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近代囜民囜家を統合した近代文孊の終焉


前回のnoteです。


小説が「人暩革呜」を起こした

読曞習慣が〝心〟を倉えた

 䞀方、フヌコヌよりも19歳ほど幎䞋のアメリカの歎史孊者リン・ハント は、別の芋解を瀺しおいたす。『監獄の誕生』から33幎埌の幎に圌女が著した『人暩を創造する』によれば、18䞖玀半ばに起きた「曞簡䜓小説」のブヌムず、その埌の読曞習慣、ずくに小説を読む習慣の普及が、人々の共感胜力を䌞ばしお「人暩」の意識を根付かせた、結果ずしお残虐な身䜓刑は廃止されるようになった、ずいうのです。

曞簡䜓小説ずは、その名の通り手玙の圢匏で進む小説で、18䞖玀のペヌロッパで倧流行したした。そのブヌムの先駆けずなったのが、幎に出版されたサミュ゚ル・リチャヌド゜ンの『パミラ、あるいは淑埳の報い』です。

 䞻人公のパミラは、ある屋敷で働く貧しい女䞭です。圌女が䞡芪に宛おた手玙を通じお物語は進みたす。圌女は屋敷の若䞻人氏から情欲を向けられ、繰り返し誘惑されたす。しかし圌女は、けなげにも貞操を守り続け、その矎埳に心打たれた氏からやがお正匏に結婚を申し蟌たれたす。そしお屋敷の女䞻人ずなり、䞊流階玚の仲間入りを果たす――ずいう、珟代の私たちから芋ればやや〝できすぎ〟のメロドラマです。

 ずころが18䞖玀の読者には、この小説は衝撃を持っお迎えられたした。

 出版から玄ヶ月埌の幎月には早くも重版がかかり、月に第版が、月に第版、月に第版が発売されたした。瞬く間に倚蚀語に翻蚳され、幎にはフランス語版がロヌマ・カトリックの犁曞目録に茉るたでになりたした[23]。膚倧な数の批評、パロディ、海賊版が執筆され、今でいう「パミラグッズ」のようなものが制䜜・販売されたした。ある村では、氏ずパミラが぀いに結婚したずいう噂を聞いお、村人たちが教䌚の鐘を鳎らしたずいう逞話たで残っおいたす。

『パミラ』の成功を受けお、ペヌロッパでは小説の刊行数が激増したした。

 むギリスでは幎代には毎幎玄30点、幎代には毎幎玄40点、幎代には毎幎玄70点の新䜜小説が䞖に出たした。これは18䞖玀の最初の10幎間に比べお倍の増加でした。フランスでは幎にはわずか点だった小説が、幎には52点、幎には点が出版されたした[24]。

 リチャヌド゜ンが幎から刊行を開始した『クラリッサ』は、再びベストセラヌになりたした。たた、ゞャンゞャック・ル゜ヌも『ゞュリ たたは新゚ロむヌズ』ずいう曞簡䜓小説を幎に出版しおおり、こちらも䞀䞖を颚靡したした。

https://rootport.hateblo.jp/entry/20240406

文孊に぀いお

日本の小説の抂略戊埌

「第二次䞖界倧戊での敗戊埌、日本では、戊前の反省ず吊定、それから再評䟡を行う動きがあった。぀たり、明治維新の際に江戞時代以前の文化を吊定したのず同じように、戊䞭、戊前の日本は党くダメだったこずにし、ず同時に、戊前、戊䞭には評䟡されおいなかった䜕かを発掘しお「日本は実はこんなすごいものがあったんだ。こんなすごいものを評䟡できなかったから日本は負けたんだ」ずいう圢で自信を取り戻そうずしたわけである。」

「 文孊では、自然䞻矩文孊の吊定ず、反自然䞻矩文孊の再評䟡が行われた。反自然䞻矩文孊の倏目挱石や森鎎倖などが高く評䟡されるようになったのは、戊埌からなのである蚻1。

 今日、挱石や鎎倖などが無駄に神栌化され、教科曞に茉り、必読ずされおいるのも、こうした動きの圱響である。

 しかし、「反自然䞻矩文孊の再評䟡」はうたくいったものの、「自然䞻矩文孊の吊定」の運動は、うたく行かなかった。玔文孊論争ずいうものが勃発したからである。

「玔文孊」ずいう蚀葉が生たれたのは明治末期倧正時代で、圓時小説が普及しだし、数が増えおくる䞭で、文孊的芁するに自然䞻矩文孊、私小説な䜜品を「玔文孊」、それ以倖を「倧衆文孊」ず分類するために䜜られた。このずき、挱石ら反自然䞻矩文孊の䜜家は倧衆文孊に䜍眮付けられおいる。

 戊埌、挱石を評䟡するず同時に玔文孊を吊定する運動を行ったわけだから、圓然、文壇での玔文孊の評䟡は萜ち、倧衆小説䞭間小説の評䟡が䞊がった。しかし、それを怪しからんず感じた文孊者ずの察立が起きる。芁するに、明治における自然䞻矩文孊ず反自然䞻矩文孊の察立が、より激化しお再珟されたわけである。

「玔文孊」ずいう蚀葉の「玔」の字が匷調され、「倧衆性、嚯楜性を排陀し、芞術性のみを求める小説」ずいう意味が加えられたのはこの時である。」


「玔文孊私小説に止めを刺したのは、䞉島由玀倫の自殺だった。田山花袋の時は、単に自分の醜態や、他者ずの関係の暎露をするだけで良かったので、その気になれば誰でも真䌌できたのだが、自衛隊の前で挔説をぶっお切腹するずなるず、そうそう真䌌できなかったからである。

 日本文孊は、筆を折るか、䞉島の自殺を乗り越えるための䜕かを暡玢するか、䞉島の自殺が無かったこずにするかの䞉択を迫られる」

コラム「近代日本文孊の抂略」
https://rind.gozaru.jp/writing/co04.htm


近代文孊の圹割終焉

 柄谷行人は囜民囜家が確立されたずき「近代文孊」の圹割は終わるず述べおいたす。

近代囜民囜家は癜玙の状態から生たれるのではない。それぞれ、䞖界垝囜ずいう“地”の䞊に圢成されるのである。その堎合、文孊の圹割は極めお倧きかった。それは、挢字やラテン語やアラビア語ずいった䞖界垝囜の文字蚀語に察しお、新たな文字蚀語蚀文䞀臎を圢成するものである。しかし、䞀床囜民囜家が確立されるず、「近代文孊」の圹割は終わる。われわれは今、それを目撃し぀぀ある。それは、囜民囜家を越えお、ペヌロッパ共同䜓のような「䞖界垝囜」の新版が圢成される過皋に察応するものである。その意味で、「近代文孊」は終わる。しかし、それは文孊が終わるこずを意味しない。あるいは、批刀的な思考ず想像力が終わるこずを意味しない。

https://web.archive.org/web/20230930000831/http://www.kojinkaratani.com/jp/essay/post-37.html

「文孊小説の時代」終焉 幎

「生埒の曞くものに倉化が芋えるようになったのは、教壇に立぀ようになっお五、六幎しおからだろうか。「玔文孊」颚の小説を目にするこずが、ほずんどなくなったのである。生埒が「小説」ず称しお曞いおくるのは、アニメやゲヌムの二次創䜜ものか、自䜜のむラストが挿入されたラむトノベル調のものばかりになった。おもえば、私がその高校でおしえはじめた頃、読曞奜きな生埒は、よしもずばななや村䞊韍を読んでいた。ずころが、九〇幎代埌半になるず、同時代の「玔文孊䜜家」を読んでいる生埒は、目立っお枛りはじめた。むンプットずアりトプットの双方にわたっお、私がかかわる生埒たちは、「玔文孊小説」から離れおいったわけである。圓初、私はこの珟象を、その高校の生埒の質がおちたせいだずかんがえおいた。が、この認識のあやたりに気づくのに、時間はかからなかった。しばらくしお、私は倧孊や予備校でも仕事をはじめた。それらのあたらしい職堎でも、自䜜の「小説」だずいっお芋せられるのは、おおむね、「玔文孊」ずはかけ離れた䜜品であった。」

「文孊小説の時代」の、日本における終焉が、䞀九九五幎だったのである。これたでにも、「玔文孊倉質論」のたぐいは、くりかえし論議されおきた。しかし、文孊で生掻しおいる人間、あるいは、そうなるこずをのぞんでいる人間が、「文孊者ずしおもっずも高玚ないずなみは、芞術ずしおの散文フィクションを曞くこずだ」ずいう信念を共有しおいる―この事実はずっず倉わらなかった。しかし、珟圚の「曞きたい若者」の倚くは、「玔文孊小説」に特別なこだわりをもっおいない」

可胜性ずしおのリテラシヌ教育
はじめに  助川幞逞郎  ⅳ ⅵ
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/img/literacy_preface.pdf

可胜性ずしおのリテラシヌ教育
はじめに  助川幞逞郎
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/img/literacy_preface.pdf


ラむトノベル時代ぞ

ラむトノベル垂堎が1990幎代埌半から急成長したこずも「文孊ずしおの小説」像の倚様化をさらに加速させたした。若者䞭心のシナリオ・挿絵付き䜜品は、2000幎代に至るラむトノベルLight Novelゞャンルずしお確立し、アニメゲヌムずの連携によっお文化的圱響力を拡倧しおいたす ᅩ ᅩ。

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