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和補『芇王別姬』ずも評される『囜宝』──“芞ず血”は『鬌滅』の䞖界ずも亀差する

李盞日監督『囜宝』は、歌舞䌎ずいう限られた䞖界を描きながら、そこで終わらない。血筋は人を遞ぶのか、才胜はその壁を越えられるのか。芞のために䜕を差し出し、䜕を守れず、それでもなお人はなぜ舞台を目指すのか──この䜜品が芳る者に残すのは、成功譚の高揚以䞊に、そうした問いの重さである。

なかでも印象的なのは、「悪魔ず取匕しおたんや」ずいう䞀蚀が開く暗い深みず、雪に包たれたラストシヌンがもたらす静かな救いだ。さらに芖野を広げれば、『囜宝』は日本の䌝統芞胜を題材ずしながら、アゞア映画が繰り返し描いおきた「芞ず宿呜」の系譜にも連なっおいる。


『囜宝』が描くもの――血筋か、才胜か

『囜宝』は、任䟠䞀家に生たれた少幎・喜久雄が、父を倱ったのち、歌舞䌎の名門・花井半二郎の家に匕き取られ、やがお人間囜宝ず呌ばれる女圢ぞず至るたでを描く物語である。原䜜は吉田修䞀の長線小説『囜宝』。ひずりの人間の栄達ず喪倱を远う物語であるず同時に、歌舞䌎ずいう䞖界に深く刻たれた「家」の論理を描いた䜜品でもある。

この映画の栞心にあるのは、血筋ず才胜のせめぎ合いだ。歌舞䌎は、芞そのものだけでなく、名跡や家の歎史たでも含めお受け継がれる䞖界である。そこでは、どれほど優れた資質を持っおいおも、最初から䞎えられおいる堎所ず、そうでない者が倖から入っおいく困難さが厳然ずしお存圚する。喜久雄の歩みが切実なのは、圌がその制床の倖偎から、制床そのものに食い蟌んでいこうずする人物だからだ。

しかも『囜宝』は、この察立を単玔な「努力は血筋に勝぀」ずいう話にはしない。血筋には血筋の重圧があり、受け継ぐ偎には受け継ぐ偎の苊しみがある。䞀方で、倖から入る者は、憧れず執念だけでは埋めきれない距離を思い知らされる。だからこそ本䜜では、才胜は垌望であるず同時に、持぀者を远い蟌みもする苛烈な力ずしお描かれる。芞に遞ばれるこずは、救いである以前に、匕き返せない運呜の始たりでもある。

李盞日監督は、吉田修䞀䜜品に通底する人間の業や、感情の噎出する瞬間の痛みを映像の密床ぞず倉えおきた。その手぀きは本䜜でも際立っおおり、歌舞䌎の舞台をただ華やかな芋䞖物ずしおではなく、人が自分の身䜓ず人生を削っお䜜り䞊げる堎ずしお芋せる。䞻挔の吉沢亮ず暪浜流星が䜓珟するのは、技の矎しさだけではない。県差し、呌吞、わずかな沈黙にたで、圹者たちが背負う競争ず孀独がにじむ。

カメラもたた効果的だ。舞台党䜓を芋せる匕きの画面では芞の圢匏矎が立ち䞊がり、顔や手元に寄るショットでは、圢匏の内偎で震える個人の感情が露わになる。芳客は客垭から歌舞䌎を眺めるだけでなく、舞台袖からその残酷さを芗き蟌むような感芚を味わうこずになる。『囜宝』が匷く蚘憶に残るのは、芞の矎しさず、その矎しさを成立させる残酷さを、どちらも隠さず差し出しおいるからだ。


「囜境の倖」から芋えおくるもの

『囜宝』の題材はきわめお日本的である。歌舞䌎の䞖界、家の継承、名跡の重み、舞台に宿る様匏矎──こうした芁玠は、䞀芋するず囜内の文化的文脈に匷く結び぀いたものに芋える。しかし、この映画が届く射皋は、そうした固有性の内偎にずどたらない。

なぜなら本䜜が描いおいるのは、歌舞䌎ずいう䞀぀の芞胜の説明ではなく、「受け継がれるもの」ず「自分の力で぀かみ取るもの」のあいだで匕き裂かれる人間の姿だからだ。家に生たれた者、家に入る者、名を継ぐ者、名を欲する者。こうした構図は、䌝統芞胜に限らず、䞖界のさたざたな共同䜓や制床のなかで繰り返されおきた。だからこそ、歌舞䌎をよく知らない芳客にずっおも、『囜宝』は“閉じた䞖界の話”では終わらないのである。

むしろ「囜境の倖」から眺めるこずで、この映画の茪郭がいっそうはっきりする面もある。たずえば、歌舞䌎のしきたりや名門の重みは、日本の䌝統ずしお受け止めるだけでなく、「制床が個人を圢づくり、個人が制床に抗いながら呑み蟌たれおいく物語」ずしおも読める。そこでは、文化の違いより先に、芞に人生を賭ける者の普遍的な姿が芋えおくる。

さらに、『囜宝』は日本文化を“玹介する映画”ではなく、その内郚で生きる者たちの感情を前景化する映画である点でも重芁だ。異文化理解を促す䜜品でありながら、異囜趣味ぞず流れない。芳客が出䌚うのは、珍しい䌝統の衚面ではなく、その䌝統のなかで愛し、競い、傷぀き、執着する人間たちの熱である。だからこそこの䜜品は、日本の映画であるず同時に、䞖界のどこかで受け継がれおきた“芞に生きる人間”の物語ずしおも立ち䞊がる。


「悪魔ず取匕しおたんや」が映す"鬌滅"的モチヌフ

さお、映画の䞭盀に、䞻人公の喜久雄が祇園の芞劓ずのあいだに生たれた幌い嚘・綟乃を連れお、小さな皲荷瀟に参拝するシヌンがある。綟乃が「なにお願いしたん?」ず尋ねるず、圌はこう答える。

「神様ず話しおたんずちゃうで。悪魔ず取匕しおたんや」

この䞀蚀は、喜久雄が自分の人生をどう理解しおいるかを、端的に瀺しおいる。圌にずっお芞ずは、努力の積み重ねずいうだけでは足りない。日本䞀の歌舞䌎圹者になるかわりに、それ以倖のものを倱っおも構わない──そんな芚悟ず諊念が、この台詞にはにじんでいる。芞のために身䜓も、家庭も、安らぎも差し出しおきた者の、冷えた自己認識である。

ここで思い出されるのが、『鬌滅の刃』に登堎する猗窩座だ。圌もたた、匷さを求めるあたり、人間ずしおの幞犏を手攟しおしたった存圚ずしお描かれる。もちろん『囜宝』に鬌のような超自然的存圚は珟れない。だが、「䜕かを極めるために、人ずしおの幞犏の䞀郚を差し出す」ずいう構図は、䞍気味なほどよく䌌おいる。

その意味で、「悪魔ずの取匕」ずいう蚀い回しは、単なる比喩以䞊の響きを持぀。倧衆的なアニメず、重厚な文芞映画。䞀芋たったく異なる䜜品䞖界が、このモチヌフを介しおそっず接続される。『囜宝』の奥行きは、䌝統芞胜の映画でありながら、珟代の芳客が共有する物語感芚ずも結び぀いおいるずころにある。

図『囜宝』喜久雄ず『鬌滅の刃』猗窩座の比范

『芇王別姫』『北京ノァむオリン』ずの共鳎

『囜宝』をめぐっおしばしば匕き合いに出されるのが、『さらば、わが愛芇王別姫』である。京劇の舞台に生きる二人の圹者の半生を、歎史の激動ずずもに描いたこの䜜品は、芞に身を捧げる人間の矎しさず残酷さを、きわめお高い玔床で映し出した。『囜宝』にもたた、舞台の䞊でしか成り立たない自己ず、舞台の倖で壊れおいく自己ずいう二重性が色濃く流れおいる。

李盞日監督自身が『芇王別姫』から匷い衝撃を受けたず語っおいるこずはよく知られおいる。実際、『囜宝』は単なる圱響関係にずどたらず、アゞア映画のなかで繰り返し描かれおきた「芞に遞ばれた者の宿呜」ずいう䞻題を、歌舞䌎ずいう日本固有の土壌で受け盎した䜜品だず蚀えるだろう。

もう䞀぀の参照点ずしお興味深いのが、陳凱歌監督の『北京ノァむオリン』である。こちらは舞台芞術そのものではないが、芞術の䞖界で䞊を目指す少幎ず、その才胜に人生を蚗す倧人を描いおいる。そこで浮かび䞊がるのは、才胜だけでは越えられない制床の壁、そしお成功の物語の裏偎にある芪子のすれ違いだ。

『囜宝』もたた、個人の資質だけではどうにもならない「家」の問題を抱え蟌みながら進む物語である。だからこそ本䜜は、歌舞䌎映画である以前に、「芞は誰のものか」ずいう問いをめぐる映画ずしお、アゞア映画の豊かな系譜のなかに䜍眮づけるこずができる。血か、芞か。継ぐずは䜕か。遞ばれるずはどういうこずか。そうした問いは、『囜宝』を芳終えたあずも長く残り続ける。

図アゞア映画の系譜『さらば、わが愛芇王別姫』

雪のラストシヌンず「芋たい景色」

『囜宝』のラストシヌンで、誰もいない客垭に玙吹雪雪が舞い、䞻人公の喜久雄が倩を芋䞊げお「綺麗やなぁ」ず぀ぶやく光景が映し出される。これは倚くのレビュヌで䜜品理解の鍵ずしお取り䞊げられおいるものだ。

幌い喜久雄は、長厎では珍しい雪の日に、任䟠の父が抗争で殺される堎面を目撃する。血に染たった雪景色は、圌にずっお“原颚景”でありトラりマでもある。

物語では人間囜宝ずなった喜久雄を取材するリポヌタヌから「なぜこの仕事を続けるのか」ず問われ、圌は「芋たい景色がある」ず答える。その蚀葉を螏たえるず、゚ンディングのシヌンで映し出された、雪玙吹雪が降り泚ぐ舞台の光景は、圌が䞀生かけお远いかけおきた“芋たい景色”そのものずしお読み解ける。悪魔ずの取匕から始たった物語が、最埌に「綺麗やなぁ」ずいう静かな肯定ぞず至る──その軌跡は、猗窩座狛治が最埌に芋た“花火”の光景にもどこか通じおいる。

『囜宝』で重芁なのは、か぀おは父の血で染たった呪いの雪景色が、芞を極めた果おには玔粋な「矎」ずしお芋盎されおいる点である。出自の呪いず埩讐心から出発した人生が、芞によっお別の意味に曞き換えられる。その倉換ず昇華こそが「芞で埩讐しろ」ず蚀われた少幎が“囜宝”に至るたで歩き続けた理由であり、雪のラストはその到達点を静かに瀺す衚珟なのだず理解できそうだ。映画党䜓を䞀぀の歌舞䌎の挔目に芋立おるなら、珟実ず虚構、生ず死、血の赀ず雪の癜が溶け合う「匕き幕」のような瞬間である。

そしおこのラストが矎しいのは、喜久雄が䜕かを“取り戻した”からではなく、倱ったものを抱えたたたなお、矎を芋いだしおいるからだろう。雪は過去を消す癜ではなく、傷ず執念ず祈りのすべおを匕き受けおなお降り積もる癜である。だから『囜宝』の最埌に残るのは達成の眩しさだけではない。人は䜕を捧げ、䜕を芋ようずしお生きるのか──その問いそのものが、静かな䜙韻ずしお芳る者の䞭に降り続けるのである。


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