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SNS時代の批評と感想――「推し」とチケット高騰の時代に、私たちは何を残すべきか

「つまらなかった」と、SNSに書いていいのだろうか。

観劇後、そんなことを考えることがある。出演者本人が目にするかもしれない。ファンを傷つけるかもしれない。「一生懸命作っている人に失礼だ」「嫌だったなら黙っていればいい」と言われるかもしれない。とりわけ「推し」を観ることが観劇の大きな動機になった現在、作品についての否定的な言葉は、誰かの「好き」を否定する言葉として受け取られやすい。

ならば、書かなければいい。そう考えるのが一番穏当にも思える。

ただ、そこで失われるものがある。

「つまらなかった」は批評ではない

「面白かった」「泣いた」「二幕が長かった」「つまらなかった」。これらは批評ではない。感想だ。

国際演劇評論家協会(IATC)の「Code of Practice」は、批評家に対して上演を正確かつ具体的に記述し、分析し、評価すること、そして判断を具体例によって支えることを求めている。「二幕がつまらなかった」から一歩進んで、なぜそう感じたのか、上演のどの要素がそうさせたのか、そこで何が達成され、何が達成されなかったのか。他者が検討できる形まで言葉にする。そこから批評が始まる。

では、そこまで考え抜かれていない感想は、残すほどのものではないのだろうか。演劇では、そう簡単には言えない。上演は消えるからだ。

今日観た舞台を、明日まったく同じ状態で再生することはできない。映像収録があっても、その日の客席でどこに笑いが起き、どこで息を呑み、どこで集中が切れていたのかまでは残らない。公式記録には、キャスト、スタッフ、劇場、公演回数が残る。それだけでは、その舞台がどう受け入れられたかは分からない。

日本の「ACL現代演劇批評アーカイブ」は、劇評を舞台芸術の担い手と観客が「クロスする場」と位置づけ、上演データとともに保存している。批評が残すのは、作品についての分析だけではない。消えてしまった上演と、その時代をつなぐ記録でもある。

そして、ここでは観客の感想も意味を持つ。「劇場全体が熱狂していた」「一幕は面白かったのに、二幕で急に集中が切れた」「周囲は泣いていたけれど、自分にはまったく響かなかった」「推しを観られたことには満足した。でも作品は好きになれなかった」。一つひとつは批評でなくても、積み重なれば、その舞台が客席でどう受け止められていたのかが見えてくる。

批評が上演を分析して残すのだとすれば、感想は客席で何が起きていたのかを残す。両者は競合するものではなく、補完し合うものだ。

「最高だった」は、劇場の外でも働いている

ところがSNSに出た瞬間、感想は記録だけではなくなる。

「○○さん最高だった」「絶対観た方がいい」「もう一度観たい」「まだチケットあります」。こうした投稿を見て、別の人が作品を知る。チケットを買う人もいる。制作会社から依頼されたわけではない。それでも観客の感想は、結果として作品を売る。

推し文化との相性はとりわけいい。好きな俳優の仕事を多くの人に見てほしい。その公演を成功させたい。次の仕事につながってほしい。ファンがそう願うのは自然なことだろう。興行側にとってもありがたい。広告費を払わなくても、観客自身が作品の魅力を語ってくれる。

ここまでは幸福な循環に見える。

困るのは、同じ仕組みに別の言葉も流れることだ。「期待外れだった」「脚本が退屈だった」「この値段ではもう一度観ようとは思わない」。ポジティブな口コミだけをマーケティングとして享受し、ネガティブな口コミだけに沈黙を求めることは難しい。同じ観客の言葉だからだ。

もちろん、「脚本が退屈だった」と「脚本家には才能がない」は違う。作品への評価と人間への攻撃は分けなければならない。それでも、作品への否定的な評価まで「言うべきではない」としてしまえば、観客には奇妙な選択肢が残る。

褒めるか、黙るか。

それでは感想というより、宣伝に近くなる。

では、何でもSNSに書けばいいのか

ここで少し立ち止まりたい。観客が「つまらなかった」と感じることと、それを数万人が見る場所へ投稿することは、本当に同じだろうか。

違うはずだ。

「私はこの作品を楽しめなかった」と自分の日記に残す。友人に「昨日観たけれど、あまり合わなかった」と話す。SNSで作品名や俳優名を入れて公開する。同じ感想でも、起こることはまったく違う。

しかもこれはネガティブな言葉に限らない。「絶対観るべき」「今年最高」「観ないと後悔する」というポジティブな投稿も、他人の購買行動を動かす。SNSでは、その範囲を自分で決めることも難しい。数十人のフォロワーに向けたつもりの投稿が、何千、何万人に届くことがある。作品名で検索した出演者本人が読むこともある。

だから、感想を抱くこと、感想を記録すること、感想を流布することは分けて考えた方がいい。「つまらなかったと思うな」と観客に求めるのはおかしいし、自分の観劇体験として「つまらなかった」と記録することも妨げられるべきではない。ただ、それを不特定多数へ届けるときには、ポジティブであれネガティブであれ、その言葉は自分だけのものではなくなる。

ここにSNSの厄介さがある。

1万8000円を払って、黙って帰る

それでも、「嫌だったなら何も書かずに帰ればいい」と言い切るには、現在の観劇は少し重い。

2026年の東宝『ジキル&ハイド』東京公演では、S席が平日1万6000円、土日祝・初日・千穐楽は1万7000円、プレミアムシートは2万円。『ミス・サイゴン』ではS席が平日1万8000円、土日祝・千穐楽は1万9000円に設定されている。もちろん、より安い席もある。すべての演劇がこの価格帯にあるわけでもない。それでも、大型商業演劇を観ることが小さな買い物ではなくなっている。

しかも観客が払うのはチケット代だけではない。数カ月前に日程を決める。劇場へ移動する。数時間を空ける。地方からなら新幹線や飛行機、ホテルも必要になる。そして、その日の公演はその日にしか観られない。

観客は金額と一緒に、自分の時間を舞台に預けている。

だから期待する。期待した結果、「素晴らしかった」と感じることもあれば、「この時間と金額には見合わなかった」と感じることもある。後者だけを観客の側の問題にすることはできないだろう。

推しが出演していれば、さらに複雑になる。「高いなら買わなければいい」が簡単には成立しない。この役を演じる推しを観られるのは今回だけかもしれない。観なかったことを後悔するかもしれない。だから買う。そして劇場を出たとき、「推しは素晴らしかった。でも作品はつまらなかった」と思うことがある。

その感情まで「推しが出演しているのだから」と押し込める必要はない。

感想を残したいだけなのに

問題は、その先にある。

「推しはよかった。でも作品はつまらなかった」。そう思った観客が、その日の記録を残したいとする。Xに書けば、俳優本人が見るかもしれない。ファンに拡散されるかもしれない。文脈を外れて「○○の出演作を酷評」と受け取られるかもしれない。

ならば書かない。穏当な判断だと思う。

ただ、その瞬間に一つの記録も消える。

20年後、その公演を調べる人がいるとする。公式資料を見れば、誰が出演していたか分かる。何回上演されたかも分かる。舞台写真も残っているかもしれない。批評を探せば、専門家がその上演をどう評価したのかも分かる。

でも、実際に客席に座っていた人たちはどうだったのか。推しのファンは満足していたのか。初見客は物語に入れたのか。価格に見合うと感じていたのか。もう一度観たいと思ったのか。

SNSに書かれなかった感想は、そこにはない。

昔なら日記に書けた。友人との会話にも残せた。それらは広く流布されない代わりに、誰かを直接傷つける可能性も低かった。SNSでは、「残す」と「公開する」と「拡散可能にする」がほとんど同じ操作になった。

しかし、感想を残したいことと、世界に向かって評価を訴えたいことは同じではない。

この二つの間にある場所が、いま妙に空いている。

「つまらなかった」を安全に残す

「面白かった」も残せる。「つまらなかった」も残せる。「推しは最高だった。でも作品は好きではなかった」も残せる。「この価格には見合わなかった」も残せる。それらを、必ずしも俳優本人や制作関係者へ直接届ける必要はない。

まず自分の観劇記録として保存する。本人が望むなら匿名化された形で集計に参加する。個人の言葉を誰かにぶつけなくても、その上演を観た人々がどう受け止めたのかは残せる。

そうなれば、一つの舞台について三つの記録が残る。公式資料には、何が上演されたのか。批評には、それがどう分析されたのか。そして観客の記録には、それがどう受け止められたのか。

「つまらなかった」とSNSで叫ぶ必要はない。かといって、「つまらなかった」と感じたことまで消してしまう必要もない。

劇場を出たあと、スマートフォンを手にして、書こうか、やめようかと迷う。

いま私たちに足りないのは、その二択ではない場所なのかもしれない。


引用・参照資料

International Association of Theatre Critics(IATC), “Code of Practice”

ACL現代演劇批評アーカイブ「サイトについて」

東宝『ジキル&ハイド』2026年公演 チケット情報
東京公演はプレミアムシート2万円、S席平日1万6000円、土日祝・初日・千穐楽1万7000円など。

東宝『ミス・サイゴン』チケット情報
東京公演はS席平日1万8000円、土日祝・千穐楽1万9000円など。


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