもしれません。
でも、その小さな工夫が提案までのロスタイムを減らし、接客の流れを止めにくくします。
商品の配置は、販売員の接客を助けてくれる
接客力は、販売員の会話だけで決まるものではありません。
どこに鏡があるのか。
鏡へ向かう途中に、どの商品があるのか。
鏡の近くに、すぐ提案できるボトムや羽織りがあるのか。
売場の配置も接客を支えてくれます。
もちろん、店舗の広さやブランドのルールによって、自由に商品を移動できないこともあります。
それでも、
「この商品を鏡で見たとき、次に何を合わせるだろう」
「その商品を取りに行くまで、お客様を待たせないだろうか」
と考えることはできます。
売場づくりを、見た目の美しさだけで終わらせない。
実際の接客を想像しながら、販売員が動きやすく、お客様も商品を連想しやすい配置にする。
それだけでも、鏡前での提案は変わります。
親切な提案と、売りたいだけの提案は違う
パンツやスカートを追加で持っていくと、「セットで購入してもらうための提案」と思われるかもしれません。
もちろん、結果として複数の商品を選んでいただくこともあります。
でも、私が最初に考えていたのは、購入点数を増やすことではありませんでした。
お客様が、
「家に帰ってから、何と合わせたらいいか分からない」
と困らないようにすること。
手持ちの服と合わせられるかを、購入前に確認すること。
自分では思いつかなかった着方を知り、その商品をもっと活用できるようにすること。
そのための提案でした。
最初から別の商品を売ろうとするのではなく、お客様が話してくださった内容をもとに商品を持っていく。
«「お持ちのパンツに近いか、一度こちらで合わせてみますね」»
と理由を伝えれば、お客様も何のために商品を持ってきたのか理解できます。
親切な提案には、お客様の話を聞いた根拠があります。
鏡までの数歩も、接客の時間
商品棚から鏡までの距離は、店舗によって違います。
ほんの数歩のこともあれば、少し離れていることもあります。
でも、その移動をただの移動にするのか、次の提案へつながる時間にするのかで、鏡の前でできる接客は変わります。
会話の中から、好みを知る。
着用する場面を聞く。
手持ちの服を想像する。
好きそうな商品があれば、鏡へ向かう途中で準備する。
最初に、お客様が考えていた着方を形にする。
そのあとに、販売員だからこそ提案できる新しい着方を見せる。
お客様の納得感だけで終われば、新しい発見は少ないかもしれません。
販売員の提案だけを見せれば、押しつけに感じられるかもしれません。
だから私は、両方を大切にしていました。
お客様の納得感と、販売員が提供する新鮮さ。
その二つがそろったとき、鏡の前で商品を見る時間は、ただ似合うかどうかを確認する時間ではなくなります。
「この服を着て、どこへ行こう」
「家にあるあの服とも合わせてみよう」
と、購入後の生活まで想像できる時間になります。
接客は、鏡の前に着いてから始まるのではありません。
鏡までの数歩にも、できることがあります。
そして、その小さな準備の積み重ねが、お客様の納得できる選択につながるのだと思います。
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鏡の前で商品の使い方を十分に想像していただいたあとも、私は良いところだけを伝えて購入をすすめることはしませんでした。
必要なデメリットと対処法もお伝えし、最後はお客様自身に購入するかどうかを決めていただいていました。
その順番と具体的な接客トークは、こちらの記事にまとめています。
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