静かな夏。賑やかな夏。
ミーン、ミーン、ミーン。
蝉の鳴き声。
それと、ボールを打ち返す音。
硬式テニスの試合は静かに進んでいく。
その時々の環境音と、
テニス独特の音だけが、
静かにこだましている。
高校入学後、初めての公式戦。
同じ高校に通う友達は、
それぞれの試合会場へ向かう。
そして、自分もひとり、
そのはずだった。
部員の数人が応援に来てくれた。
そして、なぜか親御さんまで引き連れてきた。
片手には、スイカがまるまる一玉。
自分の親にすら
見せたことのないユニフォーム姿。
試合会場に
誰かを呼んだことなんてない。
ゾロゾロと人が集まる。
その中心に自分がいる。
周りの目を気にするタイプだ。
正直、恥ずかしさが勝った。
静かな会場。
蝉の鳴き声。
ボールの音。
そして、スイカを食べる人たち。
なんとも馴染まない景色だ。
普段は試合の合間をひとりで過ごす。
他の試合を見たり、
次の相手の様子を見たり、
音楽を聴いて気持ちを高めたり。
それが今日は違う。
談笑して、
スイカを食べて、
唐揚げをもらう。
まるでピクニックじゃないか。
こんな大勢のギャラリーを
引き連れてきた人。
それはそれは強いんだろうな。
客観的に見たら、
自分だったら、そう思う。
一回戦で負けたら…。
すぐに解散になったら…。
いつもとは違う何かを背負って、
試合に臨んだ。
初めての公式戦。
軟式テニスの経験はある。
でも、硬式は大きく違う。
何より、シングルスだ。
ペアはいない。
コート上には
自分と相手だけ。
自分自身を調律していく。
少しずつ、ペースを掴んでいく。
ボールを打つ音。
蝉の声。
自分の呼吸。
気持ちのいい汗だった。
緊張もしていたはず。
あの談笑のおかげなのか。
スイカのおかげなのか。
それとも、ただの勢いだったのか。
気持ちも弾んでいく。
自分でも驚くほど勝ち進んだ。
「来てくれてありがとう」
みんなに感謝を伝えられた。
なんだか涼しい。
たまには、
こんな夏も悪くないのかもしれない。
みんなが帰っていく。
訪れる静寂。
静かな夏。
携帯を見ると、
家族からの連絡。
いつもだったら、まっすぐに帰る。
でも、この日は違った。
気がつけば、
さっきまでの汗は流されていた。
東京ディズニーランド。
『クール・ザ・ヒート』
グーフィーのくしゃみ。
それを合図に始まるショー。
シンデレラ城を覆い隠すほどの
大量の水柱が次々に噴き上がる。
不意に思う。
一日というのは、
毎日同じ時間なのだろうか。
本当に毎日24時間なのだろうか。
短く感じる日もあれば、
長く感じる日もある。
さっきまで、
テニスコートの上で夏を感じていた。
気がつけば、夢の国で夏を感じている。
自分の向かう先々で、
様々な夏が出迎えてくれる。
夏はいつだって、
自分のことを待ってくれていた。
どんな夏を過ごすか。
この夏を変えるには、
自分が移動すればよかった。
帰宅して自分が向かった先、
それは、
お風呂でもない、
ベッドでもない、
録画したビデオ画面だった。
パレードやショーの
振り付けに釘付けになる。
ダンスに興味を持ち始めた自分は
なんでも真似をして覚えるようにしていた。
テニスをして、
スイカを食べて、
全身に水を浴びて、
ダンスの真似をして、
蝉の鳴き声から始まった一日は、
テニスコートからディズニーランドへ。
ひとつの夏が、
いくつもの夏に変わっていく。
長い、長い、
夏の一日だった。
