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イラン情勢と日本が採るべき道

以前、米国の中東回帰(=アジア離れ)に関する懸念をお伝えし、

今後、国際社会は「力による国際秩序の再構築」という新たな潮流に飲み込まれるとお話しましたが、

今回の米国によるイラン攻撃は、こうした懸念や潮流を、益々、勢いづかせているように見受けられます。

想定を上回る攻撃
ベネズエラ攻撃に従事した米空母「ジェラルド・R・フォード」がカリブ海を離れ、地中海方面に向かった時点で、イランへの次の攻撃が指摘されていたのですが、

2月28日、米国はイランとの協議の最中に、イスラエルと共にイランを攻撃し、最高指導者だったハメネイ師の殺害に至りました。

2月28日の米国・イスラエルによる攻撃
The Institute for the Study of War

その後、イラン側も広範囲に反撃し、攻撃の応酬が繰り返されています。

中東全域における被攻撃地点 - 3月12日現在
CNN.com

イランという国の成り立ち
紀元前6世紀に誕生したアケメネス朝ペルシアという巨大帝国が、イラン人のアイデンティティとなっています。

アケメネス朝ペルシアの最大版図
当時、世界の人口の半分はペルシア
帝国の支配下にあったという☆☆☆
prophecyart.com

7世紀にアラブに支配され、イスラム教に改宗して以降、アラブ人ではないイスラム教徒となり、

16世紀、サファヴィー朝がシーア派を国教に定めて以降、シーア派の大国という、現在のイランの立ち位置が確立されました。

第二次世界大戦後、イランは米国にとり中東における反共の砦であり、重要な石油供給源でした。

1953年、石油の国有化を進めたモサデク首相を米英の諜報機関が失脚させ、親米・親イスラエルのパフラヴィー国王による体制が樹立されましたが、

モサデク首相、パフラヴィー国王、ホメイニ師

1979年のイラン革命により国王が追放され、宗教指導者が最高権力を持つイスラム共和国という、世界でも珍しい政治体制が生まれました。

ホメイニ師が厳格なイスラム指導体制を敷くと、「アメリカに死を、イスラエルに死を」というスローガンを展開し、反米・反イスラエルを国是としました。

米国によるイラン攻撃の背景
同年、テヘランの米国大使館占拠事件が発生すると、米国はイランと国交を断絶し、現在まで断交状態が続いています。

2002年、イランが極秘に建設していたウラン濃縮施設などの存在が発覚、ブッシュ大統領がイランを北朝鮮やイラクと共に「悪の枢軸」と名指ししました。

2003年以降、国際原子力機関(IAEA)の調査で核活動が発覚し、その後もウラン濃縮の停止勧告に従わなかったため、2006年から国連安保理による経済制裁が始まります。

2015年、オバマ政権下で核合意が成立。

握手を交わすケリー国務長官とザリフ外相
carnegieendowment.org

また、イスラム国との戦いでは、イラクの民兵組織を通じて共闘する等、一時的に米側に足並みを揃えるような兆しが見えましたが、

トランプ政権が、2018年に核合意から離脱し、2020年に米軍がイランの精鋭部隊(注1) のトップ、ソレイマニ司令官を殺害すると、米国との関係は再び悪化します。

(注1) イラン革命の際、イラン正規軍とは別に、イスラム革命体制を守る目的でイラン革命防衛隊(IRGC)が創設され、その中で、対外工作を引き受けているのがコッズ部隊と呼ばれる精鋭部隊である

Iran's Islamic Revolution Guard Corps (IRGC)
bbc.com

米国やイスラエルが、殊更、イランに厳しいのは、周辺地域に革命思想(=反米・反イスラエル思想)を広めテロ組織(注2) を支援していることに加え、

(注2) レバノンのヒズボラ、ガザのハマス、イエメンのホーシー派など

特に、核兵器がテロ組織の手に渡るという「核テロリズムのリスクだけは絶対に阻止する」と考えているからです。

【参考】核保有国が乱立する時代
戦後、世界は核保有国が乱立する時代に突入し、米英仏露中(1970年のNPT条約国)のほか、新たにインド・パキスタン・北朝鮮が核保有を表明。更にイスラエルも核を保有する中、これに対抗するようにイランが核保有への野心をちらつかせていた

世界の核保有国, 2025年
Arms Control Association

ミサイル防衛だけでは不十分
イランの核・ミサイルに対応するため、2009年、米国は欧州各国にイージス・アショアなどを配備する計画(EPAA)を発表しますが、

欧州ミサイル防衛の段階的配備計画(EPAA)

これは欧州諸国へのコミットメントでしかなく、米国としては、イランの核能力を根本的に排除するという絶対的な選択肢を捨てることはありませんでした。

イスラエルとの関係
米国がイスラエルを強力に支援する理由は、「クリスチャン・シオニズム」の立場をとるキリスト教福音派の影響、つまり、宗教的な使命感があります。

トランプ氏の家族がユダヤ系であることや、米国内の親イスラエル・ロビーも、少なからず影響しているとみられます。

何故、今だったのか
このように、米国とイスラエルは、長年「イランの核開発は絶対に止めなければならない」と考えてきた訳ですが、

「何故、今なのか」といえば、主に以下の要因が重なり、米国として好機ととらえた可能性があります。

イラン攻撃に至った4つの要因
(Created by ISSA)

反体制派は動かなかった
イラン国民は、「自由主義に対する強い憧れ」を抱く一方、「狂信的な殉教者」という、両極端な二面性を持ち合わせています。

米国は、当初、虐げられていたイラン国民の「自由を渇望する思い」に賭けて、自主蜂起に期待しましたが、

米軍の作戦が始まったのが、デモ隊が鎮圧された後だったことや、リーダー的存在が居なかったことに加え、

「狂信的な殉教者」という側面の方が上回ったため、国民が自主蜂起に動くことはありませんでした。

反米・反イスラエルのデモに転じたイラン国民
cisac.fsi.stanford.edu/

現実となったホルムズ海峡封鎖
反米路線を引き継いだモジタバ師は、米国への徹底抗戦を訴えています。

そして、以前から指摘されていたホルムズ海峡封鎖は、現実のものとなりました。

イランが本当に機雷を敷設したかは定かではありませんが、少なくとも心理面での効果はかなり大きく、加えてドローン攻撃のリスクもあることから、

船舶のホルムズ海峡通航件数は、それまでの1日平均129隻から、わずか1~2隻にまで激減しました。

船舶のホルムズ海峡通航件数
unctad.org

今後、この状況が長引けば、代替ルートとして紅海側の交通量が増える可能性がありますが、

そうなると、再びソマリア沖の海賊や、イランの代理勢力であるイエメンのホーシー派による活動が活発化する恐れがあります。

ホルムズ海峡の代替ルート
The Merchant's News

また、長期的には、これから夏に向けて北極海航路に注目が集り、

ロシアが漁夫の利を得ることになれば、ウクライナ戦争が更に長引くことにもなり兼ねません。

露呈した中国の弱点
一方、中国はシーレーンの停滞に対する脆弱さを露呈しました。

中国はイラン産石油の主要な取引先で、ホルムズ海峡を通航するタンカーの3割以上は中国向けとなっており、中国国内の石油備蓄量は100日にも満たないからです。

左:イラン産石油の取引先・シェア
statista.com
右:ホルムズ海峡通航船舶の仕向地
Newsweek

中国共産党が最も恐れる「民衆の暴徒化」を抑えるため、当面は軍事活動を抑制し、民生面を優先すると判断している可能性があります。

米海軍は、このほど、佐世保配備の強襲揚陸艦「トリポリ」を中核とする海兵遠征部隊を、一時的にアジア太平洋地域から引き剥がして中東方面に向かわせることにしましたが、

この判断の背景には、「中国軍の活動は、当面、低調化する」という計算があります。

日本が守るべきもの
(1) 在外邦人
外務省のデータによれば、イランを含む中東地域の在外邦人数は、2025年10月1日の時点で10,646人です。

1985年、イラン・イラク戦争では、イラン国内に200人以上の日本人が取り残され、エルトゥールル号の恩義を忘れていなかったトルコが送った救援機によって退避できましたが、

この時代に比べると、現在の在外邦人の救出態勢は各段に向上しており、政府がチャーターした航空機や長距離バス等で、先行的かつ計画的に国外退避が行われる傍ら、

更なる事態に備えて、航空自衛隊輸送機を周辺国(モルディブなど)に展開させる等、在外邦人の安全は確保されています。

(2) 日本関連船舶と乗員
ホルムズ海峡ではこれまでに22隻の民間船舶が被害を受け、日本関連船舶45隻、日本人24人が身動きのとれない状況に陥っています。

インド、トルコ、中国などの一部のタンカーは動き始めたようですが、外務省も、(日米首脳会談の裏側で)全力を挙げてイランと交渉しなければなりません。

(3) 航行の自由
早速、トランプ大統領は、日本を含む各国に艦艇を派出するよう呼びかけ、

海上輸送の保護に協力するよう求めています。

そもそも「米国が勝手に起こした戦争で不利益を被った挙句、後始末に艦船を派遣しろ」と言われているようなものですが、

然は去りながら、現にエネルギー供給が停滞し、燃料費が高騰していることを考えると、日本も何らかの現実的な対応を検討しなければなりません。

出光興産の石油貯蔵施設
《千葉県市原市》
reuters.com

仮に、日本が艦船を派遣するとしたら、
● どのような目的で
● どのような法的根拠によって
● どのような権限・装備を持たせ
● どのような部隊を送り出すか

が焦点となります。

【選択肢①】存立危機事態
政府は、存立危機事態が想定される事例として、これまでホルムズ海峡の機雷封鎖を例に挙げてきましたが、現時点では未だ「国の存立が脅かされる」には至っていません。

もし、本当に存立危機事態を認定するなら、実質的に我が国がイランとの交戦状態に入ることを意味するので、この選択肢を採ることは極めて難しいと思います。

【選択肢②】海上警備行動
自衛隊法第82条に基づき、日本船舶や日本人乗員の保護を目的として派遣できます。

ただし、警察権の行使に留まるため、正当防衛や緊急避難を除き武力行使はできません。

飛来するミサイルやドローン等に対しては「自分たちを守るため」なら迎撃可能ですが、

他国の船舶の安全は見捨てることになるので、逆に、国際的な評価を落とすことにもなり兼ねず、

イランからも「敵」と見なされ、かえって情勢を悪化させる可能性もあります。

中東方面で活動中の護衛艦「ゆうだち」

【選択肢③】特別措置法
特措法を新たに制定すれば、本事案に最も適した目的、根拠、権限、装備で部隊を派出することができますが、成立に時間を要することは避けられません。

イランの能力は未知数
イランは、ホルムズ海峡に面した「秘密のトンネル」に機雷、ミサイル、無人舟艇などの、いわゆる「非対称の兵器」を大量に保有しているとされ、

イランが隠し持っている能力の実態を確認しないまま、艦船を派出するとしたら、無謀極まりないことです。

(日本のインテリジェンス機関も、イランの軍事能力について、いったい、どれだけの情報を持っているでしょうか…)。

それでも、こうした複合脅威下に部隊を送るのであれば、対空・対水上・対潜・掃海能力を併せ持つ大がかりな艦隊を編成することになるでしょう。

【参考】世界に名だたる日本の掃海能力
戦時中に日本周辺に敷設された数万個の機雷を除去するため、終戦直後、旧海軍人による命がけの航路啓開業務が行われた。その技術は、第2復員省から海上保安庁を経て海上自衛隊に受け継がれ、後に自衛隊の国際貢献への扉を開く端緒となった1991年のペルシャ湾掃海部隊派遣につながった

japan-forward.com

親日国イランとの関係
いずれにせよ、イランの脅威を前提として艦船を派出するとなれば、親日国イランの心象を悪くすることになります。米国の要請に基づくなら、尚のことです。

実際、元IRGCの元司令官は、日本も標的になり得ると警告しています。

【参考】親日国イラン
1905年の日露戦争での勝利が、当時のイランに大きな希望と勇気を与え、1950年代の日章丸事件では「日本は唯一、イランの側に立った」と語り継がれた。その後、イラン国内で放映されたNHK連続テレビ小説「おしん」の影響で、辛抱強い国民性に共感を抱くようになったといわれている

日本が採るべき道
そもそも、今回の米国によるイラン攻撃は、米国なりの大義はあったにせよ、国際法的に正しかったのでしょうか。

海上自衛隊に、あらゆる任務を遂行できる能力が備わっていて、仮に法制面が整ったとしても、それ以前の問題として、

その是非を曖昧にしたまま米国の大義に乗っかると、逆に、国際社会からの信頼を失い兼ねません。

高市総理は、日米首脳会談で、大変、難しい舵取りを迫られると思いますが、叡智を結集して何とか乗り切って欲しいと思います。

おわりに
最後に、イラン出身の監督による映画「聖なるイチジクの種」をご紹介して、本稿を締めくくりたいと思います。

映画のタイトルになっているイチジクのうち、ガジュマルなどの一部のイチジク属は「絞め殺しの木」と呼ばれ、他の木に寄生・巻き付いて成長し、やがて宿主を枯死させる木として知られています。

この映画では、こうしたイチジク属の特性になぞらえて、神の教えを隠れ蓑にした邪悪な心が国家や社会に寄生すると、やがて、国民の自由や命を奪いながら肥大化していくことに警鐘を鳴らしています。

現在の日本は、レアアースや観光収入は中国次第、エネルギーは中東情勢次第、安全保障は米国次第となっていて、

こうした一極集中的な依存体質は、裏を返せば「豊かさ」や「平和」という言葉を隠れ蓑に心に寄生した生き物のようでもあります。

モノやカネ(=利益)ばかりに心を奪われているから、外からの揺さぶりに脆弱な国になってしまう。

人々の逞しくて美しい真心を基軸として、国家の再建を図る。それこそが、真に「日本が採るべき道」なのではないでしょうか。

いつも、ありがとうございます🍀