亡き父が示してくれた道標
先日、父が死去しました。享年81歳。死因は心不全でした。「家族に迷惑をかけずコロッと逝きたい」、生前よく冗談交じりでそう語っていた実に父らしい死に方でした。
父が初めて心臓を患ったのは1999年のことでした。救急車の到着が早かったので一命を取り留め、以来、生き残った僅かな心筋でこれまでの20数年を生き抜いてきたのです。
この間、心臓バイパスや大動脈瘤など、いくつかの大きな手術を受け、何度か救急車で運ばれては生還することがあったのですが、「今度ばかりは生きて帰ってこんかったね...」と寂し気に呟いた母の言葉が心に残りました。
父は戦時の世に生まれ、学校を出てからは昭和~平成初期のサラリーマンとして定年まで勤め上げた企業戦士でした。
定年後は来たるべき高齢化社会を見据えて、2001年に自宅を高齢者向け優良賃貸アパートに建て替え、自身が後期高齢者になった後も入居者様のお世話に尽力し続けました。
祖母譲りで信心深く、困難にあっても決して朗らかさを失わず、誰にでも壁を作らず、常に相手を思い相手を優先した人。
そんな父が大切にした言葉は「一期一会」でした。「この人とは、もうこれが今生の別れになる」という思いで、今、自分が向き合っている人に全力を傾注し、その人との時間を大事にしなさい、ということでした。
今、あらためて思うことは、「人は必ず死ぬ」というごく当たり前のことです。医療が発達した現代日本では、死は非日常という感覚ですが、私が過去に赴任したある発達途上国では、「え!? あの人、亡くなったの? 元気そうだったのに... いつ?」というくらい簡単に人が死んでいました。
そして親は、「人は必ず死に、やがて冷たくなって硬直し、火に焼かれて灰になる」という極当たり前の真実を自らの死をもって示すことで、子どもや孫たちはその現実を全身で体感し、人は如何に生きるかを考えさせられるのです。
それは深い悲しみや無常感を伴うものであると同時に、貴重な成長や学びの機会でもあると、あらためて認識させられました。
父の棺には、「私はあなたの息子であったことを誇りに思う。私は本当に親に恵まれた。これからもあなたの背中を追い続ける」といったことを書き綴った最後の手紙をしたためました。
すると、後日、霊前で親父と向き合っていると、「オレの背中を追うのもいいけど、オレの生き方や価値観を道標(みちしるべ)にしながら、オマエは自分自身の人生を精一杯、悔いのないように生きていくことや」という言葉が何度も何度も脳裏をよぎりました。
最後の最後まで「一期一会」の精神で人に尽くした人でした。訃報を受けた日、実家に帰ってみたら、父が私宛に発送しようと準備していたひとつの段ボール箱が置いてありました。

後日、開けてみたら、セピア色した遥か昔の写真など、何十年分もの家族の思い出がぎっしり詰まっていました。
父は死期を悟っていたのでしょうか...。私が几帳面な性格と知っててこの段ボールを私に託したのかと思うと涙が溢れて止まりませんでした...。
どんな人も、「能力の前に人格ありき」だと思います。生前の父の行いや価値観、「一期一会」といった言葉など、ひとつひとつを道標(みちしるべ)としながら、これから先の自分自身の人生を精一杯、悔いのないように生き抜いていこうと思います。
今回は、いつもとは全く違う風情のブログとなりましたが、父の生き様を書き綴り世に知らしめることができるのは自分しかいないと思い、このブログに書き残すことにした次第です。
これもまた世の中の誰かの記憶に留まり、誰かがこの世界を生きていく道標(みちしるべ)となれば幸いに思います。

