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特別になりたかった私が「スプーン曲げ」をして、本当の自分を見つけた話

家にあるスプーンの半分くらいを曲げてしまった時、私は泣いていた。
首がまがったスプーンを両手に持ちながら、嗚咽が漏れるほど、号泣していた。

スプーンを曲げるに至った経緯はいろいろあるのだけれど、それなりに真面目に生きてきた私にとって、「スプーン曲げ」は間違いなく一世一代の奇行だった。

でも、その大奇行が私に"人生の本質との邂逅"をもたらすのだから、人生とは、本当に何があるかわからないものである。


「自分の人生は何のためにあるのだろう」

捉えどころのない不足感を抱えて、三十余年。
自分探しの旅に出ることなく、2LDKの狭いキッチンで、本当の自分に出会った。

”悩んだら、スプーン曲げてごらんよ”

自分というものを捉えられず苦しんでいたあの頃の私に、手紙をしたためるような気持ちで、今、この文章を書いている。



私の地元はただの田舎なのに、何故かスターを輩出しがちな土地だった。

ピアノのレッスンでよく顔を合わせていたお姉ちゃんは、今ではすっかり有名な女優さんだ。

かつてはレッスンで私と顔を合わせるたびに、人の頬を丸くつまんで「たこやきぃぃ!」などと言いながらガハガハと笑っていた、豪快なお姉ちゃん。

雑誌や広告で微笑むお姉ちゃんと目が合うたび、
「女優になりたい」より「海賊王になりたい」のほうがよっぽどしっくりくる人だったのに…と、狐につままれたような気持ちになる。


また、ある夏のオリンピックで日の丸を背負ったアスリートの中に、小学校の時、多分私の事が好きだった同級生がいたこともあった。

彼は私のお誕生日会で、
「ゲーセンで一番大きい鈴とってきた!!!!」
と、ものすごく大きなピンクの鈴をくれた子だ。

あの時は嬉しいような恥ずかしいようなで疑問に思わなかったけど、時が経てば経つほど「なんで鈴?」という当たり前の気持ちが膨らんだ。

でも、彼はあっという間にビッグになってしまったから、「なんで鈴くれたの?」は、結局今も、聞けないままでいる。


実家の私の部屋には今でも、デビューしたてのお姉ちゃんが名前入りで書いてくれたサイン色紙と、オリンピック戦士の彼がくれたピンクの鈴が飾ってある。
父と母は、それを見るたびに思い出話に花を咲かせ、彼らを熱心に応援しているようだ。

一方で私は、いつからかそんな貴重な思い出から目を逸らすようになってしまった。
大きすぎる輝きは、きっと自分の平坦な人生に影を落とすから。
彼らを私の人生から遠ざけるのは、無邪気だった頃の思い出を嫌いにならないための、私なりの防衛策だった。


なにも、幼い子供のように「自分もヒーローになりたい」だなんて、思っているわけではないけれど。「じゃあ死ぬまで観客側でいいのか」と問われればそんなことはなくて、それなりに輝く誰か、物語がある誰かにはなりたい。

ここ20年くらいは、いつもどこかで、そんなことを考えながら過ごしていた気がする。

でも、何かを成し遂げようにも、肝心なその「何か」が一向にわからない。

「普通に頑張ってるだけじゃダメなのかな」

そんな思いを募らせながら、毎日それなりに頑張り、それなりに疲れ、それなりに傷つきながら過ごした。
でも、あの頃の私は、自分がどんなに頑張ろうが傷つこうが、普通すぎる自分を丸ごと愛してやることは、どうしてもできなかった。



謎に掲げていた「30までに結婚する」を当時の彼氏である夫の協力のもと達成し、35歳の夏には息子が生まれた。

私は相変わらず何者でもなく、"自分の本当の価値"は見つからないままだったものの、"息子を守っている母"という役割はいい感じに私から焦燥感を遠ざけ、人生の命題だった自分探しは、いい気分転換へと形を変えつつあった。

一般的な「幸せのかたち」を手に入れたことに、慢心していたのかもしれない。
そんな歪な自己肯定で保たれていた心の平穏は、ちょっとした衝撃で、簡単に崩れてしまう。

偶然Instagramに流れてきたその動画は、1歳半健診で発語がなかったお子さんに、発達障害が発覚したことを時系列で追った、1分にも満たない、短い動画だった。

動画を見ながら、そういえば、同じ月齢の息子もまだ宇宙語を話しているな、と気がついた。

「他にも当てはまることがあったらどうしよう」

途端に胸の奥が不愉快にざわめいて、座っていられなくなった。
自分自身を拠り所にできない私は、自信を持てない、頼りない母は。
知らない家庭の1分を覗き見ただけで、いとも簡単に、暗闇の中に転がり落ちてしまった。


隙を見つけては発達に関する動画を見る日々は、家事も、子育てもそれ以外の何をしていても上の空で、生きている実感がなかった。
終わらない苦しみのカプセルに閉じ込められたような、息苦しい日々。

そんな中私が縋ったのは、ずっと昔にブックマークしていた、モデル・栗原類さんのお母さんのインタビュー記事だった。

どうしてその記事のことを思い出して、読もうと思ったのかはわからない。
苦しみで飽和する自分を過去の自分が見かねたように、その記事のことがふっと頭をよぎった。

数年ぶりに読んだその記事の言葉には、こんなことが書かれていた。
これからの私の人生に必要なことが全部、凝縮されているようだった。

いいよ、別に人と違っても」。そう類さんに話す泉さんに、周囲からは「人と違うと、いじめられるかもしれない」と心配する声もありました。しかし、泉さんは「そもそも、いじめた側を叱るのが大人の務め。いじめられるかもしれないから、みんなと同じに育てたほうがいいというのは、おかしい」と、周囲の声に惑わされず自分のスタイルを貫きます。 「私自身が、人と同じであることがつまらないと思っている人間です。頑張って、みんなと同じになる必要なんか全然ないですよね」

類さんが自分を卑下したり、自己否定したりせずに済んだのは、そんな泉さんの母としての毅然とした態度に守られていたから。「もし、発達障害を持つ子どもが、周りとの違いに悩んで“ぼくはダメな子なんだ”とマイナスに感じているならば、それは周りの大人がそう思わせてしまっている」と、泉さんは語ります。

日経ウーマン 「栗原類の母 女手一つで発達障害の子育てた親の覚悟」


ずっと「普通」じゃなくなりたかった私が、知らず知らずのうちに、無限の可能性を持つ幼い息子が「普通」から少しも外れないことを願っている。

矛盾のように見えるこの事実は、矛盾ではない。

思い返せば私はずっと、普通でないものに憧れながら、好んで普通を選び、普通に依存して生きてきたのだ。

何かにチャレンジする機会が与えられても「みんながそうしないなら」と遠慮したし、大学在学中に思い描いていた進路を諦めた理由は、「そんな事する人、他にはいなそう」だったから。

特別になりたい、と願いながら、蓋を開ければ、そんな勇気まるでなかった私。

このままでは私は、
「なんでも応援するから」
と言いながら、息子がいざ特別になろうとした時に、その道を阻む親になる。

私の問題に、息子を巻き込むわけにいかない。

気分転換に成り下がっていた自分探しが、新たな目的を見つけた瞬間だった。
私はもう一度、"普通"と対峙するべきなのだ。


「普通」ってなんだろう。
私はどうしてこんなに「普通」なんだろう。
みんなはそんなことないのかな。
あれ、また人と比べてる…?

楽しそうに宇宙語を話す息子を見つめながら、自問自答した。

「いい大学に行ったら安心」「大きい会社に入ったらすごい」「結婚できたら次は子供」「男の子が産まれてよかった」
100%賛同するわけではなくとも、私の中にはたくさんの、"普通"を賞賛する声がある。

きっと、生きてくる中で無意識に収集してきた、『普通賛美集』。

それを振り切ることが出来ないのは、私の弱さなのだろう。
でも、特別な何かがない私が普通のレールから外れたら、私はどこに行ってしまうのだろうか。

1人で生きているわけではないこの世の中で、普通の人間が普通を捨てることは、あまりにも難しく思えた。





「普通じゃない」に憧れたはずの自分の中で、「普通」があぐらをかいている。あの日、私はどうにかして、その信じたくない事実を覆したかった。

何から始めたらいいだろう、と考えながらキッチンを片付けていたら、手に持っていたスプーンをものすごい力で握りしめていた。手のひらの熱を帯びて温かくなったスプーンをぼんやりと見ていたら、唐突に「今ならこれ、曲げられそうだな」と思った。

ほかほかしたスプーンにえいっと力を込めてみたら、びっくりするほどあっけなく曲がった。首からぐにゃっと曲がったスプーンを見ていると、無性に心が躍った。
心が赴くままに、次々とスプーンを曲げた。指が真っ赤になっても、痛みは感じない。
我に返ったのは、曲げられそうなスプーンがなくなってフォークに手を出し、指を刺した時だった。

「何か奇抜なことをすれば、"普通"じゃない自分になれるのではないか」

心のどこかで、そんな風に期待していた。
でも、誰に披露するわけでもないのに大量にスプーンを曲げる、という大奇行にはしったところで、当たり前だけど、自分の内面は1ミリも変わらない。

「何がしたいんだろう」使い物にならなくなったスプーンを1本1本拾いながら、考えた。

そして”曲がったスプーンがブーケのように束になっている”という、本当におかしな光景を目の当たりにしたとき、自分の中で、自分が降参したかのように、肩の力が抜ける感覚があった。


「自分で自分を特別って思いたいだけなんだよね」


心の深いところから湧き上がってきたその気持ちは、ずっと空白だった心のピースにぴったりとはまったようだった。

気がついたら泣いていた。曲がったスプーンを両手に持ったまま、しばらく涙を止めることができなかった。

「誰かに認められたい」の誰かは、まぎれもなく自分だった。せりあがってくる嗚咽と涙は、自分に否定され続けた私の、叫びと安堵だったように思う。


他者評価の伴わない自己評価は意味がないと思って生きてきた。
でも、例のスプーン事変以来、「それって逆じゃない?」と思えるようになった。

ずっとほしかった他者からの”証明”は、相変わらずない。でも、散々自分と向き合って底を打ったこの感覚は、これまでの自分の精神史の中でも、唯一無二の存在感を放っている。

自分も、家族も、まわりの人も。
普通だろうが変わってようが、それぞれが幸せなら、なんだかもう、どうでもいい。
自分は自分なだけですでに特別なのだ、という当たり前のことに気がついたら、私を取り囲む世界が、自由で優しく、とてもシンプルなものに変わった。

もし、私と同じように「自分とは」の答えを出せずに苦しんでいる人がいたら、スプーン曲げに限らず、自分が思っている中で最上級の奇行を試してみるのはどうだろう。

どんなに突飛なことをやったって、そこにいるのはいつもの自分。自分はこの自分で戦っていくほかない。そう悟った先にあるのは、ある種の諦めかもしれない。でも、自分と向き合い続けた先にある諦めなら、多分それは、”負け”ではないのだ。



実は最近、Instagramで、女優になったお姉ちゃんのアカウントをフォローし始めた。
お姉ちゃんは相変わらずはっとするほど美人だけれど、たまに動画の中でみせる「ニヤリ」とした笑い方はあの頃のままで、それを見つけた私は心の中で、「ほら!やっぱり!!!」などと思って、なんだか懐かしい気持ちになっている。

以前は避けていた、鈴をくれたオリンピック戦士に関する記事も、最近は積極的に読むようになった。
黙っていれば英雄なのに、おちゃらけたことをいったりやったりしている彼は、そういえば昔からまわりを楽しませたいタイプの人だった。

もしいつか会う機会があっても、私はきっと
「なんで鈴くれたの?」
とは、聞かないような気がしている。
今はどんなことを頑張っているのか、これからどんなことがしたいのか。
彼の努力が実ったことを素直に喜んで、もっと未来のことを、聞いてみたいなと思う。


スプーン曲げは超常現象なんかではなく、支点、力点、作用点を効果的に押さえれば誰でもできる、マジックとも呼べないような、本当に"普通"の現象だ。

でも、私はきっとこれからも、自分を疑いたくなった時、スプーンを曲げたあの日に立ち返るだろう。

世界には特別も普通もなく、自分が捉えたその通りなのだと。

曲がった匙に映る逆さまの世界が、私にそう、語りかけるから。









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