「女なら夫婦別姓を進めてよ」って、それこそ女性差別じゃないの?
職場に、いわゆる「左寄り」の人がいる。
ある日、その人が高市さんについて、
「高市さんのことは女と思ってない」
と言った。
私は「どういうこと?」と聞いた。
すると、
「女が変えてくれそうなことを全然変えてくれないから」
とのこと。
さらに話を聞くと、
「彼女のことは男だと思ってる。もっと夫婦別姓を進めてほしい。将来の子どもたちのためにも。男女平等とか。議会の男女比とか」
という話だった。
なるほど。
つまり、
「女性政治家なのだから、女性が望む政策を進めてほしい」
ということらしい。
でも、私はここで少し引っかかった。
そもそも、女性だから夫婦別姓に賛成するのだろうか。
女性だから男女平等を重視するのだろうか。
女性だから議会の男女比を変えたいと思うのだろうか。
政治家を評価するときに、性別をそこまで重要な判断基準にする必要があるのだろうか。
高市さんが女性であることと、高市さんがどんな政策を支持するかは別の話だ。
女性政治家だからといって、必ずしも自分が望む「女性政策」を推進するとは限らない。
逆に、男性政治家だからといって、女性の権利や男女平等に関心がないとも限らない。
結局は、その人が何を考え、何を実現しようとしているのかではないだろうか。
「女性なのに私の望む政策をやらないから、女性とは思わない」
という考え方は、ちょっと不思議である。
それって裏を返せば、
「女性ならこう考えるはず」
という固定観念でもある。
女性の多様性を認めたいと言いながら、女性政治家には「女性らしい政治」を求めてしまう。
なんだか矛盾しているようにも思える。
そして、もう一つ気になった。
その人には、息子さんが2人いるらしい。
「将来の子どもたちのために、夫婦別姓を」
と言っていた。
……いや、息子さん2人でも、もちろん将来、結婚して姓をどうするかという問題に直面する可能性はある。
だから「息子がいるから夫婦別姓と無関係」という話ではない。
ただ、私が思ったのは、
「え、そこまで高市さんを“女性として”評価する必要ある?」
ということだった。
政治家は、男性か女性かよりも、
何を守ろうとしているのか。
何を変えようとしているのか。
何を大切にしているのか。
そこを見ればいいのではないかと思う。
「女性政治家だから、女性のためにこうしてほしい」
ではなく、
「私はこの政策に賛成だから、この政治家を支持する」
でいい。
政治家だって、一人の人間である。
女性だからこう考える。
男性だからこう考える。
そんなに単純なものではない。
むしろ、「女性ならこうあるべき」という見方こそ、女性を一人の政治家として見ていないのではないか。
そんなことを考えた、職場での何気ない会話だった。
そして最後に。
高市さんを「女と思ってない」と言われて、
私は心の中で思った。
いや、普通に女性ですけど。
そして、
夫婦別姓を推進するかどうかと、女性かどうかは、別問題じゃない?
と。
政治家は、性別ではなく、政策で見たい。
私はそう思う。
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