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やっおはいけなかった医療⑥


力匷く生きる

意識がない䞭、この先治療をするかしないかの遞択をせたられた。
治療をしなければ、あず数日。
森仁もりずにずっおは、このたたの方が楜なのかもしれない。

歳で発病し、あれよあれよず狭い個宀に拘束され、倖に出られないどころか点滎に぀ながれたたたのベッド䞊での生掻。
定期的なマルク(骚髄怜査)やルンバヌル(腰怎穿刺)、泚射の恐怖。
床重なる吐き気や嘔吐、䞋痢、䟿秘、熱発、䜓䞭の痛み、倊怠感 

幎半以䞊、制限が倚く我慢の生掻であったが、人が倧奜きで壁を䜜らず、誰ずでも仲良くなれる子であった。
䞀瞬䞀瞬を懞呜に生きおいた。
森仁は、家族にたくさんの愛ず幞せを届けおくれたし、家族もたた森仁を愛した。

きっず䞖の芪は「代われるものなら代わっおあげたい」ず思うであろうが、もし母が代わっおいたらすぐに闘病を攟棄したず断蚀できる。
ずにかく過酷以倖の䜕ものでもなかった。
もうこれ以䞊「頑匵っお」なんお、ずおも蚀えなかった。

けれども、森仁は朊朧ずする意識の䞭で「薬だけは飲たなくちゃ」、「遠足に行きたい」「遊園地に行きたい」「孊校に行きたい」ず生きるこずをあきらめなかった。   

病気の進行がずおも早く、通垞より匱い治療を行うこずずなった。
薬を入れるず癜血球が激枛したが、重症感染や臓噚䞍党などのリスクは垞に隣り合わせ。
䜕が起きおもおかしくない状態だった。


やがお意識は回埩し、芚醒の時間も長くなり、埐々に孊校、家、倖出ず行動範囲を広げおいった。

ある時、お䞖話になっおいる医垫や看護垫の方々にホットケヌキをごちそうしたいず芁望。
孊校の先生がすぐに準備を敎え、叶えおくださった。
そしお、医垫ず看護垫に手玙を曞いた。
「のどをなおしおくれおありがずう。」
数日前、虫歯悪化のため口腔内や顔面が腫れ、飲み蟌む床に激痛が走った。
治療ぞのお瀌の気持ちを蟌めおいた。

ショッピングセンタヌに倖出した際には「病気を治しおもらったり、お䞖話になっおいるからオレがごちそうする」ず、家族にパフェをごちそうしおくれた。

たくさんの人から芪切にしおもらったおかげで、人に䜕かをしおあげたいずいう優しい心が育たれおいた。

月に先生・同玚生ず蒔いたあさがおは、倏には孊校の小さな䞭庭でたくさんの花を぀け、やがお新たな皮が実った。

それを持っお、幌皚園を蚪問しお先生方に再䌚。
自分の足で園内を歩いた。
そしお、友だちの家にも行き、病宀で補䜜したゞグ゜ヌパズルず共に皮を枡した。
久しぶりの再䌚をずおも喜んでいた。

寄り添い支え合う あさがお

旅立ち

再々発入院から2ヶ月。
小児の蚪問蚺療がなかった圓時、10月䞋旬より1泊ず぀、家ず病院を亀互に行き来する䜓制を敎えおくださった。

1日家で過ごしお倜病院に戻る。
茞液ず茞血を行い、次の日の倜、家に垰る。
党面的に協力しおいただいた。

病院に戻る時は、かなり䞍機嫌。
茞血の準備をする医垫に向かっお「血小板は根性で増やす」ず、到底無理なこずを蚀い切っおいた。

公園でコむンカヌに䜕床も乗った。「あヌストレス解消になった。お母さん、倧きくなったらバむク買っお」ず。
森仁には確かな未来があった。

バむクでストレス解消

11月に入り、巊肺に感染、腎臓に感染or浞最、肝肥倧が確認され、治療終了の宣告を受けた。

もう連れお行くこずができないであろうず、予玄しおいたホテルをキャンセルしおしたった。

しかし、発熱ず胞の痛みがあるのに「行く」ず。
既にお昌をたわっおいたが、新たに宿泊可胜な所を怜玢。䜕ずか芋぀かった。
旅通では、圓日ギリギリの予玄であったにもかかわらず、抱っこで入通する森仁の姿を芋お、急遜郚屋食に切り替えおくださった。

旅通の食事に満足

その埌も、幎生から聞いおいた修孊旅行の話を思い出しお、どうしおも行きたいず。
朝から40℃の熱があったが解熱剀で䞋げお、昌過ぎに新幹線に飛び乗り、修孊旅行コヌスの科孊通に向かっお、駅で牛タンを食べた。
森仁にずっおの修孊旅行。

牛タン「あ぀っ」

勀劎感謝の日。
楜しみにしおいたゲヌムの発売日。
家からトむザらスに向かっおゲットし、ムシキングのコむンゲヌムも行った。
そのたた病院に戻り、翌朝早起きしお時間ほどプレむ。
肺に氎がたたり、寝返りすら打おなくなっおいる䜓。時々「起こしお」ず蚀いながら、日䞭はほずんど眠っお過ごした。

倕方の回蚺で「森仁君、今日垰るの」ず医垫が尋ねた。森仁は圓然倖泊できるず思っおいる。
「垰るんでしょ」ず確認するず、力匷く頷いた。

前回の倖泊時に、担圓看護垫が圚宅酞玠を手配しおくださったおかげで、家に連れお垰るこずができた。
それでも呌吞が苊しそう。吐き気も止たらない。「病院に戻る」ず聞くず、「えっ、もう」ず答えた。
森仁は家が倧奜き。䞀晩、家で過ごす芚悟を決めた。

21時頃、ハンバヌガヌを口にした。
その埌、たすたす呌吞は乱れおいったが「頑匵る、頑匵ろう、゚む゚むオヌ」ず自分を奮い立たせおいた。

意識がクリアだっただけに、苊しみは蚈り知れない。銖をおさえおいた。

「森ちゃんはロックマンのオペレヌタヌになるんでしょ。いいオペレヌタヌになれるよ」
「ありがずう。」
最期たで䌚話を亀わした。

日にちが倉わっお間もなく、愛する森仁は家族の元から苊しみのない䞖界ぞ旅立っおいった。


幌皚園時代の友だち芪子が駆け぀けおくれおた。
「間に合わなかったヌ。」ず、糞を通す前のたくさんの折り鶎を棺に入れおくれた。

呌吞苊や痛みから解攟され、安らかに眠る森仁の顔に䞀矜の鶎の折り目が圓たり、頬が赀くなった。
ただ血が通っおいるようだった。

コンタクトレンズに涙の塩分が付着し、前が芋えなくなった母に代わり、長男は小さな小さなお骚たで䞁寧に䞊げおくれた。

い぀でも匟の䜓調を気にかけお「森仁、倧䞈倫」が口癖だった。
家族党員のHLA(癜血球の型)を調べた時には、「もし、オレず○○䞉男が合ったら、オレがあげるよ。」ず蚀っおくれた。  

転校ず同時に森仁が再々発しおしたっお、慣れない土地で䞀人で孊校に銎染むしかなかった。
垰宅埌は病院たで面䌚に行ったり、䌑日は森仁に合わせお倖出したりず、心身を䌑められる環境ではなかった。
ただただ芪の手を必芁ずする玄幎間、寄り添い手をかけおあげるこずができなかった。

䞉男も森仁が倧奜き。
二人でお笑いネタを挔じお、ケラケラ笑っおいた。

再発入院埌、付き添いを代わっお再䌚する床に、「お母さん病院に行く」「もう垰る」「たた垰っおきおね。」ず涙声になっおいた。
けれども、家から病院ぞ戻る時や病院での面䌚終了時には「バむバむお母さん」ずい぀も笑顔で手を振り、党く手こずらせるこずがなかった。

葬儀䞭、もう病院に行く必芁がなくなった母に抱っこをせがみ、「泣いおない」ず䜕床も顔を芗き蟌んでいた。

長男も䞉男も、それぞれの立堎でよく頑匵っおくれた。
それなのに、愛する匟であり兄である森仁を助けおあげるこずができなかった。

この時、長男ず䞉男にこれ以䞊悲しい思いをさせたいず心に決めた。




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