旅して疲れる街、疲れない街
旅をして疲れる街と疲れない街がある。それは歩いた歩数や、朝起きた時間だけで決まるわけじゃないと思う。
治安だ。街で安心でいるかどうかで、圧倒的に神経のすり減らし方が違うのだ。
治安のいい街ほど、疲れない。
日本は徐々に悪化しているなんていうけど、場所取りのためにモノは起きっぱなしに出来るし、電車やバスでまだ寝られる。
普通に街を歩いている時に、気を抜いたら今この瞬間にスマホをかっさらわれるなと思うことはないし、基本的に落とし物だって帰ってくる期待ができる。だから日常で神経を尖らせることもない。知らない街でも、こんな感じかなとぼんやり過ごすこともできる。
でも、たとえばスペインをスーツケースをひいて歩いたときは、二人組のスリらしき人たちに一瞬あとをつけられた。あれ、やばいね、と妹と話し、意識して荷物を見ていますという風な態度をとるようにした。夕暮れ時にホテルへと向かっている最中だった。
そうでなくてもカバンは前に抱え、お金は極力出さないことをデフォルトにしなきゃいけないのに、リアルな危ない目にも遭う。
たとえば、クロアチアの海岸沿いを歩いていたとき、細い歩道で反対側から歩いてきた男性に手首を掴まれた。私より30センチは身長が高い欧米人で、とっさにふりほどけなかった。
真昼間の観光地で、他の観光客も歩いている場所なのにこんなことが起こる。結局暴行されることはなく(何かあれば3メートル先を歩くでかいおにいさんたち2人に助けてもらおうと咄嗟に思った)、除菌シートでめちゃくちゃ拭くだけでよかったけど、もしなんかヤバいモノでも塗り込まれたらまずかった。
私はこれまでの旅行、とくにひとり旅の経験から、旅行者がある程度気にしなきゃいけないことは最低限身についていると思う。公共交通機関で寝ないとか、貴重品を肌身離さないとか、大きな荷物を持ってうろうろ歩かないとか、夜間は出歩かないとか、つまり本当に初歩的なことたちだ。
だから危険な目に遭う頻度は高くない。ひとりで行く国選びも、ホテル選びもある程度気をつけてもいるし、必要なところは課金もするのも大きいと思う。
でも、これは本当に場所によりけりで、たとえばニュージーランドの街を歩くときのほっとする感じと、ニューヨークの街をぎりぎりと大股で歩くとき、私の緊張感は全然違う。あるいはリュックを普通に背負って歩けるヘルシンキと、貴重品だけ上着の中に身につけて外からは何もないように見せるパリ。
バルト三国を歩いた4日ほどの間、私は自分が全然疲れていないことに驚いていた。散歩を、ふつうの散歩みたいにできる。何を言ってるかわからない、当たり前だろうと思った方もいるかもしれない。でも、ただ歩くことがままならない旅先もあるので、この穏やかな時間に静かに感動していた。
去年中欧から南に下ったときもひとりで街を歩けたけれど、クロアチア以外でも実はうすら怖い経験はしていた。だからこんなに安心していることに驚いたし、その安心が油断につながるのが怖いくらいだった。
結局なにもなく、バルト三国では平穏すぎるほど凪いだ時間を過ごした。夜もホテルの部屋に入ってしまえばぐっすり眠れて、朝起きればもう長い1日ははじまってしっかり明るくなっている。リトアニアでは3万歩も歩いたのに、変な疲れが一切残らなかった。
こんなに疲れない場所は、きっと地球上でも珍しいだろう。この穏やかさを退屈と感じる人もいるのかもしれないけれど、私にとっては大好きな国になった。
次の旅先は、きっと今回よりも未知の場所になる。今回が特別で、自分が旅慣れたから安全だったわけじゃないと切り替えなきゃいけない。空港を一歩出たときからタクシーのキャッチがわらわらと群がってきたり、街ゆく人の目が自分の荷物に注がれていないかに神経を尖らせないといけなかったりするだろう。
それがわかっていても、また旅にでてしまう。そして時々ゆっくりと息ができる場所に出会うと、ご褒美みたいに思うのだ。そんな未来のお気に入りを、今から楽しみにしたい。
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