祝・本屋大賞2位! 佐藤正午著『熟柿』/70歳の直木賞作家が、本屋大賞を射程にとらえる/『鳩の撃退法』『月の満ち欠け』『ジャンプ』
2026年本屋大賞は朝井リョウ著『イン・ザ・メガチャーチ』に決定しました。順当な結果だと思います。そして2位に佐藤正午(70歳)著の『熟柿』が入っていて、嬉しかったです。投票された書店員さん素晴らしい。
佐世保から出ず作家生活を続け、傑作『鳩の撃退法』を50代後半で書き、山田風太郎賞を獲得。60歳を超えて、岩波書店刊行の『月の満ち欠け』で直木賞作家となった佐藤正午が、ついに70歳を超えて本屋大賞を射程圏内にとらえたという、凄さ。


私も機会があれば、何か書くと思います。佐世保のくまざわ書店のみでサイン会をやっているのも、佐藤正午さんらしい良い話です。私のnoteでスキを押して頂くと、佐世保の活イカの写真が出ることがありますが、くまざわ書店のすぐ近くの割烹料理店のものです。
朝井リョウさんの代表作『イン・ザ・メガチャーチ』がなければ、70歳・佐藤正午さんの『熟柿』が受賞しているわけです。若くて才能があり、人気も発信力もある作家と、70歳の作家が「本屋大賞」で競り合うのは、簡単なことではありません。
佐藤正午さんの文芸に対する姿勢は、一見するとふざけているように見えますが、一流の作家らしい気高さを感じさせるものです。
佐世保からほとんど出ず、直木賞の授賞式も欠席。「こんばんは。佐藤正午です」から始まり、誕生日だからなど、佐世保から出ない言い訳を、岩波書店の編集者に代弁させた「伝説の作家」が、ついに本屋大賞2位です。
直木賞を獲得した『月の満ち欠け』は映画にもなっています。このあと受賞第1作目まで7年もかかり、翌年の2作目で本屋大賞2位。偽札→転生もの→UFO→熟柿という、オリジナリティの高い作風。
佐藤正午にとっての佐世保は、ジェイムズ・ジョイスにとってのトリエステであり、ダブリンなのだと思います。
『熟柿』は中央公論文芸賞も獲っていますが、直木賞を二年連続で受賞した(という設定の)『鳩の撃退法』の(架空の作家)津田伸一を想起させます。
『鳩の撃退法』は佐藤正午の代表作であり、「ピーター・パンとウェンディ」を下地にしたファンタジー(現実の佐世保とは異なるフィクション)であり、現代文学を代表する傑作です。
佐世保でピーター・パンって言われても、ピンとこないわけですが、これを書いた佐藤正午の発想の豊かさを感じます。映画版も良くできているのですが、文庫で約千ページ、佐世保からほとんど出ない小説を読むと、作中作家が記すフィクションの構成をとりながらも、物語上の仕掛けや逆転劇を超えた、佐藤正午という作家の実存に行き当たります。
こういう複雑に作り込まれたメタフィクションは、批評するのが厄介で、作品と対峙する足場を組み立てるのが本当に難しいです。現代文学は生ものでもあり、今は福田和也の時評の傑作『グロテスクな日本語』を読み返しながら、時評の方法論について考えていますが、昔ながらのやり方も良し悪しがあると思います。
この小説について『現代文学風土記』で私は、次のように記しています。
50代後半から60代にかけて、代表作と呼べる作品を世に送り出すことのできる作家は稀である。佐藤正午は2017年に発表した『月の満ち欠け』で、61歳にして直木賞の初候補となり、小説の構成力の高さや、みずみずしい文章力を高く評価されて、現実に直木賞作家となった。この受賞を後押ししたのが、2014年に発表されて山田風太郎賞を受賞し、文庫本の上下巻で約1100頁(ページ)に及ぶ本作『鳩の撃退法』の質の高さであろう。
佐世保北高の4学年先輩の村上龍は米軍の街、福生を舞台にして「限りなく透明に近いブルー」でデビューし、同じ米軍の街、佐世保を舞台にして『69 sixty nine』などの小説を書いた。村上龍の功績は、東京の郊外と佐世保の生活空間とそこに住む人々の現実感を小説の表現を通して近づけたことにある。佐藤正午の場合は、本人が述べているように、大学を中退して「たまたま」佐世保に帰ったため、佐世保の生活空間を、愛着のある場所というよりは、他に行き場がなく、ぼんやりと留(とど)まってしまう場所として描いている。この小説で描かれる作家の津田は、居候先の女性から次のように問い詰められている。「いったいいつまでこの土地にしがみついているつもりですか。なにかこっちにとどまらなければならない理由でもあるのでしょうか?」と。この問いは、佐世保に留まり、小説を書き続けてきた佐藤自身に向けられた問いでもあるだろう。
佐藤正午の佐世保を舞台とした作品の魅力は、東京や福岡のような大都市とは異なる生活者の現実感にこそある。直木賞の受賞の記者会見(電話)で佐藤は「なぜ佐世保で書き続けるのか?」という記者の質問に対して「実家があるので。母のこともあるし。佐世保を離れるわけにはいかない」と答えている。寡作で知られ、30年以上も佐世保に留まりながらマイペースで作品を記し続けてきた作家らしい「現代文学の凄(すご)み」を感じさせる、地に足の着いた傑作である。
本屋大賞2位、70歳・佐藤正午『熟柿』。地方在住の作家らしい矜持とくせの強さが、その作風と生き方に良く表れています。文学の定義は色々可能ですが、私は人の生き方にかかわるものだと考えています。
佐世保や長崎の市街地は、往時の活気はなくなりましたが、佐藤正午や村上龍、吉田修一の作品を通して、私たちは、かつての街の賑わいを、良くも悪くも「思い出す事」ができます。
「上手に思い出す事は非常に難かしい。だが、それが、過去から未来に向って飴の様に延びた時間という蒼ざめた思想(僕にはそれは現代に於ける最大の妄想と思われるが)から逃れる唯一の本当に有効なやり方の様に思える。成功の期はあるのだ」(小林秀雄「無常という事」)
佐藤正午の代表作『鳩の撃退法』などの批評の詳細は、『現代文学風土記』(西日本新聞社)でお読み頂けます。この作品を含め、全国各地を舞台にした現代文学の名作180作品を取り上げた本です。
『現代文学風土記』については、宇野常寛さんの「遅いインターネット会議」でもお話ししています。ご関心が向きましたら、ぜひお目通し頂ければ幸いです。
風土から考える現代日本文学|酒井信
https://www.youtube.com/watch?v=g1soOU0YQbw&t=946s

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