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転勤の苦労話と、新たな決意

私は、この春から、満員電車に揺られながら都内に通勤しています。

(写真はイメージ)

都内での勤務は4度目、勤務地としては、28番目(=ほぼ、引っ越し回数)になるでしょうか…

この組織の転勤の特徴
私共の界隈では、時に最果ての地、時に大都会、時に船の上、時にコクピット、時に南海の孤島、時に海外と、転勤するたびに、職場・生活環境は目まぐるしく変化します。

加えて、仕事自体が自己の専門職とは無関係の転職に近い状況に追い込まれることもしばしばで、この大いなるギャップには本当に苦労させられてきました😖

(Photo by ISSA)

定年前の業務負担
また、定年退職が見えてくると、抱えている案件のひとつひとつが非常に重く、難題を後任者に円滑に引き継ぎながら、行った先では、また、難題を引き受けなければなりません。

(Photo by ISSA)

若年定年制ならではの苦労
若年定年制のこの組織では、40〜50代にして、困ったときに助言を仰げる先輩が居ないというのもあります😵

退職と同時に様々な知識資産にアクセスできる権限は失われるのが、この業界の決まり事なので、

刻々と情勢が変化する中で、どんなに優れた方でも、退職と同時にこの業界ならではの知識や判断力は、どんどん失われていくからです。

(Photo by ISSA)

避けたい「春先」の異動
春先の転勤というのは、引っ越し業者が塩対応になり、引っ越し代も馬鹿みたいに高値をふっかけられます。

更に、花粉症に苦しみながら、年度末の多忙な業務の合間をぬって、自助努力で諸作業を進めなければなりません🤧

(Photo by ISSA)

官品愛護の精神
また、私共には、官品愛護という旧海軍からの伝統があり、国民の貴重な税金で賄われている品々を大切に扱い、

後から来た人が、速やかに職務に専念できるようにするため、職場のデスクまわり、ペーパー類、PC内のデータから、官舎に至るまで、徹底的に整理整頓・清掃して明け渡します。

雑巾がけを繰り返すことで、手荒れ、ひび割れがひどくなり、休みの日も働きづめになるので、三重苦・四重苦の試練となります😫

(写真はイメージ)

度重なる自腹での出費
そして、どんなに要領よくやっても、ある程度の自腹での出費は免れ得ません。俗に言う「引っ越し貧乏」というヤツです💸

(Photo by ISSA)

終わっていなかった実家の遺品整理
今回の引っ越しで、更に私を苦しめたのが、終わっていなかった遺品整理でした。

2年前に母が亡くなり、実家を引き上げたとき、遺品整理の一部を後送りにして、官舎に持ち帰ったまま放置していたのですが、

引っ越し荷物を減らすため、ここに手を付けない訳にはいかない…

(Photo by ISSA)

そう思って、再び遺品整理に取り組むために重い腰を上げたのですが、やっぱり、辛いものは辛い。

特に、アルバムの整理は本当に辛かったです。両親を2度失う気持ちにさせられます。

すべてを取っておくことはできないので、一部は「ごめんね…」と泣きながら処分せざるを得ませんでした💧

今更ながら、素晴らしい家族に恵まれたことや、近くに居てやれなかった自分自身への不甲斐なさが込み上げてきます。

(Photo by ISSA)

そして、再び、時は訪れた
そんなこんなで、もう何十年も、何十回も、こんなことを繰り返してきましたが、いつまで経っても慣れることが出来ない本当の痛みは、やはり愛着を感じた場所や人との別れでしょうか…

気力的にも体力的にも大変苦しい中、数々の思い出の場所や人との別れの時が迫る。

そもそも、色んなことに愛着を感じやすい気質なので、毎度のこと、離別の苦しみに苛まれ、憂鬱な気分にさせられます😫

(Photo by ISSA)

そして、いつも思うことは、
過去の苦しかったことは
忘れることが出来ますが、

(Photo by ISSA)

良かった思い出には、
かえって苦しめられる

ということでしょうか。

あの頃は、とても幸せだったな…
みんな何処へ行ったのだろう…
あの幸せは、もう戻って来ないのかな…

無防備になると、途端に人の心は、
過去へ、未来へと彷徨い始めます。

(Photo by ISSA)

転勤を繰り返す中で、
ひとつ学んだことは、
いわゆる「マインドフルネス」
というヤツです。

思考が彷徨い始めたな、
そう思ったときは、
意識を、グイッと、「今」に
引き戻す
ように心掛けています。

そうすると、少しは気持ちが
楽になるような気がするからです。

(Photo by ISSA)

だから、私は努めて
過去には、感謝の気持ちを
未来には、溢れんばかりの好奇心を
差し向けるように意識しながら
生きてきました。

結果的に、
その生き方が、note の原動力
にもなっているような気がします。

(Photo by ISSA)

おわりに
夕暮れ時の満員電車。
ふと横を見れば、
必死に鉄棒に掴まる
高齢のおばあさんの姿が
ガラス越しに映っていました。

誰も席を譲る気配がないまま
しばらく時が過ぎ…
私の目の前の席が空いたので、
おばあさんを手招きで呼び寄せて、
座らせてあげました。

(Photo by ISSA)

そしたら、私の目には、何故か涙が…

恐らく、そのおばあさんに
亡き母の姿を重ねていたのでしょう。

私には、もう
お世話をしたい人がいない
という寂しさ
改めて痛感した瞬間でした。

(Photo by ISSA)

ただ、こうも思います。
日々の、ひとつひとつの選択が
人を創る
のだと。

それこそが、鹿児島で学んだ
西郷どんの教えであり、
稲盛和夫さんの教えであり、
特攻隊から託された、
「より良い未来の創建」という名の
バトンなのでしょう。

(Photo by ISSA)

以前、こちらの記事で、

 両親・祖父母が持っていた
 資質や真心は、子や孫に受け継がれ
 渾然一体となって生きている

というお話をさせて頂きましたが、 

そういう意味では、
この先、両親を生かすも殺すも
私自身の日々の選択次第である
と、
今更ながらに
強くそう思うのです。

(Photo by ISSA)

以上、取り留めのない
話になりましたが、
置かれた場所で、花が咲くように
そう願いながら、

またイチから謙虚に学びつつ、
利他を基準とした日々の選択
というものを大事にして、
新しい場所で
強く生きていこうと思います。

(Photo by ISSA)

いつも、ありがとうございます🍀