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ポーランドの小皿が割れた日

去年のゴールデンウイークにひとりでまわったポーランド。中欧を巡る旅も後半になっていて、おみやげに醬油皿くらいの小皿を2枚買いました。青がきれいな、チューリップのお皿でした。

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ある平日の夕ご飯。せいろで蒸した野菜とご飯とお味噌汁。キムチを入れるためにその小皿を出しながら、このお皿大切にしたいんだよね~という話になりました。

たとえば白い犬の書いてあるグラスも、私が大切にしている食器のひとつです。食器は一人暮らしを始めてから自分の好みで買ったおきにいりばかり。でも、ネットで買ったそれはまた買おうと思えば買えるものです。一方で、クラクフの街を歩いてたまたま入ったお店で一目ぼれして買ったこのお皿は、私がまたポーランドまで飛んでも手に入るかわかりません。

またポーランドまで飛ばなきゃだからね~。大事にしてるんだ。そんなことを初めて彼に行ったまさにその夜、その皿の一枚が割れたのでした。

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がっしゃん。そのあとにちいさな「っ」で彼が息をのむ音がしました。

ああ、何かが割れたかな。そう思ったとき、彼がシンクからこちらを振り向きました。「まゆちゃん、ほんとごめん」

彼が割ってしまったのはよりによって、私が持っているいちばん大切にしていた、その青い小皿でした。ああ、割れたのが最悪のお皿だったのか。平日の夜、仕事で疲れた私たちのどちらもが悪くなく、嫌な音が部屋の中に響きました。

その時の私は妙に凪いでいて、怒りの感情も覚えぬままに、ああ、そりゃあもう、仕方ないよねと思いました。割れてしまったお皿は、しょうがない。彼は食後の洗い物をしていただけだし、滑ってミスをしてしまうことだって誰でもあります。

それに彼に当たったところで、割れたお皿が戻るわけではないのです。彼がすぐに謝ってくれたことで、私は静かに受け入れることができました。ああ、PMSじゃなくってよかった、とはちょっとだけ思ったけど。

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子どもに大切なものを壊されてしまったお母さんお父さんが、子どもにあたることなく許せている動画や話を見たり聞いたりすることがあります。私はよくそんな風に許せるものだなあと、親の寛大さにおののいたものです。

私だったら絶対に怒っちゃうかも。いままではそう思っていたんです。でも、彼がお皿を割ったとき、私は怒るどころか優しい言葉をかけることができました。絶対にできないと思っていたことを、夫に対して自然としていたのでした。

これが愛だ、とか言うつもりはありません。でも、これから長いこと一緒に過ごしていく大切な人のほうが、この小皿よりも大切なんだと思えたのでした。

実際にはそこまでを一瞬で考えていたわけではなく、自然と選び取ったものでした。でも後で振り返ったときに、それを無意識に選び取っていた自分と、それだけの大切な相手に気づかされました。

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このお皿は、どうにか使えるようにできないかな、とも思うし、でももうこの小皿の大きさに見合わないほどの大きなことに気づかせてくれた気もします。たったの1年しか使えなかったのは残念だったけれど、ありがとう。

のこった片割れの一枚を大切にしていきたいと思います。

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